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アビゲイルの過去

「オルレアン王国の第三王子である、シモン王子からの情報提供です。僕達が倒したはずのエタンをはじめ四人を含む若い男女六人が、三日前に国王と謁見したそうです」

「っ!?」


 僕の言葉を聞いた瞬間、アビゲイルが息を飲んだ。


「あは♪ ひょっとして、この私を馬鹿にしてるの♪」

「まさか。その話を聞いた時には、僕達だって耳を疑いましたよ。ですが、シモン王子の言葉に()はありませんでした」


 口の端を吊り上げながら食ってかかるアビゲイルに、僕は肩を(すく)めながら答えた。

 まあ、アビゲイルからしたら、自分の仕事にケチをつけられた格好だからね。到底許せるような話じゃないのも理解できる。


「それで……アビゲイルさん、初代“影縫いアビゲイル”の遺したものの中に、“原初の魔女”が死者を蘇生するような、そんな魔法を行使したような記述があったりしますか?」

「……いいえ、さすがに死者を蘇らせるなんて魔法なんて記されていません。仮にそんなものがあったとしたら、暗殺そのものが否定されることになりますから」

「確かに……」


 となると、サウセイル教授はどうやってエタン達を蘇らせたのだろうか……。

 それとも、僕達が倒したのは()のような存在で、本当は健在だったということ?


 ……駄目だ、考えても何も思い浮かばない。


「いずれにせよ、引き続き私のほうでも調べてみます。ヒューゴさんとメルトレーザさんも、何か情報を得たら私にも共有してください」

「もちろんです。だって、あなたも僕の大切な仲間(・・)なんですから」


 そう言って、僕はニコリ、と微笑んだ。


「っ!? ……あは♪ 本当に、面白いことを言うのね♪ 暗殺者の私を仲間(・・)だなんて♪」

「別に面白い話はしていません。事実(・・)を言っただけです」


 僕はメルザを促して一緒に席を立つ。


「またすぐに来ます。アビゲイルさん、どうかお気をつけて」

「あは♪ あなた達もね♪」


 アビゲイルに見送られ、僕達は店を出た。


「ヒュー……アビゲイルさんへの、あの言葉は……」

「はい……」


 僕は、メルザに彼女を仲間と言った意味について答えた。


 彼女……“影縫いアビゲイル”は、幼い頃に両親に売られ、皇国で禁止されている奴隷(・・)として生きてきた。

 アビゲイルを買った当時の貴族は人間のクズで、アビゲイルを拷問にかけて愉悦に浸るような男だった。


 その時の傷は、今もアビゲイルの身体を(むしば)んでいる。


 そんな絶望の毎日を過ごしていたある日、突然、終わりを迎えた。

 いつものように拷問を受けていたアビゲイルの目の前で、その貴族の首が床に転がったのだ。


 ……それが、先代“影縫いアビゲイル”と、今代“影縫いアビゲイル”……“クラリス”との出逢いだった。


「……その後、先代に拾われたアビゲイルは、暗殺術を徹底的に叩き込まれました。もちろん、同じように拾われた孤児達と共に、日々殺し合いをしながら」

「…………………………」

「そんな中、アビゲイルは他の孤児達に裏切られたんです」


 そう……一回目の人生で、アビゲイルが何の気まぐれかは分からないけど、僕に語ってくれた。

 アビゲイルの能力に危機感を覚えた同僚の孤児達が、アビゲイルを騙して殺そうと考えたんだ。


 しかも、確実にアビゲイルを仕留めるため、長い時間をかけて彼女の信頼を得てから騙し討ちをしたんだ。


 アビゲイルにとって、そいつは唯一の仲間(・・)だと信じていたのに。


「……アビゲイルはその裏切りで心が壊され、その場にいた孤児を全員殺し、シチューにしてしまった。結果として、このことが原因で“影縫いアビゲイル”として覚醒してしまったのですから皮肉なものです」

「そう、だったんですね……」


 それ以来、アビゲイルは誰も信じなくなった。

 もちろん、先代アビゲイルすらも。


 でも……僕は、それを語ったあの時(・・・)のアビゲイルの涙を、今でもこの目に焼き付いている。

 本当は、彼女だって……。


「少なくとも、()を見抜けるメルザの前で仲間(・・)と言ったんです。僕の言葉に()がないことは、彼女も理解しているでしょう。あとは……」


 そう……あとは、彼女次第だ。


「……ヒューの気持ちはよく分かりました。アビゲイルさんの過去についても」


 そう言うと、メルザが僕の腕を抱きしめた。


「なのに、そんな二人の関係を見て、聞いて、どうしようもなく嫉妬をしてしまう私は、なんて心が狭いのでしょうか……」


 メルザは、寂しく微笑んだ。


「メルザ……」


 そんなメルザを、僕は強く抱きしめる。


「僕の今も昔も、前の六回の人生も、これから先の未来も、全部メルザだけのものです。それだけは分かっていてください。そして、僕のためにこんなにも嫉妬をしてくれる、そんなあなたをどうしようもなく嬉しく思ってしまうこの僕を、どうか許してください」

「ヒュー……ヒュー……ッ」

「メルザ……おいで」


 僕はメルザの艶やかな黒髪をそっと撫でると、彼女の桜色の唇を僕の首筋へと(いざな)う。


「ヒュー……かぷ……ふ……ん、んん……」


 既に人通りのなくなった路地の片隅で、嫉妬でできたメルザの心の穴を埋めるため、僕は血を捧げた。

お読みいただき、ありがとうございました!


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