翼の少女
「さあ、色々と吐いてもらおうか」
痛みに転げまわるエタンの髪を鷲づかみにし、僕はその顔を持ち上げた。
「な、何をだよ……っ!? こんな真似して、ただで済むと……ガフ……ッ!?」
「ただで済むと思ってるよ」
エタンが悪態を吐いている途中で、僕はコイツに土を食わせてやった。
何故この状況で強気に出られるのかは分からないけど、いずれにしても分からせてやらないと。
「まず、サウセイル教授はどこにいる?」
「は? んなモン、この俺様が答えるとでも思って……フグッ!?」
「サウセイル教授はどこにいる?」
このやり取りを、エタンが答える気になるまで何度も繰り返す。
既に五十回を超えようかという時には、コイツの顔面は血と涙とよだれと土でぐちゃぐちゃになっていた。
加えて、抜け、折れた歯が地面に散らばっている。
「サウセイル教授はどこにいる?」
「ふ……ふるへ……ブヒュッ!?」
これでもまだ悪態を吐くのだから、コイツもなかなかの根性だ。
その忠誠心は一体どこからくるのだろうか。
それに、見た目は面倒見のよい兄貴分といった感じなのに、実際には子どもじみた性格をしている……いや、子どもといってもおかしくはないかもしれない。
それくらい、言動が幼いのだ。
「あは♪ もう別にいいじゃない♪ コイツを調理すれば、放っておいても“深淵の魔女”は姿を見せるわよ♪」
調理をしたくてうずうずしているアビゲイルが、そんなことを言ってきた。
だが、確かにアビゲイルの言葉にも一理ある。
何も話さない奴に、このまま尋問を繰り返したところで一緒だからな。
「よし、じゃあ次の質問に答えなかったら、あとはアビーさんに任せます」
「あは♪ やった♪」
僕の言葉に、アビゲイルは口の端をニタアア、と思い切り吊り上げ、待ってましたとばかりにククリナイフ、包丁、鋸などを嬉々として準備し始める。
そんな彼女の狂気に触れ、ようやく悟ったのだろう。
エタンは、明らかに恐怖に顔を引きつらせた。
「さて……じゃあ最後の質問だ。オマエ達は……いや、シェリル=サウセイルは、皇都でなにをやらかそうとしているんだ?」
「そ、それは……」
エタンがようやく重い口を開きかけた、その時。
「「「「「っ!?」」」」」
突然、僕達の目の前からエタンが掻き消えた。
「あ! テメ! 来るのが遅えんだよ!」
「……うるさい。黙れ脳筋」
わめき散らすエタンの大声に気づき、僕達は視線を上へと向けると……白い翼を生やした女性がエタンを抱え、飛翔していた。
「っ! クソッ!」
「任せてください! 【雷槍】!」
メルザが素早く右手をかざし、雷の槍を放つ。
すると。
「っ!?」
「……魔法なんて、この翼の前には無力」
「ハッ! 残念だったなテメエ等! この借り、百倍にして返してやっからな!」
エタンがそう叫ぶと、白い翼を生やした女性と共に飛び去っていってしまった……って!?
「あは♪」
アビゲイルが口の端を吊り上げ、素早い動きであの二人の後を追って行った。
もちろん二人に気づかれないよう、その隠密術で木々に溶け込みながら。
おそらく、目の前で獲物であるエタンがかっさらわれたからだろう。
それは、“影縫いアビゲイル”にとって不名誉でしかない。
アビゲイルは、その矜持を何よりも大切にしているから。
「……とりあえず、アビゲイルが戻ってくるのを待つとしようかの」
「大公殿下……ええ……」
僕はアビゲイルの背中を眺めながら、彼女が無事に戻ることを祈った。
◇
「じゃが……これで、振り出しに戻ったの」
大公殿下が、重々しい口調で告げる。
だけど、状況はもっと悪いと言わざるを得ない。
少なくとも、僕達が王都に入っていることは明白になったため、冒険者の変装すらも無駄になってしまった。
これからはサウセイル教授だけでなく、オルレアン王国からも狙われることになる。
「ヒュー……とりあえず、アビゲイルが合流したら皇国に戻りますか?」
「はい……このままここに留まっても、命の危険にさらされるだけです。何より、大公殿下を取り押さえられてしまった場合、オルレアン王国につけ入られてしまいます……」
そう……サウザンクレイン皇国の軍を司る最重要人物の大公殿下が捕まれば、間違いなく問題になってしまう。
いや、それだけじゃない。
大公殿下がいなければ、皇国軍は指揮系統を失って烏合の衆に成り下がってしまう危険もある。
……最悪、大公殿下とメルザだけ先に皇国に帰ってもらい、僕だけでアビゲイルの帰りを待つか……?
「はっは……婿殿、そんなに心配せずともよい。シェリルが作った携帯用の転移魔法陣のおかげで、一瞬で皇国には戻れるんじゃ。じゃから……何もかも背負おうとするな」
「あ……」
あはは……大公殿下には、僕の考えなんてお見通しか……。
「ええ、お爺様の言うとおりです。たとえヒューが無理やり私を帰そうとしても、ヒューが一緒でなければ絶対に嫌ですから」
「メルザ……」
「ヒュー……私達は、ずっと一緒、ですよ?」
「はい……」
メルザに手を握られ、僕は嬉しさで胸が熱くなった。
本当に……僕の愛する婚約者は、最高の女性だ……。
僕達は、覚悟を決めて王都に留まることを決めた。
そして、その三日後。
「あは♪ ただいま♪」
アビゲイルが、口の端を吊り上げながら無事に宿へと戻ってきた。
その右手に、エタンの首を携えて。
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