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ヘレンとエレン

「っ! お、お久しぶりです! ヒューゴ様!」


 くしゃくしゃの顔で深々とお辞儀をする、ヘレン(・・・)の姿があった。


「君がオルレアン王国に行ってから、もう数か月が経つのかな? 元気にしてたか?」

「はい……おかげさまで息災に過ごしております……」


 うん……最後のあの日(・・・・・・)から、大分顔もふっくらしてきたし、ヘレンの言うとおり穏やかな生活ができているんだろう。


「お、お姉ちゃん(・・・・・)……!」


 感極まったセルマが、肩を震わせながらそう告げる。


 でも。


「セルマ……私はあなたの()ではないですよ?」

「あ……!」


 自分の失言に気づいたセルマは、慌てて手で口を押さえた。


「ふふ……立ち話もなんですし、まずは座りませんか? セルマ、お茶を用意して」

「は、はい!」


 メルザがクスリ、と微笑みながらセルマに指示を出すと、彼女はグイ、と手で涙を拭いながら部屋を出て行った。

 僕達はソファーに腰かけると。


「それで……例の品物は無事受け取ったか?」

「はい。こちらになります」


 そう言って、ヘレンはテーブルの上に一冊の帳簿を置いた。

 僕はそれを手に取り、パラパラとめくる。


「……うん。確かにこれは、オルレアン王国における第二皇妃殿下との取引を示すものだね」

「それと、こちらも併せて受け取ってまいりました」


 ヘレンが一通の書類を差し出す。


「これは?」

「どうやら、第二皇妃殿下はオルレアン王国と契約を交わしていたようです。アーネスト第二皇子が帝位に就いたあかつきには、軍事的、経済的支援として、オルレアン王国から数名の貴族を政治顧問として受け入れるとのこと」

「「っ!?」」


 書類の内容とヘレンの言葉に、僕とメルザは思わず息を飲んだ。

 これが事実なら、第二皇妃殿下は実質オルレアン王国の皇国への政治介入を認めるつもりだというのか!?


「ヒュー……この帳簿によれば、“カンタレラ”の取引だけでなく、かなりの額が第二皇妃殿下に提供されています。おそらく、第二皇子を後継者とするための貴族への買収や、例の刺客を雇うための費用に充てられてたものかと」

「……これは、明らかに売国行為だ……」


 まさか、“カンタレラ”の取引記録だけでなく、そんなことまで分かる結果になってしまうだなんて……。


「それにしても……シモン第三王子の働きかけがあったとはいえ、よく向こう(・・・)はここまでの資料を提供してくれたな……」

「うふふ……そこは、少々無理を(・・・)聞いて(・・・)いただき(・・・・)ました(・・・)……」


 そう言って、ヘレンが妖しく微笑む。

 どうやらそういうことらしい。


「いや……想像以上の成果だったよ。ヘレン、本当に助かった。ありがとう」

「とんでもありません。私が受けたご恩(・・)は、この程度では到底返しきれるものではありませんから……」


 頭を下げる僕を見て、ヘレンが申し訳なさそうに目を伏せる。


「……前にも言ったが、僕は温情を与えたわけじゃない。僕は、もうこの世にはいないあの女から、全て(・・)を奪ったのだから」

「……そうでしたね」


 僕はヘレンの言葉を明確に否定すると、彼女は寂しく微笑んだ。


 そうだとも、僕はあの時、全て奪ったんだ。

 エレンの人生(・・)も、家族(・・)も、そして……彼女が焦がし続けた復讐(・・)も。


 すると。


「お茶をお持ちしました……」


 セルマが、ティーポットとティーカップ、それにお菓子を乗せたワゴンを押して戻ってきた。


「ふふ……ところで、ヘレンもこの用件が済んだのなら、すぐにオルレアン王国に戻る必要もないのでしょう? だったら、もうすぐ面白い見世物があるから、それまでゆっくりなさい。そうね……セルマ、その間の彼女のお世話をお願いできるかしら?」

「っ! は、はい!」


 メルザの提案に、セルマが満面の笑みを浮かべた。


「メルトレーザ様……お心遣い、ありがとうございます……」

「ふふ、いいのよ。それに、ひょっとしたらもう一つ(・・・・)面白いもの(・・・・・)が見れるかもしれないし」

「面白いもの、ですか……?」


 澄ました表情で用意されたお茶を口に含むメルザに、ヘレンは不思議そうな顔をした。

 まあ……第二皇妃殿下が断罪されれば、同じく絶望する者(・・・・・)もいるってことなんだけど、ね。


「ヘレン」

「……はい」


 僕が名を告げると、彼女は居住まいを正す。


「……僕は、僕自身の復讐として、“エレン=ミラー”という一人の子爵令嬢をこの世から消した。それこそ、彼女の求めていた全て(・・)を奪って」

「…………………………」

「だから今回においても、僕は彼女の求めていたものを奪うことになるだろう」

「そう……ですか……」


 そう……第二皇妃殿下の断罪により、第二皇子派は完全に失脚する。

 場合によっては、第二皇妃殿下に与することで同じく罪を償わなければならない者も出てくるだろう。


 そして、再起をかけていた者は、これでその道も閉ざされることになる。

 そうなれば……まあ、想像するまでもない、か。


 身分も地位も高かった者がそれを奪われ、取り戻すことができないとなれば、末路は決まったようなものだから。


 これも、全ては僕達の手によって行われるんだ……つまり、僕はまたエレン=ミラーの望みを奪ったのだ。


「……その全てを奪われる瞬間、ヘレンとセルマも楽しむといいよ」

「「はい……」」


 うん……この二人には、特等席で見せてあげよう。


 第二皇妃殿下と第二皇子、そして、かつての侯爵(・・)の絶望する姿を。

お読みいただき、ありがとうございました!


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