浮かび上がる黒幕
「アーキン伯爵を裏で操っている人物……それは、サウザンクレイン皇国第二皇妃殿下、“レオノーラ=フォン=サウザンクレイン”です」
僕は、アビゲイルに向かってハッキリと告げた。
これこそが、今回の調査や一連の騒動を受けて導き出した、僕の推理。
「もちろん、これはあくまでもまだ予想段階ですので、確たる証拠は何一つありません。ですが……そう考えると、全ての出来事がピタリ、と収まるんです。そして、それを反証する術も持ち合わせていません」
そう……“カンタレラ”を用いた第一皇妃殿下主催のお茶会における僕の毒殺未遂、アーキン伯爵による第一皇子派及び中立派との裏取引、これらが全部、都合よく第二皇子にとって良い方向へと導くための布石に見える。
第二皇子も第二皇妃殿下と一緒にグルになっているのかといえば、それは皇立学院や先日のお茶会での態度からも、その可能性は低い。
なら……これは、第二皇妃殿下の単独犯だろう。
「なるほど……」
僕の話を聞き、アビゲイルは妙に納得した表情を見せた。
おそらく、自分の予想と一致するところが多かったのかもしれない。
「フフ……やはり、大公家の後継者などに収めておくのはもったいない。ヒューゴさん、本当に私の後継者となって、更なる伝説の高みへと行きませんか? もちろん、この私が手取り足取りお教えしますし、何なら、全てを捧げても構いませんよ?」
アビゲイルが人差し指でぷっくりとした唇をなぞり、まるで僕を誘惑するかのような扇情的な微笑みを見せた。
だけど。
「お断りします。そもそも、僕はメルザだけにしか魅力を感じませんので」
お茶を含み、澄ました表情を浮かべながら僕は静かにそう告げる。
もちろん、メルザが同じ仕草をしたのなら、僕はすぐにでも抱きしめていただろうけど、ね。
「……アビゲイルさん、これ以上私のを煽るような真似をするのなら……!」
僕の隣にいるメルザから、底冷えするような殺気が急速に高まっていくのが分かる。
これ……アビゲイルの伝説は今日で終わるかもしれない。
「フ、フフ……もちろん冗談ですよ……?」
冷や汗を流しながら、アビゲイルは引きつった笑みで答えるけど……メルザは相手の嘘が分かる。
だから、メルザがここまで怒っている時点で、先程のアビゲイルの言葉が決して冗談ではないことを証明しているんだけど……。
とはいえ、メルザにこんなつらい思いをさせたままにするわけにはいかない。
だから。
――ギュ。
「っ!? ヒュー!?」
「メルザ……僕は、たとえ女神グレーネの誘惑であったとしても、心を動かされたりすることは一切ありません」
僕はメルザを強く抱きしめ、そう耳元でささやく。
「で、ですが……」
「あはは。だから、たとえアビゲイルさんや他の女性が何かを言ったり手を出してきたとしても、むしろ勝ち誇ってください。『オマエ達がどれほどヒューゴという男を望んでも、ヒューゴはこの世界で最高の女性、メルトレーザ=オブ=ウッドストックしか求めない』のだと」
「あ……」
そうとも……メルザの嫉妬する気持ちもすごく分かるし、そんな感情を見せてくれるのも僕としてこの上なく嬉しいけれど、それでも、メルザだけが僕を独占できるのだということだけは、ハッキリと理解しておいてほしいからね。
僕には、メルザしかいないのだということを。
「ヒュー……ヒュー……!」
僕の言葉を聞いてようやく安心したのか、メルザは求めるように僕を抱きしめ返してくれた。
そんな彼女のうなじに鼻を近づけ、僕はメルザの香りを心ゆくまで堪能する、んだけど……。
「コホン」
……よりによって、アビゲイルに邪魔をされてしまった。
「ハア……確かに、ヒューゴさん欲しさに誘惑しようとした私が悪いですが、だからといって目の前でそのような姿を見せつけられるのは、いかがなものかと」
溜息を吐き、眉根を寄せながらアビゲイルが苦情を言う。
まあ、僕には知ったことじゃないけど。
「ふふ……これはヒューをたぶらかそうとした罰です。せっかくですので、私とヒューの仲睦まじい姿をご覧になっていてください」
そう言って、蕩けるような笑顔のメルザは、僕の膝に腰かけながら首に腕を絡めてしなだれかかる。
あはは。メルザったら、早速僕の言ったとおり、勝ち誇りながらアビゲイルに見せつけているし。
もちろん、僕としても望むところだけど。
「……もう用件は済みましたよね? でしたらお二人共、そろそろお引き取りを」
これ以上は見ていられないと思ったのか、アビゲイルが僕達を追い出しにかかってきた。
「あら? 遠慮しなくてもよろしいですのに……ですが、私もヒューと二人きりになりたいですので、お暇することにしましょう」
「そうですね」
僕はメルザを膝から降ろすと、メルザの白い手を取って口づけをした。
「では、今後の進展があればまた報告に来ます」
「……わかりました」
不機嫌な表情を浮かべるアビゲイルを尻目に、僕はメルザと一緒に店を出ようとして。
「あ、そうそう」
出口で立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
「……場合によっては、あなたに“調理”をお願いするかもしれません」
「……あは♪ それは楽しみです♪」
そして、今度こそ僕達は店を出た。
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