襲撃
「ふふ……今日は早く用事を済ませて、その後はまた食べ歩きをしましょうね!」
アビゲイルの店を目指す馬車の中、メルザが大通りに並ぶ屋台を眺めながら嬉しそうにはにかんでいる。
「あはは、メルザは随分と屋台を気に入ったんですね」
「はい! ヒューと一緒に皇都を歩きながら食べるのは、すごく楽しいです!」
くうう……あなたはどこまで僕を悶えさせれば気が済むのですか……!
こんなに可愛くて素敵な女性が、この世界にいるだろうか……いや、メルザを除けば絶対にいない! そう断言できる!
「メルザ……本当に、アビゲイルへの報告は数分で済ませてしまいましょう。そして、明日は学院も休みです。心ゆくまで、皇都の夜を楽しみましょう!」
「はい!」
僕達は決意を込めて頷き合っていると、ちょうど馬車もアビゲイルの店に到着したようだ。
「では、行きましょう」
「ふふ……はい」
先に降りた僕がメルザの手を取り、ゆっくりと彼女を馬車から降ろす。
そして、店の中に入った……んだけど。
「これは……?」
雑貨屋らしく品物が煩雑に置かれているのはいつものことなんだけど、今日は特に散乱していた……というよりも。
「メルザ……僕の後ろに」
「はい……」
僕はメルザを守るように前に立ち、サーベルの柄に右手を添える。
この店の中の荒れ具合……何者かとアビゲイルが、店内で戦闘になったか……?
僕達は慎重に店の奥へと進む……っ!?
「あは♪」
「クッ!?」
突然飛び込んできたククリナイフの刃に、僕はすかさずサーベルを抜いて防いだ。
「あはははは♪ ……って、ヒューゴさんにメルトレーザさん?」
「……アビゲイルさん、これはどういうことですか?」
完全に暗殺者の状態になっていたアビゲイルだったけど、僕達を見て我に返る。
そんな彼女に、僕は低い声で尋ねた。
「フフ……すいません。まさか、この店にネズミが紛れ込んでくるとは思わなかったものですから」
そう言って、アビゲイルはクスクスと嗤う。
知らないとはいえ、あの“影縫いアビゲイル”を襲いに来るなんて、なんて命知らずな……。
「それで、誰の手の者かは分かったのですか?」
「一応は、こんな手掛かりを持っていましたよ?」
アビゲイルは、殺した者の肉片の一部を僕に向かって放り投げる。
でも、これは……。
「……先日、この店を訪れた帰りに襲ってきた刺客にあった刺青と同じものですね……」
「おや? ヒューゴさん達も襲われたのですか?」
「はい……」
僕は、刺客に襲われたあの日の出来事を簡単に説明した。
「……尋問した結果、第二皇妃殿下の手の者だということが判明しました」
「……あは♪ 面白いわね♪」
アビゲイルが、ニタア、と口の端を吊り上げる。
「そもそも、今日この店に来たのはそのことについての報告ですから。それで、どうします? ……といっても、あなたは相手が誰であろうと構わない方でしたね」
「あは♪ よく知ってますね♪」
そう……時の権力者が相手だからといって、殺害を諦めているような女性だったら、“影縫いアビゲイル”がここまで伝説になったりしない。
彼女は、絶対に報復するだろう。
「……ですが、それはもう少しだけ待っていただけませんか」
「あは♪ どうしてですか?」
「はい……もちろん、第二王妃殿下を表舞台で断罪するためです」
そう告げると、アビゲイルは一瞬目を細めた。
「……ですが、そんなことができるんですか? 刺客を証拠として突き付けても、もみ消されるだけですよ?」
「もちろんです。だから僕達は、別の証拠を入手する予定です」
そう……僕達は、シモン王子の伝手を利用して、オルレアン王国での“カンタレラ”の取引履歴を入手する予定だ。
そしてそれは、明日にもあの人が持ち込んでくれる手筈になっている。
「……なので、その証拠をもって第二皇妃殿下を断罪し、皇位継承争いも終わらせます」
「あは♪ でも、それだと馬鹿にされたままの私はどうなるのですか♪ 到底受け入れられませんね♪」
口の端を吊り上げて表面上は笑顔だが、アビゲイルのその瞳は一切笑っていない。
それどころか、明確に僕に殺意を向けている。
だから。
「ははっ」
僕は、そんな彼女を見て鼻で笑った。
「……あは♪ 私を馬鹿にするのですね♪ そうですね♪」
「それはそうですよ。まさか、第二皇妃殿下が投獄又は幽閉されたら、手が出せなくて困るのかと思いましたから」
ククリナイフを抜いた彼女に、僕は肩を竦めておどけながらそう言い放った。
「……まさか」
「ええ、そのまさかですよ。僕は、あくまでも断罪をしたいのであって、その後でどうなろうと知ったことではありません」
わざわざ“カンタレラ”を皇国に持ち込んでまで僕はおろかメルザまで殺害しようとしたばかりか、あろうことかメルザがいる中で刺客に襲わせたりした第二皇妃殿下を、許せるはずがない。
なら、相応の報いを受けてもらわないと気が済まないからね。
「あは♪ やはりあなたはいいですね♪」
「それはどうも。それで、断罪の時まで待っていただけませんか?」
僕はもう一度そう言ってお願いすると。
「フフ……分かりました。絶望に打ちひしがれる第二皇妃を“調理”するなんて、ゾクゾクしますね……」
アビゲイルは、妖艶な笑みを浮かべた。
「さて……なら用件も済んだことですし、僕達はこれで失礼しますね」
「はい、お気をつけて」
アビゲイルに見送られ、僕達は店を後にした。
その時。
「ヒュー……この先に約三十人、後ろからも二十人ほどの悪意を感じます」
「……前回が上手くいかなかったからって、今度は数でどうにかするつもりですか」
そう言って、僕はこめかみを押さえながらかぶりを振る。
そして……あの刺客と同じ装束をまとった者達が、大勢で僕達を取り囲んだ。
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