能力と呪い
「そう……なんですね……」
それから、僕とメルトレーザ様はお互いのことを心ゆくまで話し合った。
出自やこれまでの人生、趣味や嗜好、その他なんでも包み隠さず。
そして僕は、彼女の全てを知った。
彼女の父君が魔物討伐の際にヴァンパイアの真祖である母君と出逢い、恋に落ちて彼女が生まれたこと。
当初は大公殿下もそんな二人を猛烈に反対していたが、二人の意志が固く、何よりヴァンパイアの真祖である母君に太刀打ちできるはずもなく、結局は二人を引き離すことを諦めたそうだ。
そんな二人の愛の結晶として、彼女……メルトレーザ様が産まれた。
ご両親だけでなく、あれだけ二人を反対していた大公殿下も孫娘は殊の外可愛かったようで、彼女をそれはそれは大切に育てたらしい。
でも、メルトレーザ様が初めての誕生日を迎えた頃……彼女の父君が隣国の“オルレアン”王国への遠征中、父君の軍勢は壊滅し、その消息を絶った。
そのことを知った彼女の母君は、夫を探すためにオルレアン王国へと発ったきり、二人は戻ってきていない。
「……お母様はヴァンパイアの真祖だから、そんな簡単に死んだりなんてことはないはず。ですので、そのうちお父様と一緒に帰ってくるのではと思っています」
「そうですか……」
そう言って、彼女はニコリ、と微笑む。
本当は、彼女も寂しいはずなのに。
これからは、僕が彼女に寄り添うことで、少しでも寂しさを癒せるようにしよう……。
「ところで疑問に思ったのですが、メルトレーザ様はどうしてそんな生まれる前のことまで含め、そんなに詳しくご自身のことをご存知なのですか?」
「ふふ……それは、お爺様にお伺いしたのと、お母様が残してくれた私あての手記のおかげです」
「ああ、なるほど」
彼女の母君は、不測の事態が起こった時を想定して、あらかじめ用意していたということか……。
「その中には、私の……というより、ヴァンパイアについてのことも詳しく記されてありました。それで、ヴァンパイアには基本的な能力の他にも、それぞれ固有の能力を持っていたりするのですが……」
そう言うと、何故か彼女はクスクスと笑った。
「ふふ……実は私の能力は、相手の悪意や嘘といったものを見抜く力なのです」
「あ……そ、そうなんですね……」
な、なるほど……だから彼女は、僕のあんなあり得ない話でも、信じてくれたのか……。
「で、では、混血のヴァンパイアであるあなたは、いわゆる本来のヴァンパイアのように、人間の血を飲んだり、欲したりはしないのですか?」
「あ……い、いえ……渇きは混血であってもあります……」
メルトレーザ様はそっと目を伏せる。
「こんなことを聞いて恐縮ですが、その……血が欲しい時はどのように……」
「あ、わ、私の場合は混血ということもあり、一か月にグラスの半分も飲めば、その乾きを癒すことができますので……その、領民から希望者を募って、血を買っているのです……」
「なるほど……」
こういうところから、あの噂に繋がっているのか……。
「メルトレーザ様、お願いがあります」
「? なんでしょう……?」
「これからは、血が欲しい時は僕の血だけを飲んでいただけないでしょうか」
「っ!? そ、それは……」
僕のお願いに、彼女が困惑の表情を見せる。
だけど、こうすればあの悪い噂だってなくなるだろうし、何より僕は、彼女に僕以外の誰かの血を飲んでほしくないと思ってしまった。
これは、ひょっとしたら嫉妬というやつだろうか……。
「そ、その……よろしい、のでしょうか……?」
「はい。僕が、あなたにそうしてほしいんです」
おずおずと尋ねる彼女に、僕は力強く頷いた。
「あなたは……あなたは……っ!」
「メ、メルトレーザ様!?」
突然ぽろぽろと泣き出してしまった彼女に、僕はどうしていいか分からずおろおろしてしまう。
「な、なんでしたら、今すぐにでも僕の血をどうぞ!」
どうにかして泣き止んでもらおうと、そんな的外れなことを言ってしまう。
そんな僕に、彼女は飛びついてきて、両腕を首に絡めた。
そして。
――かぷ。
僕の首筋に牙を突き立て、彼女はゆっくりと血を味わう。
「ん……ぷあ……っ」
「お、お味はいかがでしたか……?」
ほ、本当に、僕は何を聞いているんだろうか……。
「すいません、少しあなたの瞳を覗かせてください」
「え……? は、はあ……」
牙を首筋から離した瞬間、急に真剣な表情でそう言われ、僕はよく分からないまま返事をした。
「…………………………」
吸い込まれそうなほど綺麗な真紅の瞳に見つめられ、僕は思わず胸が高鳴る。
彼女も、どこか恍惚とした表情に見えるのは、気のせいだろうか……。
「……やっぱり、ほんの少し混じってます」
「え? 混じってる……?」
言葉の意味が分からず、僕は聞き返す。
一体何が混じっているというんだろうか……。
「……どうやらあなたにも、何代前なのかは分かりませんが、その……魔族の血が混ざっているようです……」
「っ!? ぼ、僕に魔族の血が!?」
「はい……」
驚きの声を上げる僕に、メルトレーザ様はゆっくりと頷いた。
だけど、侯爵家であるグレンヴィル家の家系にそんな経歴はないし、母上の実家であるノーフォーク辺境伯家にも……。
「おそらく、あなたが何度も死に戻りをしているのも、その魔族の能力かと……」
「そ、そうですか……」
は、はは……僕が死ぬたびに十四歳のあの日に戻っていたのは、魔族の能力……いや、呪いだったのか……。
「ヒューゴ様……」
困惑している僕を、彼女が心配そうに見つめている。
ああ……彼女だってヴァンパイアなのに、僕は自分が魔族の血をひいているからってこんな姿を見せていたら、それこそ彼女に失礼じゃないか……。
「す、すいません。少し驚いてしまいました……ですが、これで僕はあなたと同じですね」
「っ! も、もう……あなたはすぐそうやって、私の欲しい言葉をくださるのですね……」
そう言うと、彼女は甘えるように僕の胸に頬ずりをした。
「そ、それと……」
「は、はい」
「首筋に牙を立てて血をいただいたのは、その……あ、あなただけですから……」
耳まで真っ赤にして恥ずかしそうに告げるメルトレーザ様。
その姿に、僕は顔が熱くなってしまった。
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