寂しい出迎え
「ですので、向こうの家でもどうぞよろしくお願いします」
メルザがお辞儀をして笑顔を見せるけど……。
「メルザ……あなたは来ないほうがよろしいかと」
僕は彼女の真紅の瞳を見つめながら、静かにそう告げる。
「……どうしてですか? 私が一緒だと、嫌なのですか……?」
すると、先程までの笑顔とは打って変わり、今度は泣きそうな表情を見せた。
「まさか! 僕は、メルザと一緒ならどこだって嬉しいですよ……でも、ヴァンパイアであることを侯爵家の連中に知られたらどうするのですか……」
もしメルザがヴァンパイアだと知れたら、あの父のことだ。ひょっとしたら皇帝陛下にそのことを密告するに違いない。
そうなれば、ウッドストック大公家は最悪、取り潰しの目に遭ってしまうかもしれない。
いや、そんなことよりも……メルザが危険な目に……。
「それでしたら大丈夫です」
「で、でも! その牙だって、会話や食事の時に、どうしても見えてしまいます!」
「ホラ、見てください」
メルザはその可愛らしい口を開き、牙を見せ……っ!?
「き、牙が……」
「ふふ……幻影魔法で見えなくしてあるんです」
メルザが少し自慢げにそう告げた。
でも、確かに僕の目には、あの牙が八重歯のほどの長さに映っている。
「メ、メルザは、魔法が使えるのですか?」
「はい……実は、ヴァンパイアは魔術に長けているんです。昨夜、あなたに精神魔法がかけられていることを、どんな効果があるのかを見破ったように」
そういえば、メルザが僕の洗脳に気づいてくれたんだったな……。
「これなら、余程の魔術に長けた者……それこそヴァンパイアでない限り、気づいたりはしません」
「そ、そうなんですね……」
それを知って、僕は安堵する。
「だけど……それでもやっぱり、あなたをあの家に連れて行きたくはありません……」
だって……絶対に君は、あのろくでもない連中に傷つけられることになると思うから……。
「……大丈夫ですよ。私はウッドストック大公の孫娘、メルトレーザ=オブ=ウッドストックです。あなたが心配しているような、この私に失礼な真似をしたらどうなるか、さすがに馬鹿でも分かるでしょうから。それに」
メルザは僕の両頬に手を添え、ジッと見つめた。
「あなたが傷つくことが分かっていて、黙って待っているなんてできません」
「あ……」
は、はは……だからメルザは、一緒に行くって言い出したのか……。
この、僕のために……。
「メルザ……ありがとう、ございます……」
「ふふ……あなたの元家族が、どんな顔をするのか見ものですね」
そう言うと、メルザはクスクス、と嗤った。
◇
「……ここが、グレンヴィル侯爵家です」
僕達を乗せた馬車が、王都でもかなりの大きさのある屋敷に到着し、メルザにそう告げた。
「なるほど……それで、あの離れたところにある小さな屋敷が、あなたが育った場所なのですね……」
「はい……」
僕が本邸で暮らしたことなど一度もないことを、話したからだろう。
メルザは本邸には一瞥もくれずに、ただ離れの屋敷だけを見つめていた。
すると。
「ヒューゴ様! お帰りなさ……い……っ!?」
ただ一人出迎えに来たエレンは、僕が手を取ってゆっくりと馬車を降りるメルザを見て目を見開いた。
「エレン……彼女はメルトレーザ。僕の、婚約者になる女性だよ」
「メルトレーザ=オブ=ウッドストックです」
メルザは表情を一切変えることなく、抑揚のない声で静かに名乗った。
「あ……よ、ようこそお越しくださいました! す、すぐに奥様達をお呼びいたします!」
エレンは慌てて頭を下げると、大急ぎで屋敷の中へと入っていった。
まあ、ウッドストック大公の宝ともいうべきメルザが来たんだ。粗相はできないからね。
「ふふ……客である私をこのように玄関で待たせるなんて、失礼なメイドですね」
「はは……」
御者が差す傘の中で、彼女は薄く笑った。
でも、その真紅の瞳には怒りの色が見え隠れしている。
……どうやら、エレンの言葉の中に悪意もしくは嘘を感じたんだろう。
そのまま数分待っていると。
「大変失礼いたしました……ようこそ、グレンヴィル家へ……」
現れたのは義母と弟のルイスは恭しく一礼……って。
「……ルイス」
「あ……よ、ようこそお越しくださいました……」
ボーっとしていたところを義母にたしなめられ、慌てて頭を下げる。
というかコイツ……ひょっとして、メルザに見惚れていたのか……?
