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温もりと鼓動の帰還

「んう……」


 僕は、ゆっくりと目を覚ます。


 少し薄暗い部屋だけど、見慣れた天井があるということは、どうやらここは大公家の屋敷のようだ……って!?


「そ、そうだ! 僕は第一皇妃殿下のお茶会で……!?」


 慌てて起きようとするけど、どういうわけか身体に力が入らず、身体を起こすことができない。

 おそらく、毒による影響がまだ抜け切っていないからだろう。


「そ、それより、メルザは無事だろうか……?」


 どうしてもメルザを確認したい僕は、歯を食いしばって何とかして身体を動かそうとすると。


「あ……」

「すう……すう……」


 メルザが椅子に座りながら、僕のすぐ(そば)で眠っていた。

 どうやら、僕のことをずっと見守ってくれていたみたいだ。


「メルザ……良かった……」


 メルザの無事を確認し、僕は心の底から安堵する。

 あの時、僕が先にお茶に口をつけてよかった……。


 すると。


「ん……」


 メルザが少し顔を上げ、薄っすらと目を開けた。


「メルザ……」

「え……あ……ああ……っ!」


 僕を見て、メルザの真紅の瞳から一気に涙が(あふ)れ出し、その綺麗な顔をくしゃくしゃにする。


 そして。


「ヒュー! ヒュー……!」


 メルザは、僕の身体を抱きしめてくれた。

 僕の名前を、何度も、何度も呼び続けながら。


「ヒュー……ありがとうございます……ありがとう、ございます……!」


 何故かメルザが何度も感謝の言葉を告げる。

 お礼を言うのは、むしろ僕のほうなのに……。


「え、ええと……」

「戻って来てくれて……私の元に帰って来てくれて、ありがとう……ござい、ます……」


 その言葉を聞いて、僕はようやく気づく。

 ああ……僕はこれほどまでに、メルザを悲しませてしまったのだと……。


「メルザ……申し訳、ありません……」

「っ!? ヒューがどうして謝るのですか……! ヒューは……ヒューは、死の淵をさまようほど苦しんでいたのですよ……!」

「いえ……僕はあなたを悲しませてしまいました……これは、僕の罪です」


 そう……僕の気の緩みが、この事態を引き起こしたんだ。

 一回目の人生で暗殺術を学んだ時は、毒の見分け方も含めて身をもって覚えていたはずなんだ。


 なのにそれを忘れて、飲み込むまで毒に気づかないなんて……。


「でしたら……でしたら、私にあなたの命を感じさせてください……! あなたが生きているのだと、私の元に帰って来てくださったのだと、私に証明してください……っ!」


 そう叫ぶと、メルザが僕を確かめるかのように胸にその綺麗な顔をすり寄せた。


「ああ……ヒューの温もりを……鼓動を感じます……! あなたが生きているのだと、この私に語りかけてくださっています……!」


 メルザは大粒の涙を(こぼ)しながら、僕が生きていることに歓喜した。


 僕も……生きてメルザを感じられる喜びを、ただ噛みしめていた。


 ◇


「……それでメルザ、あのお茶会からどれくらい経っているのですか?」


 ようやく泣き止んで心が落ち着いたメルザに、僕はゆっくりと尋ねる。


「はい……今日で十日になります」

「そんなに、ですか……」


 僕は目が覚めるまでに費やした日数や飲んだ際の味、臭いなどを思い出し、一回目の人生で学んだ毒の知識との照合を行う。


 その結果、導き出されたのは……。


「“カンタレラ”、かもしれません……」

「……ヒュー、それは何ですか?」


 おずおずと尋ねるメルザに、僕は“カンタレラ”について説明する。

 元は暗殺用に用いられる毒の一種で、少ない量であっても死に至らしめる。


 一般的には飲み物……主にワインに混ぜて毒殺するのだけど、今回は紅茶であったことが幸いした。

 ワインの場合はアルコールで感覚が麻痺してしまうため、毒を飲み干してしまい確実に死ぬが、紅茶であればその前に毒の作用が現れてしまい、充分に毒を摂取できないことが多い。


「……いずれにせよ、猛毒であることには変わりありませんので、犯人は僕と……いや、ひょっとしたら僕とメルザを確実に殺そうと考えたのでしょう……」

「そんな……」


 僕の説明を聞き、メルザの肩が震える。

 でもこれは、怯えというよりも怒り……?


「……そうなればやはり、第一皇妃殿下が怪しいと考えるほかありません。そのような毒を用意でき、なおかつ、お茶会を主催したあの女が……!」


 そう言うと、メルザは牙を見せながら険しい表情を見せた。

 それはメルザと出逢ってから、初めて見るものだった。


 でも。


「……メルザ。少なくとも、第一皇妃殿下と第一皇子は犯人の可能性は限りなく低いですよ」

「っ! どうしてですか! どう考えても、あの二人の仕業としか考えられないではないですか!」


 僕の言葉に納得ができず、メルザが反論する。


「メルザ、よく考えてみてください。むしろお茶会の場で主催者が毒を盛るなど、そんな真似をしたら真っ先に疑われてしまうんですよ? そんな馬鹿なことをするとは、到底思えません」

「あ……た、確かに……」


 そう説明すると、メルザがようやく納得してくれた。


「ですので、むしろ第一皇妃殿下や第一皇子を陥れるためにした可能性だって否定できません。もちろん、僕とメルザを邪魔に思う者の仕業と考えることが基本線ですが」


 そう……単に第一皇妃殿下達を陥れるためだけであるなら、あれほど強力な毒を用いる必要はない。

 なら、やはり僕達を消したい者がいると考えるほうが妥当だろう。


「いずれにしても、僕は絶対に許しません。一歩間違っていたら、メルザがあの毒を飲んでしまっていたのですから」

「私もです。私の世界一大切なヒューをこんな目に遭わせ、危うくその命を失いかけたのです。八つ裂きにしても足らないくらいです」


 メルザが怒りに震え、ぎり、と歯噛みする。

 でも、そんな表情すらも美しく思え、僕は生きているからこそその表情を見れることに、喜びを感じる。


「メルザ……必ず、犯人を捕まえましょう」

「はい! 絶対です!」


 僕とメルザは、お互い力強く頷き合った。

お読みいただき、ありがとうございました!


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