逃避行
「追手はどうじゃ?」
「今のところ、王都から誰か追いかけてきている様子はありません」
王都を脱出した僕達は、馬車を走らせて山道を抜けている。
とにかく、何としてでも皇国国境までたどり着かないと……。
なお、あの宿で従業員として働いていた諜報員達も、散り散りに王都を脱出している。
サウセイル教授達の目標が僕達である以上、他の諜報員達に危害が及ぶ可能性は少ないけど、それでも、何が起こるか分からないからね……。
「そういえば話が途中になってしまいましたが、アビゲイルさんはどうして“原初の魔女”のことを知っているんですか? それと、エタンをどうやって倒したかも教えていただけると……」
「はい。では、エタンの件から……」
それから、アビゲイルはエタン殺害の詳細について教えてくれた。
エタンとあの翼の少女が向かった場所は、王都の外れにある古びた屋敷だったらしい。
アビゲイルは隠密術を駆使して屋敷の中へと忍び込むと、中にはエタンを含め六人の若い男女がいた。
その連中の会話自体は大したものはなく、その場にサウセイル教授の姿もなかったとのこと。
その後、エタンを六人のうちの一人が治癒魔法で応急処置を施し、解散となってそれぞれの部屋へと戻って行った。
エタンはというと、六人の中の中肉中背の男に部屋まで運ばれ、ベッドに放り投げられた。
『シェリル様がお戻りになられたら、失った腕や脚も元どおりになる。それまで大人しく寝ておくのだ』
そんな一言を残し、男が部屋から出て行った。
「……その後、私はエタンが叫び声を上げないよう口に布を押し込んで……あは♪」
「あ、どうやって調理したかは説明いただかなくて大丈夫です。では、次に“原初の魔女”についてですが……」
「それは……初代“影縫いアビゲイル”が、“原初の魔女”と面識があったからです」
「面識があった!?」
アビゲイルの言葉に、僕は驚きの声を上げた。
い、いや、だって初代“影縫いアビゲイル”は、サウザンクレイン皇国の建国時の人物で、今から数百年も前の人物だぞ!?
「じゃ、じゃあ“影縫いアビゲイル”と同様、“原初の魔女”も代替わりしている……そういうことですか?」
「……いいえ、そんな話は先代からも聞いたことがありません。ただ、今では誰も知ることがない“原初の魔女”の名を、どうしてシェリル=サウセイルが名乗っているか、ということなんですが……」
どうやら、アビゲイルもそれ以上のことは知らないみたいだ。
「ただ、皇国の私のアジトにある初代“影縫いアビゲイル”が遺した書物を見れば、もう少し詳細が分かるかもしれません」
「……お願い、できますか?」
僕はアビゲイルの顔を覗き込みながら、おずおずと尋ねる。
「あは♪ もちろんよ♪ “原初の魔女”を名乗るだなんて、初代“影縫いアビゲイル”の誇りを汚すようなものだもの♪」
よかった。どうやらアビゲイルは、この件についても引き続き協力してくれそうだ。
となると……あとは、この国から無事脱出するだけ。
「ヒュー……」
「メルザ……大丈夫です。この僕が、必ずあなたを守ってみせますから」
心配そうに僕の顔を見つめるメルザを抱き寄せ、そう言ってニコリ、と微笑んだ。
そうだとも。僕達は、絶対に帰るんだ。
◇
「……おかしい」
王都を離れてから既に一週間。
僕達は街道を避けて野営をしているんだけど……。
「うむ……ここまで、一度も追手が来なんだな……」
「はい……」
そう……僕達はまだ、サウセイル教授一味も、オルレアン王国も、そのいずれも追手を差し向けられていない。
何度も僕達を襲う機会があったにもかかわらず、だ。
「……元々、サウセイル教授も『好きにすればいい』と言っていました。なら、最初から私達を追うつもりはなかったということでは……?」
「メルザ、それはないと思います。あくまでも追う気がないのはサウセイル教授だけで、他の者は『どうか分からない』とも言っていましたから」
「そ、そうですね……」
僕の言葉に、メルザが落ち込んでしまった……。
「で、ですが、あと少しで国境です。早ければ、明日中にもこの国を脱出できるはずですから!」
「そ、そうですね!」
良かった……メルザの顔に笑顔が戻った。
でも……ああ、この一週間で綺麗なメルザの顔が、こんなにも汚れてしまった……。
「? ヒュー……ッ!?」
「メルザ……皇国に帰ったら、この一週間の汚れを取って、ゆっくり疲れを癒しましょう」
僕は彼女を思いきり抱きしめ、その黒髪を優しく撫でる。
メルザを……僕の宝物を、慈しむように。
「で、ですが、まだ皇都を消し去る方法が転移魔法によるものだということしか分からない今、そこまで悠長なことも言っていられないのでは……」
「大丈夫、それに関しては僕に考えがあります」
「「「「「考え!?」」」」」
メルザだけでなく、他の四人も驚きの声を上げた。
「はい。それについては、皇都に戻ってからお話しします。まずは、全員で無事に帰ることだけを考えましょう」
「う、うむ! じゃが、さすがは婿殿! 私の自慢の息子じゃわい!」
「わっ!?」
大公殿下が破顔し、僕の背中を思いきり叩いた。
あはは……よかった、みんなの表情に明るさが戻ったな。
「さあ、明日はいよいよ国境越えです。今日はもうゆっくり休みましょう」
「はい!」
そうして僕達は明日に備え、早めに就寝する。
といっても、交替で見張りは行うんだけどね。
◇
次の日、僕達はいよいよ国境であるセイルブリッジの街を望むところまでやって来た。
だけど。
「……待ってた」
「「ねー!」」
あの翼を生やした少女と、双子らしき少女が二人、それにオルレアン王国の軍勢が、僕達を待ち受けていた。
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