感謝
「ば、馬鹿な……っ!?」
地面に落ちた宝剣デュランダルの刀身を、呆然としながら見つめるシモン王子。
まさか国の宝を叩き斬られるとは、普通は思わないよね……。
でも……大公殿下が僕のためにくださった、この極東の国の刀でしつらえたサーベルだからこそ、それを可能にした。
メルザといい大公殿下といい、僕はなんて愛されているのだろうか……。
「シモン殿下……もはや盾のみではありますが、まだ勝負を続けますか?」
僕はサーベルの切っ先をシモン王子の喉笛に突き付け、続行の有無を尋ねる。
この試合は、どちらかが負けを認めるまでは続くからね。
「っ! ヒューゴ様! 今度は私がお相手いたします!」
いつの間にかクロエ令嬢はレイピアを手にし、僕に戦いを挑もうとしていた。
この前の剣術の授業で僕に心を折られたにもかかわらず、しかもシモン王子との試合を見てもなお勝負を挑む姿勢……その忠誠心は見事かもしれないけど、さすがにこれは無粋というものだ。
「クロエ殿……これは、僕とシモン殿下の試合です。部外者は引っ込んでいてください」
「っ!?」
威圧を込めてそう言い放つと、クロエ令嬢は顔中から汗を噴き出し、一歩、また一歩と後ずさった。
まあ……あの時の恐怖が、そう簡単に拭えるものじゃないからね。
「クロエ……もういい」
「っ!? 殿下……」
シモン王子に力ない声でそう告げられ、クロエ令嬢は唇を噛みながらうつむいた。
「この勝負、私の負けだ……」
「ありがとうございました」
僕はサーベルを納刀して一礼すると、ゆっくりとメルザの元へと向かう。
「メルザ……この勝利を、あなたに」
「はい……確かに……」
跪き、首を垂れる僕に、メルザは優しく微笑みながら、その白い手をそっと僕の頭に乗せた。
◇
「それでは、約束どおり“カンタレラ”のサウザンクレイン皇国の誰かへの提供記録について、入手してくださいますようお願いします」
腰を下ろして息を吐くシモン王子に、僕は早速勝利報酬を要求する。
「ああ……分かった。少々特殊なルートでこの国に持ち込まなくてはならないため、かなりの時間がかかってしまうが……」
「それは、どの程度かかりそうですか?」
「うむ……クロエ」
「はい。まず皇都内に潜伏している王国の工作員との接触を図り、王国へ戻ってご依頼の物を入手して再度戻ってくることを考えますと……最低一か月は見ていただく必要があるかと」
「そ、そんなにですか!?」
思いのほか時間がかかることに、僕は思わず声を上げた。
一か月もかかってしまうのでは、それだけ僕達がリスクを負うことになってしまう……。
「ヒュー……あの人を使うのが一番かと」
「……メルザもそう思いますか?」
そう尋ねると、メルザは静かに頷いた。
……できれば、そっとしておきたかったんだけど……。
「シモン王子。でしたら、オルレアン王国の都にいるウッドストック家の者が、向こうで直接受け取ります。そうすれば、少なくとも王都からこの皇都に来るまでの時間は短縮できます」
「っ!? 王都に大公家の手の者が!?」
「……先程シモン殿下もおっしゃったではないですか。皇都に工作員を潜ませていると。それと同じですよ」
驚くシモン王子に、僕は少し呆れながらそう告げる。
こんなこと、どの国でも同じだろうに……。
とはいえ、あの人に関しては工作員とは違うけどね。
そんなことを考えていると。
「……ヒュー、口元が少し緩んでいますよ?」
「あ……」
メルザが、口を尖らせながら指摘する。
明らかに、ご機嫌斜めだ。
「あ、あはは……ほんの少しだけ、懐かしく感じてしまっただけです。決して、メルザが考えているようなことは……」
「そ、それは分かっています! ですが……あの人には前科がありますから!」
「た、確かに……」
頬を膨らませるメルザの言葉に、僕は顔を引きつらせながら思わず左頬を撫でた。
「コホン……とにかく、その者に渡してもらえるのであれば、二週間での引き渡しも可能かと」
「そ、それならば……」
話を逸らす意味もあり、僕は咳払いをしてシモン王子にそう告げると、彼はおずおずと頷いた。
「では、よろしくお願いします。もちろん、約束どおりウッドストック大公家はシモン殿下を支援いたします。このことは、オルレアン王国に帰還された際に、国王陛下をはじめご兄弟の皆様にシモン殿下の手柄としてお伝えいただいて差し支えありませんので」
「う、うむ……」
「は、はい……」
シモン王子とクロエ令嬢は、申し訳なさそうな表情を浮かべながら返事をした。
「だが……フフ、まさか早々にしてこのような結果を手にすることができるとはな……」
そう呟き、シモン王子はクスリ、と微笑む。
……やはり、王国での扱いは決していいものではないんだろうな。
それも、シモン王子が優秀であればあるほど尚更……。
すると。
「ヒューゴ。此度の件、オルレアン王国第三王子として……いや、シモン=デュ=オルレアンとして、我が友ヒューゴ=オブ=ウッドストックに心より感謝する」
「本当に……ありがとうございました……っ!」
シモン王子とクロエ令嬢が、深々と頭を下げた。
特にクロエ令嬢に至っては、ぽろぽろと涙を零しながら。
「ふふ……お互い、よかったですね……」
そう言って、メルザが僕の分まで咲き誇るような笑顔を見せた。
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