花火と、あなたと、復讐と、幸せな未来と
第二部ラストです。
「ヒュー、今日は海で花火があるそうですよ!」
日が暮れて薄暗くなった頃になり、僕とメルザはブランドンの街の散策に来ている。
そしてメルザは、街の掲示板にある花火大会の告知を見てはしゃいでいた。
うん……そんなメルザも可愛くてたまらない。
それに、花火の光に照らされるメルザは、さぞや素敵なことだろう……。
「あはは、これは花火を見るしかないですね」
「はい! ふふ……ヒューと一緒に花火を見るなんて、夢のようです……」
そう言って、両手を口元で合わせてはにかむメルザ。
そんな彼女の表情が可愛すぎて、道行く男連中が見惚れていた。
「……メルザ、花火が始まるまでの間、あのカフェでお茶でもしましょう」
「いいですね!」
僕は武器商人のネイサンと交渉したあの日以来ずっとしている、平民の恋人同士のような繋ぎ方でメルザの白い手を握る。
そして、できる限りメルザが男共の不快な視線にさらされないよう、カフェの一番奥の席に座った。
「ふふ……ヒューったら、相変わらず独占欲が強いですね?」
「……メルザは僕だけのメルザですから」
少し揶揄うように笑うメルザに、僕は少しだけ口を尖らせた。
メルザに何と言われようとも、嫌なものは嫌なわけで……。
「……ですが、ヒューにそこまで愛されて、私は本当に幸せです」
「僕のほうこそ。メルザは、いつだって僕だけを見てくださいますから……」
「それはヒューもですよ?」
そう言って、メルザがぴと、と僕の唇に人差し指で触れた。
「そ、それで、せっかくカフェに来たのですし、何を飲まれますか?」
僕はメルザのそんな行動や仕草に気恥ずかしくなってしまい、それを悟られないようにするためにメニュー表をメルザに見せた。
「そうですね……」
メルザもメニューに注目したようで、どうやら上手く誤魔化せたようだ。
だけど、真剣にメニュー表を眺めるメルザが、それもそれで可愛くて……。
「私はこのヤシの実のジュースのカクテルにしてみます。ヒューはどうされますか……って、ヒュー?」
「……え!? は、はい!」
メルザに見惚れていたところに声をかけられてしまい、僕は思わず変な声を出してしまった。
「あ……ふふ、もう」
「あ、あはは……」
メルザにクスクスと笑われ、僕は苦笑しながら頭を掻いた。
◇
「うわあ……ヒュー、すごい人ですね!」
浜辺には花火の見物客が大勢いて、それぞれ砂浜の上に座っていた。
なお、僕達の席はあらかじめ確保してもらっている……というより、やはりウッドストック家が民衆に混ざるのはよろしくないらしく、主催者側から別の場所でとお願いされてしまったのだ。
ということで。
「メルザ、せっかくですし他の観客と同じように、砂浜の上に座りませんか?」
「ふふ、もちろんです!」
僕がそう提案すると、メルザは、ぱああ、と満面の笑みを浮かべて同意してくれた。
よかった、彼女も同じ気持ちだったみたいだ。
なので、せっかく用意してくれてある椅子には座らずに、砂浜に座ることにしたんだけど……。
「メルザ、こちらへどうぞ」
「ふふ、ありがとうございます」
砂浜にハンカチを置き、僕はメルザの手を取ってその上に座ってもらった。
で、僕も彼女の隣に砂浜に何も敷かずに直接座る。
その時。
――ヒュルルルル……………………ドオオオオオンンン……!
