大道芸人の暗殺者?
「では、アビゲイルの店に行ってまいります」
「うむ、気をつけるんじゃぞ」
僕とメルザは馬車から降りると、大公殿下と分かれてアビゲイルの店へと向かう。
そんな彼女の店がある夜の大通りは、サウセイル教授の陰謀も、地下にあのような洞窟があることも知らない皇都の住民の、賑やかな声で溢れていた。
「ふふ! やはりここに来ると、気分が盛り上がってしまいますね!」
店や屋台、それに楽しそうに騒ぐ人々を眺め、メルザが顔を綻ばせる。
「はい! ですのでアビゲイルの店に向かう前に、少しくらい楽しんでもいいと思うのですが、どうでしょうか?」
「それは素晴らしい提案です!」
メルザは両手を合わせ、パアア、と咲き誇るような笑みを浮かべた。
そんな彼女の笑顔が、また僕の心を幸せで満たしていく。
うん……提案してよかった。
「じゃあ、まずは何をしましょうか?」
「ますはあの屋台のお菓子を食べましょう!」
僕の右腕にメルザが腕を絡め、一つの屋台を指差した。
あれは、この前食べた果物と生クリームを小麦粉の生地で包んだお菓子の屋台だ。
「あはは、メルザはあのお菓子が気に入ったんですね」
「はい! またヒューと大通りに来た際には、絶対にもう一度食べようと決めていました!」
「なら、行くしかありませんね!」
僕とメルザは楽しそうに微笑み合うと、目的の屋台へと足を運ぶ。
「おじさん、お菓子を二つください」
「お! この前の兄ちゃんとお嬢ちゃん! すぐ作るから待ってな!」
僕達の顔を覚えてくれていた屋台のおじさんは、笑顔で親指を突き立てると、すぐに調理に取りかかる。
「実は、今日はちょっと珍しい果物が手に入ってな! はるか南の国のものらしいんだが……どうする?」
そう言って、口の端を持ち上げる屋台のおじさん。
僕とメルザは顔を見合わせると。
「「もちろん! それでお願いします!」」
「はいよ!」
そうして、おじさんは手際よく焼き上げた小麦粉の生地で生クリームとその果物を包むと。
「ほら、待たせたな!」
「ありがとうございます!」
僕は代金を支払ってお菓子を受け取ると、一つをメルザに渡す。
さてさて……その果物はどんな味がするんだろう?
期待に胸を膨らませながら、僕とメルザは同時にお菓子にかぶりつく。
「! 甘くて美味しい!」
「はい! しかも、口の中でとろけるみたいな触感です!」
うわあああ……! 触感としてはメロンが近いかもしれないけど、甘さはこっちのほうが断然上だ!
「おじさん、すごく美味しいです!」
「へへ……だろ?」
メルザが身を乗り出しながら満面の笑みで褒めちぎると、おじさんは顔を赤くしながら照れくさそうに鼻を掻いた。
「じゃあ、次も絶対に来ますね!」
「おう! 二人共、ありがとうな!」
屋台のおじさんと別れ、僕とメルザはお菓子を頬張りながら大通りを練り歩く。
すると、大通りの一角に人だかりができていた。
「あれは、何でしょうか?」
「そうですね……行ってみましょう」
気になった僕とメルザは、その人だかりのほうへと足を進める。
「さあ皆様、どうぞご覧ください。こちら、私の右手には金貨が一枚ございます」
見ると、フォーマルなベストとボトムスを着た一人の若い男性が、何かを披露していた。
「ああ……どうやら、芸を披露しているようですね」
「そうなのですか?」
メルザが不思議そうな表情で尋ねる。
僕は一度目の人生で大道芸を見た……というか、暗殺のために大道芸人に扮したことがあるから知っているけど、メルザはさすがに見たことがないか。
「はい。あれは自分の芸を披露して、観客からお金をもらう商売なんです」
「へえ……」
僕の説明を聞き、メルザは興味津々で大道芸人の男性へと視線を向ける。
そんな彼女の姿に、可愛いと思いつつも、メルザの関心を集めた大道芸人に嫉妬の視線を向けていた。
……うん。今度、メルザに僕が一度目の人生で身につけた技を披露しよう……って。
「メ、メルザ?」
「ふふ……そんなに心配なさらずとも、私の心はヒューだけですよ?」
「あ、あはは……」
クスリ、と微笑みながらそう告げるメルザに、僕は思わず苦笑した。
あはは……僕の考えなんて、メルザには全部お見通しか……。
気を取り直し、大道芸人の男性に注目する。
「まいります……!」
金貨を強く握りしめ、男性は真剣な表情でその右手を見つめる。
そして。
「はい! 金貨はこのとおり、右手から消えてしまいました!」
「「「「「おおー!」」」」」
それを見て、観客が歓声を上げる。
「すごいです! 転移魔法でもなさそうですし、一体どうやって!」
同じく、メルザも嬉しそうにはしゃいだ。
く、悔しい……。
その時。
「では、そちらのお嬢様、前に出てきてはいただけませんでしょうか」
「え……? わ、私ですか!?」
突然指名され、メルザが驚きの声を上げた。
コイツ……まさか、メルザがあまりにも美しいからって……!
「よろしければ、そちらの恋人の男性もご一緒に」
「あ……」
大道芸人は爽やかに微笑み、手招きをした。
ま、まあ、僕がメルザの恋人だと見抜くなんて、よく分かってるじゃないか。
「ふふ……ヒューったら、分かりやすいですね」
「うぐ!?」
大道芸人の言葉にほんの少しだけ気をよくしていたのをメルザに見透かされ、僕は声を詰まらせてしまった。
「彼氏さん、では彼女の服の襟を確認していただけますか?」
「襟……ですか?」
メルザの隣に来た大道芸人に指示されるまま、僕はメルザの服の襟に手を入れてみる。
「ん……少しくすぐったいです」
「あ、す、すいません……」
メルザの艶のある声に、僕はつい緊張してしまった。
は、早く確認を済ませてしまおう。
そして。
「あ……金貨」
「ええ!? ひょっとして、あの右手にあったものですか!?」
「はい! 無事、金貨は私の元へと戻ってまいりました!」
「「「「「おおおおおー!」」」」」
僕から受け取った金貨を高々と掲げる大道芸人に、歓声と拍手が沸き起こった。
「二人共、ご協力ありがとうございました」
「いえ……」
「ふふ、素晴らしいものを見せていただきました」
恭しく一礼をした大道芸人に僕は素っ気なく返事をし、メルザは微笑む。
「メルザ、行きましょう」
「? は、はい……」
僕はメルザの手を取ると、足早に大道芸人から離れた。
「ヒュ、ヒュー、どうかしたんですか?」
僕の様子がおかしいと感じたんだろう。
メルザが少し困惑した表情を浮かべながら尋ねる。
「……先程の大道芸人の技、あれは暗殺術の一種です」
「ええ!?」
そう……あの芸……いや、技は、暗器を殺害対象の身体にあらかじめ忍ばせ、いざ殺す時にその暗器を取り出して使用するというもの。
あの大道芸人がメルザの隣に来た時に、悪意もなく、忍ばせたものも金貨だったので僕もわざと見逃したけど……。
「……アビゲイルになら、あの男について何か知っているかもしれません。急ぎ彼女の店に向かいましょう」
「はい」
僕達はせっかくのデートを諦め、アビゲイルの店へと向かった。
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