来訪者
「メル! 婿殿! 皇帝陛下には、バッチリ渡してきたわい!」
第二皇妃殿下の断罪の場をメルザが主催するお茶会でと決めた日から二日後、大公殿下が政務から戻ってくるなり豪快に笑いながらそう告げた。
「ふふ、ありがとうございますお爺様。こちらもお茶や会場の準備など、お茶会当日に向けて順調に進んでいます」
「あはは、そうですね」
嬉しそうに微笑むメルザを見て、僕も口元を緩める。
なお、今回のお茶会の開催に当たり、リディア令嬢とクロエ令嬢の力を借りることにした。
だって、メルザがお茶会を開くのは今回が初めてだし、何よりリディア令嬢は第一皇子の婚約者の立場もあり、皇国の令嬢における社交界の頂点といえる令嬢だからね。
また、クロエ令嬢についても、シモン殿下曰く、オルレアン王国内ではクロエ令嬢のお茶会の素晴らしさに、その招待状は金貨で取引されるほどなのだとか。
つまりメルザのお茶会の成功は、この時点で約束されたようなものなのだ。
ただ。
「ハア……これが断罪の場などではなく、純粋なメルザのお茶会だったらどれほど嬉しかったか……」
第二皇妃殿下の断罪の場とすることは、この三人で納得の上で決めたこととはいえ、せっかくのメルザの晴れ舞台を汚されたような気がして、僕は思わず肩を落とす。
「ふふ……ヒュー、大丈夫ですよ? この件が終わりましたら、リディア令嬢とクロエ令嬢とは改めてお茶会をしようと、約束をしているんです」
そう言って、人差し指を口元に当てながら悪戯っぽく微笑むメルザ。
あはは……どうやら僕の心配は杞憂だったらしい。
「では、その仕切り直しのお茶会には僕もお呼びいただけるのでしょうか?」
「はい! もちろんです!」
「わ、私はどうなんじゃ?」
「ええと……お爺様がお茶会に参加、ですか……?」
焦って尋ねる大公殿下に、メルザが困った表情を浮かべながら聞き返した。
「こ、この私も、あやつが健在だったころはそれはもう、お茶会を共に楽しんだモンじゃ! ……って、なんじゃ二人共、その顔は……」
「あ、あはは……」
「ふ、ふふ……」
大公殿下にジト目で睨まれ、気まずくなった僕とメルザは思わず苦笑した。
「ま、まあいいわい……それで、例の証拠は無事入手できそうかの?」
「はい。おそらく今日にもこの屋敷に持ってくると思います」
「はっは! ならよい!」
僕の答えを聞き、大公殿下は豪快に笑った。
◇
「ヒュ、ヒューゴ様……も、もうそろそろでしょうか……」
昼下がり、僕とメルザが部屋でお茶をしながら談笑している中、セルマがそわそわしながら部屋の中を行ったり来たりしている。
「ふふ、落ち着きなさいセルマ。心配しなくても、もうすぐ来るわよ」
「そ、そうですよね! 変なトラブルに巻き込まれたりとかしていないですよね!」
「いや、お願いだからそんな不吉なことは言わないでくれ……」
こういうのって、声に出すと本当にそんなことが起こりそうで怖くなるんだけど……。
とにかく、余計なことは言わないでほしいなあ……。
「まあまあ、落ち着かないのでしたら、あなたもここに座ってお茶でも飲みなさい」
「あ、い、いえ! そんな恐れ多い……」
「何を言っているんだ、セルマだって子爵令嬢だろう。別に構わないじゃないか」
慌てた表情で遠慮するセルマに、僕はそう言って少し強引に勧める。
「で、ですが、私達一家はヒューゴ様やメルトレーザ様に、多大なるご迷惑を……」
「ふふ……でしたら、その罪滅ぼしとしてお茶を共になさい。いいですね?」
「は、はい!」
メルザにそこまで言われ、セルマはようやく席に着いた。
「それにしても……セルマが逢うのは何年振りになるのかしら?」
「はい……飛び出してしまったあの日以来ですので、もう六年近くになります……」
「そうだね……そうなるか……」
僕はお茶を口に含み、軽く頷く。
「ですが、お二人に……そしてウッドストック大公殿下には、私達家族は言葉に表せないほど感謝しています……本当に……私達の無念を晴らしていただき、さらには温情まで……!」
セルマの瞳から涙が零れ落ち、カップの中に一滴ずつ注がれる。
「……セルマ、温情ではないよ。あれは、僕にとっての復讐だから」
「ヒュー……」
うつむく僕に、メルザがそっと白い手を添える。
そう……あれは、決して僕が優しくしたわけじゃない。
僕は……全てを奪ったんだ。
その想いも、家族も……。
すると。
――コン、コン。
「失礼します。ヒューゴ様、メルトレーザ様、例の品物を持って到着いたしました」
「っ!?」
呼びに来てくれた執事長の言葉に、セルマが思わず立ち上がった。
「セルマ……一緒に行こうか」
「は、はい……」
僕とメルザ、そしてセルマは、部屋を出て応接室へと向かう。
そこには。
「やあ、待たせたね」
「っ! お、お久しぶりです! ヒューゴ様!」
くしゃくしゃの顔で深々とお辞儀をする、ヘレンの姿があった。
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