影縫いアビゲイル
「……メルトレーザ様、交替いたしますので、どうかお休みに……っ!?」
僕が意識を取り戻して一時間ほど経った頃、セルマが僕とメルザが抱きしめ合っているところへやって来た。
そして、僕を見た瞬間ぽろぽろと涙を零し始めた。
「セルマ……君にも迷惑をかけたね……」
「ヒューゴ様……よくぞ……よくぞお戻りになられました……って、こうしてはいられません!」
そう言うと、セルマが勢いよく部屋を飛び出していってしまった。
「ふふ……セルマったら、そそっかしいですね……」
「あはは……でも、やはり心配してもらえて、こんなに喜んでもらえたら嬉しいものです」
うん……グレンヴィル家にいた頃は、僕が生きようが死のうが、使用人含め、誰一人として関心を持たれなかったからね。
「そんなの、当然じゃないですか……このウッドストック家の誰もが、あなたのことをどれほど大切に想っているか……」
「はい……」
僕の胸襟をキュ、とつかみながら、メルザが潤んだ瞳で僕の顔を覗き込む。
あはは……そんな中でもあなたが世界で一番、僕のことを大切に想っていてくださることが、どれほど僕を支えてくれているか……。
すると。
「婿殿が目を覚ましたというのは本当か!」
「ヒューゴ様!」
「大丈夫なのですか」
大公殿下を始め、執事長や料理長、その他使用人に至るまで、大勢がこの部屋へ押しかけてきた。
「あ……大公殿下、みんな……ご心配をおかけしました……」
僕はメルザに支えられながら身体を起こし、深々と頭を下げる。
「う、うむ……! 全く、心配かけおって……!」
「わ!?」
ごつごつした大きな手で、僕の頭をがしがしと乱暴に撫でる大公殿下。
そのいかつい顔を、くしゃくしゃにしながら。
「お爺様! ヒューはまだ目を覚ましたばかりなんですよ!」
「うお!? す、すまん……」
メルザに大声で叱られ、大公殿下はシュン、とする。
ああ……僕は、ここに帰ってこれたんだな……。
涙を流しながら喜ぶみんなの姿を見て、僕はただ、胸が熱かった。
◇
「ふむ……では、婿殿は第一皇妃殿下や第一皇子は今回の件は犯人ではないと踏んでおるのじゃな?」
使用人達は全員持ち場に戻り、この部屋には僕とメルザ、大公殿下の三人だけになった。
今、僕達は今回の犯人について整理をしている。
「はい。それより、僕が気になったのは使用した毒です。先程もメルザに話しましたが、どうやら“カンタレラ”の毒のようなのです」
「ほう……?」
大公殿下が目を細め、鋭くなった。
「この毒は、サウザンクレイン皇国ではおいそれと手に入る代物ではありません。ここ最近の入手ルートを調べれば、かなり絞られるかと思われます。当然、誰が購入したかも含めて」
「うむ……であれば、オリバーにすぐにでも調べさせよう」
「それと、僕も伝手があるので、そちらから調べてみようと思います」
「伝手じゃと?」
訝し気な表情を浮かべ、大公殿下が身を乗り出して尋ねる。
「はい……ご存知のとおり、僕は一回目の人生では暗殺者として生きてきました。その中で、当たり前ですが暗殺術だけでなく毒に関する知識についても徹底的に叩きこまれてきたんです」
「なるほどのう……じゃから、そんなに毒について詳しいのか……」
僕の説明を聞き、納得した大公殿下は何度も頷く。
「となると、婿殿の一回目の人生での伝手、ということかの?」
「ええ……」
「ちょっと待ってください。それですと、ヒューの言う伝手というのは使えないのでは……?」
メルザがそう言って尋ねる。
確かに、この七回目の人生ではその伝手というのは存在しない。
でも……アイツのことは何でも知っている。
だって。
「大丈夫です……その伝手というのは、一回目の人生における僕の暗殺の師ですから」
「「っ!?」」
メルザと大公殿下が息を飲む。
そう……一回目の人生において僕に暗殺術の全てを叩き込み、数多くの殺人を僕に強要し……僕の最期を見届けた人。
このサウザンクレイン皇国……いや、大陸全土において、その噂だけがまことしやかにささやかれている架空の暗殺者。
――“影縫いアビゲイル”。
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