新たな技
「ふう……」
“影縫いアビゲイル”に調査を依頼してから二日後、僕は屋敷の訓練場で身体の感触を確かめている。
とりあえず、毒に関してはほぼ回復したとみて間違いなさそうだけど、十日間寝込んでいたツケがたたってしまっている。
「……早く、元どおりに戻らないと、ね」
手を握ったり開いたりしながら、そんなことを考えていると。
「はっは。どれ、手合わせ願おうかの」
「大公殿下!」
口の端を持ち上げ、ハルバードを担ぐ大公殿下が現れた。
「よろしいのですか? お忙しそうなご様子でしたが……」
「なあに、私も書類仕事は性に合わん。こうやって身体でも動かさんとなまって仕方ないわい」
そう言って大公殿下はハルバードを思いきり振り回すけど……はは、相変わらずお節介で優しい人だなあ……。
わざわざ僕がここにいる機会を見計らって、こうやって僕のために相手を買って出てくださるのだから……。
「では、どうぞよろしくお願いします」
僕はサーベルを鞘に入れたまま、腰を低くして構える。
「おや? それはなんじゃ?」
「はい。目を覚ましてから、少し考えていたことがありまして……」
不思議そうに尋ねる大公殿下に、僕は答える。
これは、体力が落ちてしまったことと毒で力が入らなかったことを踏まえ、どうすれば動きや力を最小限にして敵と対峙できる方法を考えた結果だ。
これなら、咄嗟に敵と戦うこととなった場合でも、鞘からサーベルを抜くと同時に攻撃に転じることができると共に、鞘の角度で斬撃の軌道も調整が可能だ。
さらに、ただ抜き切るという一つの動作のみで敵を仕留めることから、僕の想像どおりなら最速の一撃を放つことができるはず。
「ふむ……よかろう、婿殿の編み出した剣術。この私が試してみようぞ」
ハルバードを構え、大公殿下が立つ。
そして。
「ぬうんッッッ!」
大公殿下が渾身の突きを放ってきた。
僕は、ハルバードの刃先がサーベルの間合いに入った瞬間。
――ギイイイイインッッッ!
「っ!?」
ハルバードを、最速の斬撃で弾き飛ばした。
うん……サーベル自体の重みも乗って、これほどの速度と威力が出せるなんて、予想外だったな……。
「なんと……これは、すさまじい一撃じゃ……」
弾かれたハルバードをそのままに、大公殿下が呟く。
「はい、僕自身も驚いています……」
「うむ! さすがは婿殿じゃ! この技があれば、もはや一対一の戦闘において婿殿の右に出る者はおるまい!」
「ありがとうございます。これなら……僕は前よりもメルザを守ることができる」
そう言って、僕はギュ、とサーベルの柄を強く握りしめた。
「はっは! 結局婿殿の強さは、全てはメルに帰結するのじゃな!」
大公殿下は豪快に笑いながら、僕の背中を思いきり叩いた。
その後も、僕はこの技……抜刀術の型や動作の確認を大公殿下に確認いただきながら微調整していると。
「ヒュー、お爺様、いらっしゃいますか?」
メルザが傘を差しながら訓練場にやって来た。
「メルザ……はい、僕達はここです」
「ふふ、お部屋にいらっしゃらなかったので、ここだとは思いましたが……ヒューはまだ病み上がりなのですから、無理をしてはいけませんよ?」
「あはは、気をつけます」
メルザに笑顔でたしなめられ、僕は苦笑する。
「それよりもメル! 婿殿がお主のために、またすごい技を編み出したのじゃ!」
大公殿下が僕の肩をバシバシと叩きながら、抜刀術の話をした。
それを聞いたメルザは、どうやら『メルザのために』という部分にご満悦みたいだ。
「本当に……あなたは常にわたしのことばかりですね?」
「その言葉、そっくりそのままメルザにお返しします」
僕とメルザは、お互い微笑み合う。
「婿殿、せっかくじゃから技を見てもらうのじゃ」
「はい」
大公殿下の言葉を受け、斬撃訓練用の案山子の前で腰を低くして構える。
そして。
――シュンッッッ!
サーベルの刃を鞘の内部で滑らせ、抜刀しながら横に一閃した。
すると……案山子は、その重みでゆっくりとずれた。
「す、すさまじい速さですね……この私でも、その動きを捉えるのが難しいなんて……」
メルザは呆然としながらそんなことを呟くけど……あなたは、あの動きが見えたのですか!?
「大公殿下……やはり、メルザが世界最強なのではないでしょうか……?」
「婿殿……みなまで言うな……」
僕と大公殿下は顔を見合わせながら、思わず肩を落とした。
◇
「では、行ってまいります」
「うむ、気をつけてな」
大公殿下に見送られ、僕とメルザは大通りにあるアビゲイルの店へと向かう。
もちろん、“カンタレラ”の入手ルートとこの国に持ち込んだ連中、そして、毒を使用した連中が誰なのか、教えてもらうために。
「ヒューは、誰が犯人だと思いますか?」
「ウーン……考えられるのは僕に恨みを持つ人間か、大公家に恨みを持つ人間、グレンヴィルに恨みを持つ人間……それに加えて、僕の存在が邪魔な人間や見せしめとして……考え出せばキリがないですね」
こうやって声に出してみて分かったけど、僕も僕で、結構狙われる理由があるなあ……。
「ただ、これだけは言えます。これからアビゲイルの報告を聞けば、その犯人の尻尾がつかめると」
「…………………………」
そう告げると、メルザが何故か無言でジッと僕を見つめる。
え、ええと……どこか機嫌悪そう?
「……ヒューは、あの“影縫いアビゲイル”を随分と信頼しておられるのですね……?」
ああー……メルザは、嫉妬していたのか……。
本当に、僕の婚約者は可愛いなあ……。
「あ……」
「あはは、まあ彼女は僕の元師匠ですからね。それに、信頼しているのは彼女自身ではなく、“影縫いアビゲイル”としての矜持です。僕がメルザに抱いているものとは全然ちがいますよ」
僕は彼女の白い手を取り、微笑みながらそう告げた。
「ふふ……ヒュー、大好きです」
「僕も、大好きです……」
あう……メルザ、そんな蕩けるような表情でそんなことを言うの、可愛すぎて反則ですよ……。
そんな彼女を眺めて口元を思いっきり緩めていると、あっという間にアビゲイルの店に着いてしまった。
「いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」
店に入るなり、僕とメルザは店の奥へ通された。
「それで……何か分かりましたか?」
「フフ、もちろんですよ」
アビゲイルが、クスクスと嗤う。
この表情を見せたということは、少なくとも“カンタレラ”をこの国に流した連中は消したな……。
「結論からいいますと、“カンタレラ”はオルレアン王国のルートから持ち込まれたものでした」
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