「メルトレーザ=オブ=ウッドストックです。ところで、グレンヴィル閣下のお姿が見えませんが……?」
「あ、あいにく夫は、外出しておりまして……」
メルザに低い声で尋ねられ、義母が冷や汗をかきながら答えた。
でも。
「……そうですか、ならば仕方ありませんが……おかしいですね? 先に我が大公家より、私のヒューが帰宅する旨使いの者を送ったはずなのですが。侯爵家では、家の長男の帰宅に際して、メイド一人でしか出迎えないのでしょうか?」
「……使用人達には、きつく言い聞かせておきます」
「ハア……まあよろしいでしょう。それで、使いの者がお届けした手紙について、閣下はお読みいただいておりますでしょうか?」
溜息を吐きながら、メルザが問いかける。
僕も馬車の中で初めて聞かされたが、僕とメルザの婚約をすぐにでも執り行い、それ以降は僕が大公家でお世話になるという内容の書簡をあらかじめ届けておいたらしい。
それも、一週間後には向こうに戻る手筈で。
「そ、それに関しては、夫に聞いてみないと……」
「……閣下はいつお戻りで?」
「つ、使いを出しておりますので、すぐにでも戻るかと……」
うん……立場も格も、完全にメルザが上だ。
まあ、所詮は男爵令嬢で、しかも父の元不倫相手でしかないのだから、当然といえば当然か。
「ヒュー、それまでゆっくりしたいですから、案内してくださいますか?」
「はい。では、どうぞこちらへ」
メルザの手を取り、離れの屋敷へと案内しようとすると。
「! い、いえ、こちらへご案内いたします!」
義母は慌てて本邸へメルザを通そうとする。
「ヒューはこちらの本邸で過ごされているのですか? 昨日ヒューにお伺いした時は、離れの屋敷だと……」
「あ、そ、それは……」
彼女が首を傾げながらそう告げると、義母は言い淀んだ。
「メルザ、僕はいつもどおり離れにいるから、君は本邸へ……」
「そんなの嫌です。私は、ヒューと一緒がいいのですから」
口を尖らせ、メルザはプイ、と顔を背けた。
その反応を見て、顔を青くしたのが義母だ。
まさかウッドストック大公の孫娘を、今まで僕が暮らしていた、何の手入れもされていない離れの屋敷に住まわせるなんて真似をするわけにはいかないだろうからね。
「も、もちろん! ヒューゴも長男なのですから、本邸で過ごしてもらいますとも!」
はは……僕が本邸に一歩でも足を踏み入れるたびに、鞭で足を叩くくせに。
「だそうですが……ヒュー、どうしますか?」
「……すいませんメルザ。僕は本邸は遠慮いたします」
そう言ってかぶりを振ると。
「身の程もわきまえずに我儘を言っていないで、あなたも本邸に来るのです!」
そんな僕の態度が気に入らなかったのか、義母はいつもの口調で声を荒げてしまった。
メルザの目の前だというのに。
「……失礼ですが、今のヒューへの……我が夫となる方への言葉は、どういう意味ですか?」
「あ……」
凍えそうなほど冷たい声でメルザがそう告げた瞬間、義母は自分の失態に気づいて顔を引きつらせた。
「……なるほど。これではヒューも、心が休まりそうにありませんね。私もヒューと一緒に離れにおりますので、閣下がお戻りになられたらお声がけください」
「そ、それでしたらこの俺がエスコートいたしますよ」
……コイツは何を言っているんだ?
この僕がいるのに、なんでオマエがそんな真似をする必要があるんだよ。
「ふふ……心よりお断りさせていただきます。もちろん、ついてこないでくださいね? では行きましょう、ヒュー」
「ええ」
肩を震わせてうつむく義母と眉根を寄せて僕を睨みつけるルイスを尻目に、僕とメルザは離れの屋敷へと向かった。
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