作戦
「ふむ……そうすると、資金を絶つよりも先に、武器の調達と傭兵の雇用、こちらを先に潰しておくほうがよさそうじゃの……」
楽しいお茶の時間が終わった後、大公殿下の執務室で僕はグレンヴィル侯爵の陰謀の詳細について説明した。
「はい……資金の確保はどうやっても皇立学院の卒業式間際までは無理でしょうから、そこまで優先度は高くないかと。それよりも、入手できると思っていた武器や傭兵の確保を困難にさせた上で……」
僕は、メルザと大公殿下に耳打ちする。
「はっは! それはよい! その時に慌てふためく顔が思い浮かぶわい!」
「ふふ! その時こそ、ヒューが復讐を果たす絶好の時ですね!」
うん……どうやら二人もこの案で賛成みたいだ。
でも、それもこれも六回の人生を繰り返して来たからこそ立てられる作戦だなんて、本当に皮肉でしかない。
「じゃが、それであればもっと早く追い込むことができそうじゃわい」
「ええ……要は、この三つの条件を達成できる時期を早めてやりさえすればいいんですから」
そう……別に、皇立学院の卒業式までにそれらの条件を、こちらが整えてやれば済むんだから。
「うむ! これで話はまとまったの! では、それはそれで進めるとして……婿殿、これからどうする?」
「え、ええと……どうする、というのは……?」
大公殿下の質問の意味が分からず、僕は聞き返す。
「決まっておる。今日のところは、一旦あの侯爵家へと戻るか、ということじゃ」
「あ……」
そうだった……今回ここに来ているのは、あくまでもメルザとの顔合わせのためだった。
「お爺様! さすがにそれは、ヒューが可哀想です!」
それを聞いたメルザが大公殿下に食ってかかるけど……正直、ここは判断に悩むところだ。
というのも、僕が戻らなければ父は怪しむだろうし、作戦をスムーズに進めるためには、一旦帰っておいたほうがいいに決まっている。
でも……あの家に戻ることを、どうしても拒否してしまう僕がいて……。
……うん。
「……大公殿下、メルザ、僕は一旦、あの家に帰ろうと思います」
「っ! で、ですが!」
「メルザ……ボクが帰らなかったら、あの父のことだ、絶対に大公殿下に強請りをかけてくると思う」
だって、ウッドストック大公家には、縁談のためにメルザと面会した貴族の子息達が戻っていないという、あの噂があるから。
だから、父は僕も同じ目に遭ったと判断し、かなり高額な賠償を求めるに違いない。
そしてそれも、国家転覆のための資金として活用されることだろう。
「……こんなことなら、もっとうまく始末するんじゃったの」
「あ……あの噂は事実だったんですね……」
「っ!? し、しまったわい……」
思わず漏らした呟きを拾った僕を見て、大公殿下は手で顔を押さえた。
「いえ……僕も大公殿下と同じ立場だったら、絶対に同じことをしています……」
というのも、メルザが混血のヴァンパイアであることを知った貴族の子息達は、家に帰ればこのことを言うだろう。
たとえ、大公殿下がどれほどの圧力をかけたとしても。
そして、それが皇室の耳に入れば、ウッドストック大公家は危うい立場に追い込まれてしまう。
何より。
「……メルザを傷つけるような真似をした者を、僕は絶対に許せない」
「ヒュー……本当に、あなたは私のことを第一に考えてくださるのですね……」
頬を紅く染めたメルザが、僕の手に自身の手を添えた。
僕は、その手をギュ、と握りしめる。
この柔らかくて、華奢で、美しい手を。
「はっは……これは、噂が流れるということも悪いことばかりではないのう……」
「そ、それはどういう……」
「だってそうじゃろう? そのおかげで、婿殿は我がウッドストック家を頼ってくれたのじゃから」
「あ……」
確かにあの噂があったからこそ、僕はウッドストック大公家の庇護を求め、利用しようと考えたんだから。
「ふふ……そのおかげで、私はこんなにも幸せです……」
「メルザ……僕だってそうですよ。僕は、この一日で六回の人生の全てが救われたのですから……」
そうだ……もう、僕の復讐のためだけじゃない。
これからは、彼女を……メルザを悪意から守るためにも、僕はグレンヴィル侯爵家と……家族と戦わないといけないんだ。
あの連中の野望をくじくことこそが、僕の復讐であり彼女を守ることに繋がるのだから。
「ですので、早ければ今日にでも、向こうに戻ります」
「あ……そう、ですか……」
それを聞いたメルザは、悲しそうにうつむいてしまった。
でも……そうすることが、僕とメルザがこれからもずっと一緒にいるために必要なことだから……。
「……すぐにでもこの大公家に来れるよう、私が話をつける。じゃから、二週間……いや、一週間だけ待つのじゃ」
「ありがとうございます……」
苦渋の顔をする大公殿下に、僕は深々と頭を下げた。
◇
「本当にお世話になりました」
「う、うむ……本当に、すまんのう……」
ゲートを通って王都にある大公殿下の別宅へ戻り、いよいよ馬車へ乗り込もうとしたところで、大公殿下が申し訳なさそうに視線を落とす。
メルザは……大公殿下の話では、僕が戻ってしまうことがつらくて、部屋に引きこもっているらしい。
……うん、絶対に早くここに帰ってこないと。
「では、失礼いたします」
大公殿下に見送られ、馬車はグレンヴィル侯爵家へ向けて出発……って。
「それで……なんでメルザが馬車に乗っているのですか?」
「ふふ……もちろん、あなたの婚約者ですから」
そう言って、悪戯っぽく微笑むメルザ。
そんな彼女が指差す先、窓の外へと視線を向けると……あ、大公殿下がウインクしながら親指を立てている……。
「ですので、向こうの家でもどうぞよろしくお願いします」
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