二人ぼっち
「それで、何があったんじゃ?」
眉根を寄せながら大公殿下が尋ねる。
「はっ! 皇宮の北塔に幽閉されていた、レオノーラ第二皇妃殿下が忽然と消えました」
「な、なんじゃと!?」
パートランド卿の報告を聞き、大公殿下が驚きの声を上げた。
「ど、どういうことじゃ!? あの北塔は、入口は厳重に管理されておる上に、第二皇妃殿下が幽閉されておるのは最上階、さらには窓一つない場所なのじゃぞ!? つまりたどり着くことも、脱出することも不可能なはずじゃ!」
「……ですが、これは事実です」
大公殿下が声を荒げるが、パートランド卿は苦渋の表情を浮かべながら告げた。
「とにかく……今の話だけでは全然理解できません。詳しく教えていただいても?」
「はい……」
それから、パートランド卿は備に説明してくれた。
まず、第二皇妃殿下が幽閉されている北塔の最上階の部屋にいないことが分かったのが今朝。
朝食を運ぶメイドと、例の薬物による禁断症状の診察をしている治癒師が一緒に訪れた際、扉をノックするが反応がない。
不審に思った二人は、断りを入れながら扉の鍵を開けて中に入ると、第二皇妃殿下の姿がなかった。
部屋の中だけでなく塔全体をくまなく探すも見つからず、一階の入口を警護している騎士達に聞いても第二皇妃殿下を見た者はいなかった。
このため、皇帝陛下の指示の下、全近衛騎士が皇宮内の調査に当たっており、現在も調査は続いているとのこと。
「……近衛騎士は、基本的に皇宮内でのことにしか関与しません。なので、皇宮の外……つまり、皇都全てを探すようにと、皇帝陛下より皇国軍に指示されました」
「ふむう……突然消えた、か……」
説明を聞き終えた大公殿下が、顎鬚を触りながら首を傾げる。
「それで……第二皇妃殿下が消えたということは分かりましたが、同じく謹慎中のアーネスト殿下についてはどうですか?」
「はい、アーネスト殿下は部屋にいらっしゃることは確認できました。ただ……」
「? ただ?」
「い、いえ、大したことではありません。とにかく、今は万が一に備え、近衛騎士がつきっきりで警護に当たっています」
「そ、そうですか……」
パートランド卿の言葉が少し引っかかるが、どうやら第二皇子は無事のようだ。
そして、少なくとも第二皇妃殿下は、自らの手で、あるいは仲間の手引きによって逃亡したのではないことが分かった。
何故なら、第二皇妃殿下が溺愛する第二皇子を置いて、自分だけ逃げ出すなんてことはあり得ないのだから。
「して、オリバーよ、レオノーラ皇妃殿下の部屋で他に変わった点や手掛かりなどはないのか?」
「それが、一つだけ」
「ふむ……それはなんじゃ?」
「実は、部屋に設置してあるテーブルの上に、何故かシチューが置いてあったのです」
「「シチュー!?」」
それを聞いた瞬間、大公殿下とメルザが思わず聞き返した。
だけど……僕は、そうじゃないかと思っていた。
だって、アイツが見逃すはずがないのだから。
「とりあえず分かった。すぐに支度して皇都に戻るゆえ、オリバーは先に現場に戻っておれ」
「はっ」
パートランド卿は僕達に申し訳なさそうに一礼をした後、そのまま立ち去った。
「さて……婿殿、どう思う?」
「はい。第二皇妃殿下の部屋にシチューが置いてあるという時点で、答えは一つしかありません」
僕がそう告げると、大公殿下とメルザがゆっくりと頷いた。
「……“影縫いアビゲイル”が、第二皇妃殿下を調理したということです」
そう……アビゲイルは、自身が殺人を行った場合、その証明としてシチューを置いていく。
標的の肉で調理した、きのこがたっぷり入ったクリームシチューを。
「やれやれ……とりあえずは第二皇妃殿下を探すふりだけするかのう……」
大公殿下が眉根を寄せながら、そう呟く。
「とにかく、せっかくの家族水入らずの旅行じゃったが、私だけ戻るゆえ、メルと婿殿は予定どおりゆっくりしているとよい」
「そ、そうですか……」
もちろん、メルザと一緒にブランドンの街でゆっくりできるのはありがたいけど、それでも、大公殿下も一緒に……家族全員で過ごしたいと思ってしまう……。
「はっは。なあに、そもそもどうやっても第二皇妃殿下は行方不明のままなのじゃから、適当なところで切り上げて、また合流するわい」
「! は、はい!」
口の端を持ち上げながら、大公殿下はその大きくごつごつした手で僕の頭を撫でてくれた。
僕の大好きな、父親の手で。
「さて……では、行ってまいる」
「大公殿下、お気をつけて」
「お爺様、頑張ってきてください」
「うむ」
大公殿下はゆっくり頷くと、ゲート……転移魔法陣から一瞬で消え、皇都へと戻った。
「ヒュー……二人きりになりましたね……」
「メルザ……」
ほんの少しだけ寂しそうな表情を見せてそっと身体を寄せるメルザを、僕は優しく抱き留めた。
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