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条件

「ふふ……ヒュー、襟が曲がっていますよ?」


 次の日の朝、馬車の中でメルザがクスリ、と微笑みながら、僕の制服の襟を直してくれた。


「あはは、ありがとうございます」

「いえ、こうやって大好きな御方のお世話をするのも幸せです」


 うう……朝からそんなことを言われてしまったら、その……嬉しくて、幸せ過ぎて、胸が苦しいのですが……。


「ですけど……今日の授業(・・・・・)は、どうなるんでしょうか……」

「そう、ですね……」


 サウセイル教授が姿を消してから初めての魔術の授業の日だけど、当然ながら教える人が不在だから、代わりの教授を立てるんだろうけど……。


 なお、学院の生徒達には、サウセイル教授は体調を崩したことによる長期休暇と伝達されている。

 さすがに皇立学院の教授が人身売買に手を染めていたなんて、口が裂けても言えないからね……。


「まあ、できれば剣術の授業も含めて自習になってくれると都合がいいんですけどね」

「ふふ、そうですね」


 そうすれば、僕はメルザと教室を抜け出して、二人で一緒にのんびりと過ごすんだけどなあ……。


「……だけど、今日は(・・・)そういうわけにはいかない、か」

「はい……」


 メルザは表情を曇らせ、そっと目を伏せた。


「ですが、これは向こう(・・・)にとっても決して悪い話ではありません。むしろ、彼等がその身を守るのなら、食いつく公算はあるかと」


 そう……今日、これから彼等と話をする上で、こちら側の提案は望んでいるはず。

 だからこそ、僕とメルザに対して友好的に接しているわけだし、何より、あんな真似(・・・・・)をしたのだろうから。


「……まあ、決裂してしまったとしても、結局は大公殿下と話した対策を講じるだけですから」

「そう、ですね……」


 それでも不安なのか、メルザはキュ、と唇を噛んだ。


「……大丈夫。大公殿下はお強い方ですし、周りの人達だって優れた方々ばかりです。そして……あなたは僕が絶対に守ってみせますから……」

「ヒューは、どうなんですか……?」


 真紅の瞳を潤ませ、少し震えた声で尋ねるメルザ。


あの時(・・・)のように、あなたが苦しむ姿は、もう二度と見たくはありません……!」

「もちろん、僕だってそんなつもりはありませんよ。それこそ、こんなにも愛してくれるあなたへの裏切り行為です」


 そう言って、僕はメルザを抱きしめる。

 あの“カンタレラ”の一件で生死の淵を彷徨(さまよ)い、意識を取り戻した時に涙を(こぼ)すメルザを見て、僕は心から反省した。


 もう……絶対に同じ(てつ)は踏まない。


 ◇


「……サウセイル教授の後任がまだ決まらないため、魔術の授業と合わせ、本日の剣術の授業は取りやめて自習とする」


 朝の授業の開始前、モニカ教授が眉根を寄せながら静かに告げる。

 まあ……モニカ教授もまだ気持ちの整理がついていないだろうし、授業をしても散漫になって下手をしたら生徒達が怪我をするかもしれないから、その判断は正しいと思う。


 さて……。


「メルザ……」

「……(コクリ)」


 僕はメルザに声をかけると、彼女は無言で頷いて立ち上がる。

 もちろん、この僕も。


 そして。


「すいません、少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


 僕達は、談笑しているシモン王子とクロエ令嬢に声をかけた。


「ん? ああ、別に構わないが……」

「どうかされましたか?」


 二人は頷きつつも、不思議そうな表情で尋ねる。


「実はご相談したいことがありまして……場所を移しましょう」

「あ、ああ……」


 首を傾げて立ち上がる二人を連れ、教室を出た僕達は、剣術の授業がなくなって誰もいないであろう訓練場へと向かう。


「それで……相談事とは何だ?」

「単刀直入にお話しします。オルレアン王国における、“カンタレラ”のサウザンクレイン皇国との取引記録を、僕達にいただきたいのです」

「「っ!?」」


 そう告げた瞬間、シモン王子とクロエ令嬢の表情が一気に変わった。


「……その毒については、先日も知らない(・・・・)と言ったはずだが?」

「ええ、そのように()を吐かれましたよね?」


 身構えながら答えるシモン王子に、澄ました表情でそう返す。

 さて……警戒されている以上、こちらから報酬を提示して釣るしかないか……。


「もし、シモン殿下とクロエ殿が協力してくださるというなら、僕がウッドストック大公を継いだあかつきには、シモン殿下を全面的に支援させていただきます」

「っ!?」


 僕の提案を聞いて、シモン王子は目を見開く。


「……仮にヒューゴが私に支援してくれるとしても、所詮は国が違う。それでは交渉材料にすらならないだろう」

「いいえ、そんなことはありません。そもそもシモン殿下は、オルレアン王国において微妙な立場にありますよね?」

「っ! そんなことはありません! シモン殿下は本国でも“若獅子”と呼ばれる御方! いくらヒューゴ様でも、今のお言葉は許容できません!」


 僕の言葉に、クロエ令嬢が真っ先に反論した。

 でも、メルザが首を左右に振っている以上、かまをかけた僕の言葉が真実であると、クロエ令嬢自身が物語っている。


「皇国の貴族の最上位に位置するウッドストック大公家の全面支援を受けられるのです。それは、少なくともシモン殿下とクロエ殿の留学中の全てが保障され、しかもオルレアン王国に戻られた後においても、かなり有利(・・)になるのでは?」

「…………………………」


 そう……少なくとも、敵対しているとはいえ隣国の最大貴族の支援を取りつけるのだ。今後の外交面などを考えれば、オルレアン王国にとってこれほど有益な成果はないだろう。


 しかも、それを人質として差し出したはずのシモン王子が成し遂げたとしたら、これまでの“若獅子”の名声も相まって確固たる基盤を築くことができるはず。


 他の兄弟姉妹達と骨肉の争いをしているシモン王子にとって、僕の申し出を受けないという選択肢はないはずだ。


 シモン王子は、口元を押さえながら思案すると。


「……よかろう」

「ありがとうございます。では……「ただし、条件がある」」


 僕の言葉を遮り、そんなことを言い出したシモン王子に、僕は身構える。


「……その条件とは?」

「この私と剣術で勝負し、ヒューゴが勝つことだ」

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