彼が、救われるように ※メルトレーザ視点
■メルトレーザ=オブ=ウッドストック視点
「すう……すう……」
号泣したまま意識を失ったヒューが、私の膝で寝息を立てている。
それほど、彼にとってこの事実はショックだったんだろう……。
「私が、余計なことを言ってしまったばかりに……」
私のこの紅い瞳は、悪意や嘘を視ることができるほか、魔術に長けたヴァンパイアの特性として魔力の流れや術式の構成、そういったものも分かる。
彼の背中で見つけた精神魔法の残滓に関しては、私が発見した時にはその効果が打ち破られていた。
というのも、精神魔法は術者の能力もさることながら、かけられた側の精神力にも左右される。
おそらく、ヒューが六回目の人生で全てを諦めたからこそ、精神魔法が効かなくなってしまったんだろう。
「……実の息子であるヒューに、こんなことをするなんて……っ!」
彼の境遇を考えると、胸が苦しくて、やるせない気持ちで一杯になる。
こんなに優しい彼が、どうして苦しまないといけないんですか……!
家族の愛情という誰しもが受けられる権利を求めているだけなのに、何故ヒューだけがこんな仕打ちを受けないといけないのですか……!
悲しさと悔しさで、唇を噛みながら彼の髪を優しく撫でていると。
――コン、コン。
「……失礼するぞ」
ノックをして入ってきたのは、お爺様だった。
「っ!? ヒュ、ヒューゴ君は一体どうしたのじゃ!?」
「しー……彼は、泣き疲れて眠っているだけです」
私の膝枕で床に寝ているヒューを見てお爺様が大きな声で騒いだので、私は人差し指を口に当て、たしなめた。
「じゃ、じゃが……泣き疲れたとはどういうことじゃ? ひょっとして……」
そう言うと、お爺様の表情が険しくなる。
おそらく、ヒューが私の正体を知って恐怖で倒れたと勘違いしているのだろう。
「……お爺様の考えているようなことではありません。彼は……彼は……っ!」
「メ、メル!?」
彼の境遇を想い、私の瞳から涙が溢れる。
そんな私を見て、お爺様はおろおろしてしまった。
「グス……じ、実は……」
私は、彼の境遇について備に伝えた。
ヒューが、その名誉が、尊厳が、そして生命すらも軽んじられるほどに、グレンヴィル家の全ての者から酷い扱いを受けていること。
そんなヒューは、彼の能力によって既に六回もの人生を送ってきたこと。
そして……その全ての人生において、家族に生命を奪われたこと。
「ううむ……信じられん……」
私の話を聞いて、お爺様が顎髭を撫でながら唸る。
「ですが、お爺様も私の能力はご存知のはずです。彼の……ヒューの言葉に、嘘偽りはありませんでした」
「う、うむ……」
ええ……彼は一度だって悪意も嘘も、私に向けることはありませんでした。
ヒューはずっと、私に真実だけを……真心だけを向け続けてくれたんです……。
すると。
「……ということは何か? あのグレンヴィルの小童、この私を謀ったということかの?」
口調こそは飄々としていますが、お爺様が激怒していることは明らか。
少なくとも、私はこんなお爺様の姿を見たことはないですね……。
ですが。
「……お爺様。今のお言葉は、ヒューに向けてのものでしょうか……?」
「っ!?」
私の雰囲気を察して、お爺様が息を飲んだ。
もし彼を貶すようなことを言うのであれば、たとえお爺様でも許せません。
「そ、それは誤解じゃ! 少なくとも私は、ヒューゴ君に関してはむしろ好感を持っておるとも!」
慌ててお爺様は弁明しますが……どうやら、嘘ではないようです。
「彼は話してくれました。グレンヴィル侯爵がヒューを身売りしたのは、このウッドストック大公家を乗っ取るためだと」
「ほう……? やはりの。そしてヒューゴ君は、あやつの命を受けて、ここへ来たということか」
「いいえ、それは違います」
「違うじゃと?」
かぶりを振って否定した私に、お爺様は訝し気な表情で尋ねる。
「ええ……そもそもヒューがこの家に身売りしたのは、全て彼の思惑です」
「ど、どういうことじゃ!? では、ヒューゴ君自身が、この家を乗っ取ろうと考えておったということか!?」
「そうではありません。あのままグレンヴィル侯爵家にいては危険だと考えたヒューは、あの家が手出しできない家……つまり、公爵以上の地位にある家門を選んだのです」
「う、うむ……」
「そして、彼を最も受け入れてくれる可能性の高いのが、このウッドストック大公家だったということです」
「な、なるほどのう……」
ようやく納得したのか、お爺様は何度も頷いた。
「ですが……ヒューがこの家を選んでくれたことは、私にとってこの上ない幸運でした……」
ええ、そうですとも……。
私はあなたに出逢えて、あなたが私を受け入れて……いえ、求めてくれて、どれほど嬉しかったことか……。
「はっは! よもやメルがそのような表情を見せるとはのう!」
お爺様が顎髭をさすりながら破顔する。
ですが。
「……お爺様。私は先程、ヒューが眠っているから静かにしてほしいとお願いしたはずです」
「お、おおう……そうであったな……」
私が低い声でそう告げると、お爺様が肩を落とした。
「……とにかく、今夜はヒューにこの部屋で泊まっていただこうと思います。お爺様は、グレンヴィル家にその旨を伝えていただけますでしょうか?」
「う、うむ! じゃが、まだ婚約もしておらんのに、その……」
どうやらお爺様は、私とヒューが一晩一緒にいることが不安のようですね。
「大丈夫です。ヒューは誠実な御方ですから、決して失礼な真似はいたしません」
「そ、そうかのう……「何ですか?」……い、いや! 私もそう思うとも!」
懐疑的だったお爺様でしたが、私に睨まれて慌てて同調した。
「ではお爺様。そろそろこの部屋から出て行っていただけますでしょうか?」
「うむう……ヒューゴ君と仲良くなったのはよいが、その……少々私に冷たくなったような気がする……」
そんなことを呟き、お爺様は肩を落としながら扉に手を掛ける。
「……お爺様」
「ん?」
「明日……ヒューのお話を、どうか聞いてあげてください……」
「はっは、当然じゃ」
手をひらひらとさせながら、お爺様は部屋を出て行った。
「さて……」
私はそっと彼の頭を膝から降ろすと、彼の身体を抱えてベッドに寝かせた。
「ふふ……こんな力持ちなところを見たら、ひょっとしたらヒューは幻滅するかもしれませんね……」
彼の寝顔を眺めながらそんなことを呟くけど、ヒューがそんなふうに思ったりしないことは分かっています……。
「で、ですが……」
「すう……すう……」
寝息を立てて眠るヒューの泣き腫らした顔を見て、胸が痛くなるのと同時に、心臓が高鳴るっているのが分かる。
「し、失礼します……」
そう言って、私はヒューの隣に寝る。
すると。
「っ!?」
「う……うう……!」
彼は私の胸に縋りつき、眠りながら涙を零した。
「ヒュー……」
私はそんな彼の髪を、ただ優しく撫で続けた。
少しでも……せめて夢の中だけでも、ヒューが救われるように祈りながら。
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