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イライザ令嬢の誘惑

「サイラス、アーネスト殿下を知らないか?」


 次の日の朝、僕達は教室にやって来るなり第二皇子を探すが、どうやらいないようなので、他の生徒と談笑していたサイラスを捕まえて尋ねる。


「アーネスト殿下は、今日は休みらしい。何でも、体調を崩されたようでな……」


 そう言うと、サイラスは肩を落とす。

 どうやら本気で心配しているようだ。


「そうか……話し込んでいるところに尋ねてすまなかった」

「あ、ああ……」


 まるで何か変なものでも見たかのような戸惑いを見せるサイラスを無視し、僕とメルザは席に戻った。


「さて……どうやってイライザ令嬢に釘を刺そうかなあ……」

「こうなったら、私がハーグリーブス家に乗り込んで、直接物申してきましょうか」

「いや、メルザ落ち着いてください!」


 今にも教室を飛び出しそうな勢いのメルザを、僕は必死でなだめる。

 確かにイライザ令嬢のしたことは失礼極まりないけど、さすがに家に乗り込むのは、後々面倒なことになりかねない。


「で、ですが! イライザ令嬢のあの時の態度といい先日の招待状といい、もう我慢なりません! たとえまだ成人していない年下の女性だとはいえ、こんなもの……っ!?」


 詰め寄って訴えるメルザが可愛くなってしまい、僕は無意識のうちに、教室だというのに、その……抱きしめてしまった……。


「あう……ヒュ、ヒュー……?」

「僕をメルザのものだとして想ってくれて、しかもこんなにも怒ってくださっているあなたが愛おし過ぎて、我慢できずに抱きしめてしまった僕を許してください……」

「そ、それは……わ、私も嬉しいですから、謝る必要はないと思います……」


 結局、僕はモニカ教授が教室にやって来るまで、生徒達の視線もはばからずにずっとメルザを抱きしめて堪能していた。


 ◇


「あ」


 一日の授業が全て終わり、皇立学院の正門まで来たところで、メルザが立ち止まって声を漏らした。


「? どうしましたか?」

「あ、その……教室に忘れ物をしてしまいました……」

「ああー……では、一緒に取りに戻りましょう」

「いえ、ヒューに悪いですので、私一人ですぐ取りに行ってまいります」


 そう言うと、メルザは駆け足で教室へ戻っていった。

 ウーン……メルザの制服姿で走る姿も、その……可愛いなあ……。


 彼女の背中を眺めながら、そんなことを考えていると。


「ウフフ……ヒュー(・・・)様」

「……イライザ殿」


 突然、聞き慣れない呼ばれ方をしたので振り返ると……そこにいたのは、第二皇子の婚約者、イライザ=ハーグリーブス令嬢だった。


「せっかくお茶会へご招待したのに、ヒュー(・・・)様からお返事をまだいただいておりませんので、直接お伺いしました」


 嬉しそうにはにかみながら、僕の顔を(のぞ)き込んでそんなことをのたまう(・・・・)イライザ令嬢。

 僕は、その態度や言葉に不快感を覚える。


「……イライザ殿、僕のことを“ヒュー”と呼ぶのはお止めください。そう呼んでいいのは、この世界でたった一人だけです」

「そうなのですか? でしたら、是非とも私だけの呼び方を考えないといけませんね」

「…………………………」


 クスクスと笑うイライザ令嬢を、僕はただ睨みつける。

 一体、どういうつもりでこんな真似を……。


「それと、あなたのお茶会への招待には応じられません。仮にもあなたは、アーネスト殿下の婚約者です。もう少し節度を持つべきではないでしょうか」

節度(・・)、ですか……」


 イライザ令嬢はポツリ、と呟くと。


「っ!?」

「……私がこれくらいしても、問題はないかと」


 突然、僕に抱きつくイライザ令嬢。


「離れろ!」

「キャッ!?」


 僕は反射的にイライザ令嬢を押し退けると、彼女はそのまま尻餅をついてしまった。


「一体なんの真似ですか! やっていいことと悪いことがあります!」

「……それは私の台詞(セリフ)です。アーネスト殿下の婚約者である私に、こんな真似をするなんて……!」


 僕が明確に拒絶したことが気に入らないのだろう。イライザ令嬢は、僕を忌々しげに睨みつけた。


「そもそも、私がどんな殿方と浮名を流そうとも、アーネスト殿下は気にも留めませんよ」

「……どういう意味です?」

「ウフフ……知ってますか? アーネスト殿下は、実の母親しか(・・・・・・)見えていないのですよ」

「…………………………」


 イライザ令嬢が口の端を吊り上げながら吐き捨てた言葉を、僕は無言を貫く。

 第二皇子が第二皇妃殿下に対して盲目的なところがあることは、これまでの会話や態度から薄々感じてはいた。


 でも。


「……そんなことは、この僕には関係ありませんよ。むしろ、アーネスト殿下へのはけ口として僕を使うのは止めていただきたい」


 そう冷たく言い放ち、僕はその場を離れようとすると。


「……どうして」

「?」

「どうして、メルトレーザ様は婚約者にこんなに愛されて、同じ婚約者である私はこのような扱いを……このような思いをしなくてはいけないのですか……っ! だったら、私だって誰を好きになっても……愛する人に優しい眼差しを向けてくれる、そんな人を好きになってもいいじゃないですか……!」


 (せき)を切ったように叫ぶイライザ令嬢。

 その瞳から、大粒の涙を(こぼ)しながら。


「イライザ殿、勘違いしないでください。僕は、メルザだから(・・・・・・)優しいだけです。決して他の者に優しくしたりはしませんよ」

「あああああ……っ!」


 嗚咽(おえつ)を漏らしながらうずくまるイライザ令嬢を置き去りにし、僕はその場を離れてとりあえず教室へと向かうと。


「あ……メルザ……」

「ヒュー……」


 学舎の陰に隠れていたメルザがいた。


「あはは……ひょっとして、見ていましたか?」

「はい……私の婚約者が、あなたでよかった……」


 そう言うと、メルザは僕の胸に飛び込んできた。


「それは僕も同じですよ……あなたは、僕だけを見てくださいます……」

「ヒューだって、私だけを見てくださいますよ……?」

「もちろんです……だって、メルザは僕の全て(・・・・)ですから」


 僕はメルザを抱きしめながら、僕の婚約者が胸の中にいる彼女なのだという事実に、ただ女神グレーネに感謝した。

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