大公殿下の英断
「やれやれ……やっと骨休めができるわい……」
今回の旅行先である皇国有数の保養の街、“ブランドン”を目指す馬車の中、大公殿下が息を吐きながらそう呟いた。
「あはは……お疲れ様でした……」
そんな大公殿下に、僕は労いの言葉をかけた。
だけど、実際にこの一か月、大公殿下やパートランド卿は目の回るような忙しさだったしね……。
というのも、今回の第二皇妃の一連の事件で、一か月の間に取り締まられた貴族は相当な数に及んだ。
なにせアーキン伯爵と麻薬取引や人身売買など、不正な取引をしていたんだ。当然そうなってしまう。
しかも、質の悪いことにそういった不正行為を働いていたのは、ほとんどが第一皇子派又は中立の貴族だったから手に負えない。
それらも全て第二皇妃の策略だったのだから、第一皇子や第一皇妃殿下としては、目も当てられないだろう。
「それで……今回処罰された貴族達はどうなるのですか?」
「うむ……不正を働いた内容や罪の軽重により異なるが、軽いもので財産の一部没収、重いものだと身分の剥奪じゃな」
「それは思い切りましたね……」
大公殿下の説明を聞き、僕は思わず唸る。
ただでさえグレンヴィルのクーデターで多くの貴族が処分されたのに加え、今回の一件でますます人材難が進むからね……。
「婿殿の言うとおりじゃ。じゃが、ここで甘い処分を与えてしまっては、皇帝陛下の権威が揺らぐことにもなりかねん。信賞必罰は当然じゃ」
「そうですね……」
そう言って、僕は僅かに視線を落とした。
「はっは! じゃが安心せい! 今回の二つの事件を反省し、この私が皇帝陛下に進言しておいたわい!」
「進言、ですか……?」
豪快に笑う大公殿下の言葉の意味が分からず、僕はおずおずと尋ねる。
「うむ! 優秀な人材を確保するため、皇立学院に特別枠を設けることにした!」
「「特別枠!?」」
「そうじゃ! これまでは貴族のみに入学資格を与えておったが、特に優秀な平民を若干名入れるようにしたんじゃ!」
な、なるほど……確かにそれは、これまでの皇国の体制を考えれば革新的だ。
「もちろん、実家の爵位を継げぬ子息令嬢に加え、平民も学院卒業後の活躍次第で、爵位を与えるぞ」
「爵位を与えるって……も、もちろん、一代限りのものですよね……?」
「いや、場合によっては爵位の継承も認める」
「「っ!?」」
す、すごい……それが実現したら、本当にこの国は変わるぞ……!
「大公殿下……これは、まさにご英断でしたね……!」
「はっは、じゃろう?」
興奮しながら絶賛する僕を見て、大公殿下が破顔する。
本当に……僕の父上は尊敬すべき御方だ……!
「ふふ……ヒューったら、お爺様を見る瞳が輝いていますね」
「あ……そ、それは……」
「な、なんじゃ……息子にそのように見られるとむずがゆいわい」
メルザにクスクスと笑いながら指摘され、僕と大公殿下は気恥しくなってしまった。
「と、ところで、その後の第二皇妃殿下と第二皇子の様子はいかがですか……?」
僕は話題を変えるため、そんなことを聞いた。
とはいえ、気になっていることは間違いないんだけど。
「うむ……二人共、かなり酷い状態じゃ……」
「そうですか……」
第二皇妃殿下と第二皇子については、幽閉と謹慎がそれぞれ始まって三日後、突然異変が起きた。
急に涙や口からよだれを垂れ流し、身体を掻きむしったり独り言を繰り返すようになった。
調べて分かったことだけど、あの二人はこの国では禁止されている薬を常用していたようだ。
そして、幽閉されてから一か月が経った今も、回復の兆しは見えていない、ということか……。
「……アーキン伯爵との繋がりがあった以上、あの二人が禁止薬物に手を出していたとしても不思議ではない。アレは、そういうものじゃ……」
「はい……」
僕と大公殿下の言葉に、僕は静かにうなずいた。
でも、僕はあの二人に決して同情はしない。
ただ快楽に溺れ、権力を求め、親子を超えた愛を求めた成れの果て。
そんなくだらないものに、僕が思うところは何一つない。
「二人共、そんなことよりも、見えてきましたよ!」
「うわあ……!」
「おお……!」
車窓の先に広がる、一面の水の世界。
これが、海というものか……!
「すごいですね! 書物によれば、海は塩水でできているそうですよ!」
「はい! しかも、すぐそばで獲れる新鮮な魚介類は、本当に美味しいらしいですからね!」
「あ、ふふ! ヒューったら、やっぱり食いしん坊です!」
僕達はあの皇位継承争いやグレンヴィルのクーデター、オルレアン王国のこと、その他色々なことは一旦忘れ、ただこの旅行を全力で楽しむことにした。
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