シモン王子との真剣勝負
「この私と剣術で勝負し、ヒューゴが勝つことだ」
シモン王子は、そんな条件を提示した。
「それは構いませんが……」
僕は突拍子もない条件に、思わず困惑する。
これは、どういう意図があるんだろうか……。
「なあに、それほど深く考える必要はない。ただ、クロエを当て馬にした理由というものを、ヒューゴに見せておこうと思ってな」
そう言うと、シモン王子は口の端を持ち上げた。
それほど、この僕を剣術で打ち負かしたいということだろうか。
「……分かりました。ではお相手いたしますが……木剣でよろしいですか?」
「いや、真剣で頼む」
シモン王子の言葉に、僕は思わず目を見開く。
決してうぬぼれているわけではないけど、この前の剣術の授業を見た限りでは僕がシモン王子に負ける要素は見当たらない。
たとえ、クロエ令嬢を当て馬にして僕の実力を測っていたとしても。
「……シモン殿下は王国最強の剣士。この前の授業が、本当の実力だと思わないことです」
「はは……」
鋭い視線を向けながらそう告げるクロエ令嬢に、僕は苦笑いを浮かべる。
もちろん僕だって、それは分かっているとも。
「真剣での試合が飲めないのならば、この話はなかったことにしよう」
ふう……シモン王子、どうやら本気みたいだな……。
「……分かりました。真剣での試合、受けて立ちます。僕はこのサーベルを使いますが、シモン殿下はどうされますか?」
「私も、部屋から愛剣を持ってくるとしよう。少々待っていてくれ」
そう言うと、シモン王子はクロエ令嬢と一緒に寄宿舎へと向かった。
「あはは……なんだか妙なことになりましたね……」
「ええ……ですが、どう考えてもシモン王子に勝ち目はないと思うのですが……」
メルザは遠ざかるシモン王子達の背中の眺めながら、首を傾げた。
「……いずれにせよ、僕は勝ちます。そして、勝利をメルザに」
「ふふ……はい」
僕はメルザの前で跪くと、手を取って誓いの口づけをした。
◇
「すまん、待たせたな」
剣を取って戻ってきた二人を見ると、幅広の片手剣に少し大きめの金属製のバックラーを携えていた。
……へえ、柄や鞘のしつらえを見るに、かなりの業物みたいだな。
しかも、シモン王子は盾を使うスタイルか……これは面倒だな。
まあ、それでも僕の勝ちは揺るがないけど。
「では、試合をしましょう。勝利条件はどうしますか?」
「そうだな……相手が負けを認めたら、ということでどうだ?」
負けを認めたらとは、厄介だな。
つまり、シモン王子の心を折るまで試合し続けないといけなくなる。
さて……どうしたものか。
「なんだヒューゴ、今さら怖気づいたか?」
「まさか……分かりました、それで構いませんよ」
僕はかぶりを振り、サーベルの柄に手を掛けた。
「ほう? 変わった構えを取るな」
抜刀術の構えを見て、シモン王子は感心したようにしげしげと僕を眺める。
「シモン殿下、いつ始めていただいても構いませんよ?」
「フフ……随分と余裕だな!」
その言葉が合図となり、シモン王子はバックラーを前面に構えながら突進してきた。
どれ……少し試してみよう。
シモン王子が間合いに入る瞬間を見計らい、僕はサーベルの刃を鞘で滑らせ、一気に引き抜く。
そして、あえてバックラーを狙って斬撃を加えた。
――ギイイイイインンン……!
「っ!?」
「ふっ!」
バックラーを上手く使ってサーベルの刃を逸らすと、開いた僕の身体を目がけ、シモン王子が剣を振り下ろす。
僕は後ろに瞬時に飛び退くことで、それを躱した。
「おおおおおおおおおおッッッ!」
雄叫びと共に、シモン王子は剣による連撃を仕掛けてくる。
刃の風切り音から察するに、かなりの膂力がありそうだな……。
バックステップで躱しながら後ろへ退いていると……っ!?
「これで逃げ場はあるまい!」
訓練場の壁を背にしてしまった僕に、シモン王子の重厚な剣が襲い掛かる。
「くっ!」
それに合わせ、僕はサーベルで剣の軌道を逸らして避けた。
そして剣は、その勢いのまま訓練場の壁を、まるでバターのように斬り裂く。
「……その剣、とんでもない代物のようですね……」
「ああ。これはオルレアン王家に伝わる宝剣の一つ、“デュランダル”」
なるほど……確かに、剣そのものに関しては僕と互角かもしれないな……。
とはいえ。
「この大公殿下がくださったサーベルが……メルザが想いを込めて僕を騎士にしてくれたサーベルが、どんな剣にも負けるはずがない!」
僕はシモン王子に向かって吠えると、再びサーベルを鞘へと戻した。
「? どうした、威勢のいいことを言っておきながら、何故サーベルを戻した?」
「決まっています。これこそが、僕のスタイルだからです」
腰を低く落とし、柄にそっと右手を添える。
あとは……ただ、サーベルを抜くだけ。
「よかろう。先程と同様、我が盾で弾き、我が剣の一撃を与えてくれる!」
シモン王子は先程と同様、バックラーを構えながら突進する。
「おおおおおおおおおおおッッッ!」
雄叫びと共に迫るシモン王子。
間合いには入ったが……まだだ。
「そのまま砕け散れッッッ!」
僕からの攻撃がないと見るや、シモン王子は宝剣デュランダルを振り上げ、僕の脳天目がけて叩き落す。
だけど。
――シュン。
僕は、渾身の力と技術を込め、鞘からサーベルを抜くと。
――ギイイイイイイイイインンン……。
甲高い金属音が、訓練場に鳴り響く。
そして。
――シモン王子の剣が、その根元から斬り落とされた。
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