復帰
「ヒュー……本当に、もう通うのですか?」
次の日の朝、皇立学院の制服に着替えた僕に、同じく制服を着ているメルザが心配そうに尋ねる。
「はい。最初は今回の件を利用して、僕は重症を装って色々と探ろうかと考えましたが、“カンタレラ”の調査がアーキン伯爵で途絶えてしまったこともありますので……」
そう……大公殿下は引き続きアーキン伯爵家の調査と皇宮の調査は行うけれど、このままではうやむやのまま終わる可能性がある。
そうなっては、僕達は犯人を捕らえることができない。
何より……僕はメルザを危険な目に遭わせようとした連中を、絶対に許しはしない。
だから。
「僕が何事もなく学院に復帰すれば、何かしらの動きがあると思います。また、僕とメルザを狙って次の手を打ってくるのか、それとも、今回の件を利用して怪しい動きを見せるのか、あるいはその両方なのか」
「……ヒュー、お願いですから、絶対に無理だけはしないでください。あなたを失ってしまったら、私は……私は……」
「大丈夫ですよ……誰かは知らないが、ここまでしてきたんだ。もう僕に、あの時のような油断は一切ありません。それに……」
僕はメルザの頬に触れ、艶やかな黒髪をすくうと。
「僕は、絶対に死にません。それは、僕にとってあなたの想いへの最大の裏切りですから」
そう言って、メルザのおでこにそっと口づけをした。
「分かっていらっしゃるのであれば、これ以上は何も言いません……ですが、私は絶対にあなたのお傍を離れませんから……」
メルザは、僕の胸に顔を寄せ、頬ずりをした。
「さあ、行きましょう」
「はい!」
僕とメルザは馬車へと乗り込み、学院へと向かう。
あれから二週間程度しか経っていないけど、車窓から見える皇都の景色が懐かしく感じる。
「それで……ヒューは学院内でも帯剣されるのですよね?」
「はい。大公殿下が皇帝陛下や学院長と掛け合い、特例として認めてくださいました」
先日の第一皇妃殿下のお茶会で命を狙われた以上、学院内でも同様に狙われる可能性を否定できない。
そのため、大公殿下が僕に自衛できるようにと、手を回してくださったのだ。
とはいえ。
「……このサーベルは、メルザを守るために大いに振るわせていただきますけどね」
うん、久しぶりにメルザを見て鼻の下を伸ばす連中の眼、これでくり抜いてやってもいいかもしれないね。
「もう……ヒュー、無茶をしてはいけませんよ?」
「あ、あはは……」
メルザにたしなめられ、僕は苦笑した。
◇
「っ! ヒューゴ!」
「もう身体は大丈夫なのか!?」
教室に入るなり、第二皇子とシモン王子、それにクロエ令嬢が駆け寄って来た。
まあ、今日から復帰することは生徒達に知らされていないからね。驚くのは無理もない。
「あはは、おかげさまでこのとおりです。それもこれも、メルザがあの場にいて、すぐに適切な対応を取ってくださったおかげですよ」
「ふふ……そんなことはありません。ヒューが毒などという卑劣なものに打ち勝ったからこそです」
そう言って、僕とメルザは微笑み合う。
「ハハ……そうやって仲睦まじい姿を見て安心したよ」
「フフ……全くだ」
「……安心、いたしました」
三人が心の底から安堵の表情を見せ、メルザは静かに頷く。
どうやら、これは本心みたいだ。
すると。
「ヒューゴが復帰したというのは本当か!」
教室の扉が勢いよく開かれ、第一皇子が飛び込んできた。
まあ……僕が倒れてから毎日のように容態を確認するための手紙を屋敷に届けてくれていたし、見舞いの品も大量に送ってきてくれていたから、心底心配していたんだろうなあ……。
「はい。ヒューゴ=オブ=ウッドストック、本日より復帰です」
「そうか……よかった……」
第一皇子が胸を撫で下ろす。
「……兄上、今すぐこの場から消えていただきたい」
第二皇子が、驚くほど低い声で第一皇子に告げた。
「む……」
「分からないのですか? ヒューゴをこんな目に遭わせた張本人が、どの面を下げてやって来たのだと申し上げているのですよ!」
気まずい表情を見せた第一皇子に、第二皇子は怒号を浴びせる。
「そうだ! ダイアナ皇妃殿下とクリフォード殿下のせいで、ヒューゴ殿は生死をさまよう羽目になってしまったのだぞ!」
「「「そうだそうだ!」」」
ここぞとばかりに、サイラスをはじめ第二皇子派の子息令嬢が声を上げた。
第一皇子派の子息令嬢達も、さすがにこの件に関しては第一皇子の肩を持つことはできないみたいだ。
「……失礼する」
そう呟くと、第一皇子は肩を落として教室を出て行こうとする。
だから。
「クリフォード殿下……今度また、先日のお茶会の続きをいたしましょう」
「っ!?」
僕がそう言ってニコリ、と微笑むと、第一皇子は息を飲んだ。
「ああ……承知した」
そう言い残し、第一皇子は今度こそ教室を出て行った。
「ヒューゴ! なにを馬鹿なことを言っているのだ! 君は殺されかけたのだぞ!」
第二皇子が僕の両肩をつかみながら詰め寄る。
「ええ……確かに僕は、何者かに殺されかけました」
「だったら!」
「ですが、それはクリフォード殿下の仕業だったのでしょうか?」
僕がそう返すと、第二皇子は信じられないといった表情を見せた。
「そうに決まっているだろう……あの状況で、ダイアナ皇妃殿下と兄上以外と考えるほうがおかしい……」
そう言って、第二皇子は顔を押さえながらかぶりを振った。
「いいえ。大公殿下が目下捜査中ですが、犯人が誰かは分かっていません。ひょっとしたら、この教室内にいるかもしれませんよ?」
「「「「「っ!?」」」」」
生徒達が一斉に身体をビクッとさせる。
僕はメルザを見ると……どうやら、全員違うみたいだ。
「あはは、冗談ですよ」
「な、なんだ……驚かせないでくれ……」
第二皇子が、ホッと胸を撫で下ろした。
まあ、気長に待つとしよう。
犯人が尻尾を出す、その時まで。
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