アビゲイルのクッキング ※アビゲイル視点
■アビゲイル視点
「ありがとうございました」
夜九時、最後のお客様を送り出し、私は副業である雑貨屋の仕事を終える。
さて……次は本業に取りかかるとしましょう。
「……といっても、これは仕事というよりも、報復ですが」
そう……私は、闇の世界においてこの顔に泥を塗られた。
脈々と受け継いできた、“影縫いアビゲイル”としての矜持を汚されたのだ。
元々、“影縫いアビゲイル”の称号はこのサウザンクレイン皇国建国以来、この国の影の全てを司るという意味を持つもの。
それは、初代皇帝“ナイジェル=フォン=サウザンクレイン”と初代“影縫いアビゲイル”との盟約。
「それを……たかだか第二皇妃の分際で、盟約をないがしろにするなど、言語道断です」
私は思わず、持っていた木製のカップを粉々に握りつぶしてしまった。
せっかくのお気に入りだったのに、また新しいものを探さないといけない。
「まあ……この対価は、その命をもって支払ってもらうことにしましょう」
フフ……さて、今度のシチューは誰に振る舞うとしましょうか。
やはり第二皇妃の息子であるアーネスト第二皇子に食べてもらうべきでしょう。
特に、第二皇妃も第二皇子も、お互いに溺愛していたのですから、身も心も一心同体にして差し上げるのが優しさというもの。
「あは♪ じゃあ行こうかな♪」
私は口の端を吊り上げると、皇都の闇に溶け込んだ。
◇
「あは♪ ご苦労様♪」
私は皇宮の北塔の入口で警備に当たっている騎士達を嘲笑いながら、塔の壁を登っている。
確かに第二皇妃のいる塔の最上階には窓などの出入口はないが、その下の階には窓が設置してある。
これでは、私に侵入してくださいと言っているようなものです。
ということで、私は途中の階の窓から塔の中へと侵入し、階段をゆっくりと歩いて行く。
基本的に、塔の内部の監視については、夜間は最上階の部屋の前に二人の騎士が立っているだけ。
それは、あらかじめ彼に確認してある。
「あは♪ いるいる♪」
最上階までたどり着くと、部屋の扉の前に騎士が二人立っているのを確認し、私は胸元から香油を取り出し、それに火を灯す。
すると。
「ん? ……何だか眠気が……」
「お、おい……今は見張り中……」
二人の騎士は、香油の香りをかいで、その場で眠ってしまった。
あとは、私が第二皇妃を攫うだけ。
ということで。
「あは♪ こんばんは♪」
「っ!? な、何者!?」
私を見て、くぼんだ目を大きく見開く第二皇妃。
やはり報告どおり、第二皇妃は薬の影響で痩せこけ、よだれを垂らし、瞳孔が開いていた。
「だ、誰か! であえ! であ……ギャッ!?」
「あは♪ 黙れ♪」
叫び出した第二皇妃の後頭部を叩いて意識を奪うと、用意していた麻袋に第二皇妃を入れて口を縛り、抱え上げて北塔から抜け出した。
そして、また大通りの店へと戻る。
まだ彼には教えていない、店のソファーの下にある地下へと続く階段を下りると。
「あは♪ 楽しい楽しいクッキングの始まりですよー♪」
私は鼻歌交じりに麻袋から第二皇妃を出し、その両腕に鎖を巻きつけて吊るす。
「あは♪ 起きなさい♪」
「あう!?」
第二皇妃の頬を思い切り張り、無理やり目を覚まさせた。
「こ、ここは……」
「あは♪ さあ、どこでしょう♪」
私は嗤いながら、調理器具を取り出す。
鋸、包丁、ナイフ……これら全て、肉を捌くために必要なもの。
「ま、まさか……!?」
「あは♪ 調理開始♪」
私は、第二皇妃の絶叫をまるで音楽を楽しむかのように聴きながら、綺麗にその身体を捌いた。
◇
「あは♪ こんばんは♪」
「っ!?」
手作りシチューを携え、私は第二皇子の部屋に忍び込むと、意外にも第二皇子は起きていた。
「き、貴様は……ウグッ!?」
「あは♪ ウルサイ♪」
第二皇子のみぞおちを殴り大人しくさせ、そのままベッドに乗せて口枷をしてから手足を縛りあげる。
「うーっ! うーっ!」
「あは♪ これから美味しいシチューをあげますね♪」
持ってきたシチューをスプーンですくい、口元へと近づける。
「はい♪ あーん♪」
「ムグッ!?」
口枷をずらして無理やり肉入りシチューをねじ込み、飲み込ませた。
「あは♪ 美味しいでしょう♪ 私特製のシチューは♪」
「うう!? ううううう!?」
「あはははは♪ 何を言っているのか分からないわよ♪ そうそう、いいことを教えてあげるね♪ このシチューのお肉、なんだと思う♪」
「うう!?」
「あは♪ 答えられないようなので、特別に教えてあげるわね♪ コレ、この皇宮に住む冠を被った薬狂いの、勘違いした女狐の肉なの♪」
「っ!?」
あは♪ どうやら気づいたみたいね♪
そう、これはあなたの大好きな母親のお肉よ♪
だから、味わって食べなさいね♪
吐き出しそうになるのを無理やり飲み込ませ、さらにシチューを食べさせる。
一人前を食べ終えたころには、第二皇子は壊れてしまった。
「あは♪ さあて、次の場所に行くわね♪ でも、もう分からないか♪」
「あ、あはは……はは……」
虚ろな目で乾いた笑いを繰り返す第二皇子に別れを告げ、私は北塔の最上階へと向かう。
もちろん、私の仕業であることを告げるために。
◇
「あは♪ 今回は彼のおかげで簡単でした♪」
全てを終え、私は店のソファーでくつろぐ。
そう……この調理のために、皇宮の見取り図、警備体制、北塔の配置など、それらの情報を事前にもらっていた。
あの、ヒューゴ=オブ=ウッドストックから。
「あは♪ ある意味、私以上の深い闇の持ち主ですね♪」
彼……ヒューゴさんを思い浮かべながら、私は口の端を吊り上げる。
まだ十五歳の若さで、私をも凌駕する強さ、敵となった者への容赦のなさ、狡猾さ、その全てが規格外。
彼もまた、私と同じように壊れているのでしょう。
「あは♪ 是非とも私の後継者に……いえ、何なら私の全てを捧げてもいいのですが♪」
そのためには、一番邪魔となるヒューゴさんの想い人、メルトレーザ=オブ=ウッドストックを排除しないといけないのですが、そんなことをしたら、それこそ“影縫いアビゲイル”の伝説が終わるでしょう。
「ハア……まあ、その機会が来るまで、ヒューゴさんに関わるようにしましょう。それに、彼の周りにいれば色々と調理には困らなそうですし」
そう……今回の件で分かりましたが、ヒューゴさんには何か因縁……いえ、呪いにも似たようなものが渦巻いているようにも感じます。
「あは♪」
私は、ヒューゴさんのこれからに興奮を抑えきれず、思わず舌なめずりをした。
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