花火の音が夜空に鳴り響き、海の上を明るく照らした。
「綺麗……」
そんな花火を見て、メルザがポツリ、と呟く。
彼女の横顔は、花火の光で白い肌が幻想的に映って……。
「あ……ヒュー……」
「メルザ……」
僕は彼女のあまりの美しさに我慢できず、つい花火そっちのけで抱きしめてしまった。
「ふふ……もう、これでは花火が見れませんよ?」
「構いません……花火よりも、綺麗なあなたを見ていますから……」
「ヒュー……」
メルザはそう言って少し苦笑するけど、それでも抱きしめる力を少し強め、嬉しそうに目を細める。
「あ……花火とメルザ、両方を楽しめるいい方法を思いつきました」
「? それはどんな方法なのですか?」
「こうするんです」
僕はメルザの後ろに回ると、メルザの小さく華奢な身体を覆うように抱きしめ、彼女の頬に僕の頬を寄せた。
「ほら、こうすればメルザも堪能できますし、花火も見れます」
「ふふ……これは良いアイデアです……」
僕達は、その体勢のまま、花火を眺め続けていた。
◇
「終わって、しまいましたね……」
全ての花火が終了し、観客達は全員帰っていった。
そんな中、僕とメルザは誰もいない砂浜で、名残惜しそうに呟いたメルザを後ろから抱きしめていた。
「ですが、海の小波の音も、心地よいですよ……?」
「ええ……そして、ヒューの体温も心地よいです……」
そう言って、メルザが僕の頬に頬ずりをする。
「メルザ……あなたを愛しています」
「はい……私も、ヒューを心から愛しています」
メルザは僕のほうへと向き直り、僕の頬を撫でながらそっと顔を近づけた。
「ん……ちゅ……」
そして、僕とメルザは口づけを交わす。
彼女の柔らかい唇が、僕の全てを満たしてくれる……。
「メルザ……どうぞ」
「ありがとうございます……」
僕がそう告げると、メルザは暗がりの中で真紅の瞳を輝かせた。
彼女は僕の首筋へと顔を近づけると。
「かぷ……ん……んく……ん、ん、ん……」
そのまま牙を突き立て、恍惚の表情を浮かべながら僕の血を味わう。
そんな彼女の……人ならざる者の姿に、僕は心を奪われていて……。
「っ!? は……あ……ん……」
気づけば、僕はお返しとばかりに、メルザの細くて白い首筋を甘噛みしていた。
「ヒュー……」
「メルザ……」
僕達はお互い首筋から口を離し、見つめ合う。
僕は……このメルザとの幸せを、絶対に手放したくない。
「メルザ……僕のこれまでの……六回の人生の末路の全ての元凶は、グレンヴィルと皇帝陛下、そして、オルレアン王国だと考えています」
「はい……」
「グレンヴィルについては復讐を果たし、既にこの世にはいません。ですが、皇帝陛下とオルレアン王国は未だ健在です」
「…………………………」
僕の言葉に、メルザは色々と察したんだろう。
その真紅の瞳で、ただ僕を見つめる。
グレンヴィルのクーデターに、今回の皇位継承争い……その二つとも、オルレアン王国の暗躍があった。
この先も、かの国はサウザンクレイン皇国を狙って、魔の手を伸ばしてくるだろう。
「これから先、僕は……いえ、僕とメルザは、オルレアン王国の思惑に巻き込まれていく可能性が高いでしょう。僕達が、“ウッドストック”であるがゆえに」
「はい……」
「そして、オルレアン王国にそのような隙を与える結果となったのは、ひとえに皇帝陛下の足元の揺らぎが原因でもあります」
「ヒュー……皇帝陛下とオルレアン王国にも、復讐を果たしますか……?」
メルザが心配そうな表情を浮かべ、尋ねる。
「いえ……これは復讐ではありません。ただ……僕は、あなたとの幸せな未来をつかむために、その二つを排除するつもりです」
そう……幸いなことに、そのための布石は今回の皇位継承争いの中で打つことができた。
皇帝陛下に取って代わる、クリフォード第一皇子。
オルレアン王国の国王に取って代わる、シモン第三王子。
僕は、次代を担う二人の指導者を……友を利用してでも、メルザとの幸せをつかんでみせる。
だから。
「メルザ……僕は、どんな手を使ってでも、あなたとの幸せを手にしてみせます」
「ヒュー……私の幸せは、いつでもあなたと共に……」
僕とメルザはこのブライアンの街の夜空の下、誓いの口づけをした。
お読みいただき、ありがとうございました!
これにて第二部の皇位継承編は完結となります。
この後四話の幕間を挟み、第三部の原初の魔女編へと突入いたします。
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