お茶会の幕開け
「はっは! 今日は陛下も両手に花ですな!」
「……ウッドストック卿……いや、叔父上よ。あまりからかうでない」
豪快に笑いながら大公殿下がそう皮肉を告げると、皇帝陛下は苦虫を噛み潰したような表情になった。
グレンヴィルのクーデターで、皇帝陛下の想い人が僕の母親だと露見してしまっているのだから、二人の皇妃殿下の前でそんなことを言われてしまったら、さぞや居心地が悪いだろう。
そしてこれは、大公殿下が僕のためにしてくれた意趣返しというものだ。
僕が怒りに任せて目の前の男を叩き斬ろうとしたあの時、それを皇国の武の象徴として身を挺して阻止しなければならなかった、大公殿下の悔しさも込めて。
「ヒューゴ、今日は楽しみにしていますよ」
「はい。ダイアナ皇妃殿下もお越しいただけるということで、本日はメルザもリディア殿も張り切っておられました」
「ホホ……ええ、リディアからは、それはもう楽しそうに今日の準備のことやメルトレーザのことを話してくれるのよ」
「…………………………」
僕と第一皇妃殿下がにこやかに談笑している隣で、第二皇妃殿下は笑顔だけは絶やさずに押し黙っている。
はは……せっかく例の毒の一件で第一皇妃殿下との関係悪化を期待していたこの二人からすれば、面白くないだろうな。
でも、僕が第一皇妃殿下や第一皇子とこんな関係になったのは、まさに第二皇妃殿下が余計な真似をしたことがきっかけなのだから、皮肉なものだ。
その後、大公殿下と僕は皇帝陛下御一行を席へと案内していると。
「ようこそお越しくださいました。グローバー男爵」
「ようこそお越しくださいました」
ヘレンとセルマが、澄ました表情で恭しく一礼しながらグローバー家を出迎えていた。
その中には、家督を継いだ現グローバー男爵や次男のジークのほか、ミラー子爵家の宝、“ジミー=ミラー”を殺した男、“ダリル=グローバー”の姿も。
「くふふ……あんな下らぬことで失脚してしまったが、皇帝陛下や第二皇妃殿下も直々に参加されるお茶会に、男爵家の身でありながらこうやって呼ばれたのだ。つまり、グローバー家の禊は今日まで、ということだ」
「父上……よかった……よかった……!」
男爵に落ちぶれた分際で尊大にほくそ笑むダリル=グローバーに、その息子二人がむせび泣きながら喜んでいる。
そんな三人に、ヘレンとセルマは冷ややかな視線を送っていた。
「では、こちらへ」
「うむ!」
ヘレン達は、そんな三人を感情を押し殺しながら席へと案内した。
ヘレン……セルマ……あと少し、ほんの少しだけ我慢してくれ……。
「ハハ、ヒューゴ!」
「これはこれは、アーネスト殿下。ようこそお越しくださいました」
ヘレン達を見守っていると、笑顔の第二皇子が声をかけてきた。
「? ところでアーネスト殿下はお一人ですか?」
「ん? ああ……本当はイライザと一緒に出席する予定だったのだが、体調を崩してしまってな」
僕はあえて指摘すると、第二皇子は特に気にすることもなく聞いてもいない事情を説明した。
だけど……婚約者が体調を崩したというのに、心配すらしないんだな。
「そうですか……それは心配ですね……」
「ああ、うむ。それより、私の席はもちろんヒューゴの隣なのだろう?」
「ああいえ……僕はシモン殿下のホストをしなければなりませんので、別の席です。アーネスト殿下はこちらの……」
そう言って、僕は第二皇子を席へと案内するけど……露骨に不満そうな顔をするな……。
だけど、第二皇妃殿下への断罪もさることながら、先日のイライザ令嬢の一件もあり、第二皇子への評価は僕の中でかなり下がっている。
だって……第二皇子は、自分の婚約者をないがしろにしているのだから。
僕だったら、メルザにあんな思いをさせるだなんて、腹立たしさと口惜しさで想像しただけで胸を掻きむしりたくなるほどだ。
たとえ皇族としての政略結婚なのだとしても、婚約者を愛する努力もしない第二皇子とは、絶対に相容れることはない。
「それでは、お茶会の開始までしばらくお待ちください」
「……うむ」
第二皇子の傍から早々に立ち去り、僕はメルザを探すと……いた。
「メルザ……」
「あ……ヒュー……どうしたのですか?」
メルザを見つけるなり、僕は駆け寄って来賓が大勢いるにもかかわらず抱きしめてしまった。
でも、そんな僕の背中を優しく撫でながら、メルザは尋ねた。
「……僕は、絶対にあなたを大切に……幸せにしますから……」
「ふふ……ヒューはこれ以上ないほど、私を大切に……幸せにしてくださってますよ? それこそ、どこかの第二皇子とは違って」
「あ……ひょっとして、見ていらっしゃったのですか……?」
「……愛する人をいつも目で追ってしまうのは、止めようがありません……」
あはは……メルザを大切に、幸せにするって宣言しておいて、逆に僕がこんなに大切に、幸せにしてもらってるんだから……。
本当に、あなたという女性は……。
「「コホン」」
「「あ……」」
リディア令嬢とクロエ令嬢に揃って咳払いされ、僕達は慌てて離れる。
「仲睦まじいのはよろしいですが、招待客も揃ったようですので、頃合いかと」
「あ、そ、そうですね……」
確かに、もう席には皇帝陛下をはじめ招待客は全員席に着いている。
「ヒュー……このまま、私の手を握っていてくださいますか?」
「メルザ……喜んで」
僕とメルザは微笑み合うと、みんなが見守る中、会場の中を歩く。
そして。
「皆様、本日はお集まりくださり、誠にありがとうございます。是非とも、楽しんでください」
凛としたメルザの透き通るような声と共に、お茶会が開始した。
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