第一皇妃達の謝罪
シモン王子達から、オルレアン王国における“カンタレラ”に関する取引情報を提供してもらう約束を取りつけてから十日後。
今、僕とメルザは第一皇妃殿下と第一皇子が個人的に開いたお茶会の会場であり、リディア令嬢の実家、ウェッジウッド伯爵家へと向かっている。
「ふふ……ヒューの今日の衣装も、すごく素敵です……」
「それを言うなら、メルザこそ……僕は、あなたを見るたびに周りの音が聞こえなくなるほど、心臓の音が耳に鳴り響いていますよ……」
「あう……もう……」
僕の言葉に頬を赤らめたメルザが、僕の隣へとやって来た。
「メルザ、そのように動かなくても、僕がそちらに行きましたのに……」
「いつも来ていただいてばかりではなく、私だって自らヒューの隣に行きたいのです……」
そう言って、メルザが僕の肩にしなだれかかった。
今日のメルザの香りは、初めて体験する香りだな……。
「メルザ、今日はお風呂の花を変えたのですか?」
「ふふ……気づきました? 実は、東方の離れた国にある花で、金木犀というらしいです」
「へえ……すごく香り高いですね……」
僕はメルザの首元に鼻を近づけ、その香りを堪能する。
「うん……すごくメルザに似合う香りですね。というより、メルザほどの女性でなければ、この香りに負けてしまいそうです」
「あ……も、もう……ですが、そんなに喜んでいただけたのなら、しばらくはこの香りに……」
恥ずかしがりながらも、僕の要望に応えようとしてくれるメルザ。
はあ……本当に、その金木犀の香りも相まって、クラクラしてしまいそうだ……。
「そ、その……メルザ、お願いがあるのですが……」
「? なんでしょう?」
「僕の血を、飲んでいただけませんか……? ウェッジウッド家の屋敷に着くまで、僕はあなたの温もりを感じていたいんです……」
「は、はい!」
そう告げた瞬間、メルザの真紅の瞳が歓喜の色を浮かべる。
あはは……メルザも僕の血を飲めて嬉しいし、僕もメルザを感じられて嬉しいしで……ヴァンパイアの血を求める行為って、本当に愛を確かめ合っているんだな……。
「では……かぷ……んく……ん……ぷあ……」
僕は、全てがメルザで満たされる感覚に酔いしれた。
◇
「ヒューゴ、よく来てくれました」
至福の時間を過ごしながらウェッジウッド伯爵家に到着すると、なんと第一皇妃殿下がわざわざ出迎えてくださった。
「こ、これはダイアナ皇妃殿下、お出迎えまでしていただき、恐悦至極に存じます……」
僕とメルザは慌てて馬車を降りると、恭しく一礼した。
というか、第一皇妃殿下が皇宮を出て一貴族の屋敷でお茶会を開くだけでも異例中の異例なのに、大公家とはいえ一介の子息令嬢にまさかこうやって出迎えまでしてくれるなんて……。
「ダイアナ皇妃殿下、皆様、どうぞこちらへ」
すると、険しい表情のリディア令嬢が、僕達を今日の会場へと案内してくれるんだけど……な、何か怒っているんだろうか……。
「リディア、表情が硬いぞ」
「し、失礼しました……」
隣を歩く第一皇子にたしなめられ、頭を下げて謝罪するけど……む、無理に表情を崩そうとして、リディア令嬢の顔が引きつっている……。
よく見ると、リディア令嬢だけでなく第一皇妃殿下と第一皇子まで憮然とした表情を浮かべているし……ぼ、僕達、歓迎されているんだよね……?
「……ヒュー、私も今日ようやく分かりましたが……ダイアナ皇妃殿下をはじめ、皆様かなり不器用な方々のようです……」
「ああー……」
メルザも三人の表情は気になるものの、一切の悪意を感じないから、そう判断したんだろう。
前回のお茶会での毒の一件があるから、余計こうなってしまったのかもしれないな……。
そして、案内された場所は。
「これは……綺麗な庭園ですね……」
「ええ……!」
マリーゴールドの花が庭一面に咲き誇り、その中央にテーブルと椅子が用意されている。
もちろん、その上には日除けのための草花のアーチを用意して。
はは……前回のお茶会でのこと、しっかり覚えていたのか……。
「では、席におかけください」
第一皇妃殿下が中央の上座に座り、その両脇に控えるように僕達は第一皇子とリディア令嬢の正面に並んで座る。
「さて……今からお茶会を始める前に……」
そう言うと、第一皇妃殿下達が急に居住まいを正した。
「この前のお茶会では、ホストである私達の不手際でヒューゴとメルトレーザの命を危険に晒してしまったこと、深くお詫びいたします……」
三人が、深々と頭を下げる。
だ、だけど、皇妃殿下が貴族の子息令嬢に頭を下げて謝罪するだなんて、異例中の異例だぞ!?
「ダ、ダイアナ皇妃殿下、それにクリフォード殿下とリディア殿も、どうか顔をお上げください!」
僕は慌てて三人にそう告げる。
そもそも“カンタレラ”の毒を盛ったのは第二皇妃殿下の仕業であって、この三人はむしろ嵌められた被害者なんだから。
「……いいえ、この私の目の前であのようなことが起こってしまったこと自体、恥ずべきこと。このままでは、ウッドストック大公にも顔向けできません」
第一皇妃殿下は眉根を寄せながら、唇を噛む。
と、とにかく、早くこの空気は終わりにしてしまおう。
「ぼ、僕はこのとおり回復いたしましたし、あれがダイアナ皇妃殿下やクリフォード殿下の仕業だとは一切考えておりません。ですので、もしそれでもなお気分が晴れないということでしたら、本日のお茶会で僕とメルザを楽しませていただければ、何よりの謝罪です」
僕は胸に手を当てながら、必死に訴えると。
「……分かりました。あなたがそういうのなら、ぜひ今日はおもてなしをさせていただくわ……」
そう言って、ようやく第一皇妃殿下は顔を上げた。
「ふふ……では、お茶会を楽しみましょう」
メルザは両手を合わせ、ニコリ、と微笑む。
その笑顔は、魔法のようにこの場の雰囲気を和やかにしてくれた。
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