毒の罠 ※メルトレーザ視点
■メルトレーザ=オブ=ウッドストック視点
「ヒュー! お願い! 目を開けて!」
お茶を飲んだ瞬間、口から大量の血を吐いて倒れてしまったヒューを抱きかかえながら、私は何度も叫ぶ。
陽射しを受けて肌が赤くなろうが、ヒューの血で白のドレスが赤く染まろうが、そんなことはお構いなしに。
「誰か! 早く治癒師を! 今すぐ……今すぐ連れてきてええええ!」
「わ、分かりました!」
私の叫びに、駆けつけた騎士が慌てて皇宮の治癒師を呼びに向かった。
ああ……どうして……どうしてヒューがこんな目に……!
お願いだから……お願いだから、死なないで……っ!
私を……一人にしないで……!
「治癒師を連れてまいりました!」
「! お願いします! ヒューを助けてください! お願いします……お願いします……!」
騎士に連れられて駆けつけた治癒師に、私は何度も懇願する。
ヒューが死んでしまったら……私は……私は……。
治癒師はヒューの口に何か薬のようなものをねじ込むと、解毒魔法を施す。
お願い……ヒュー、戻ってきて……!
「お願いします……女神グレーネ様。どうか……どうかヒューを、私の元に返してください……」
私は両手を組み、ただひたすらヒューが回復することを願った。
「ふう……とりあえず、私にできることはここまでです」
治癒師が解毒魔法を終え、深く息を吐いて汗を拭う。
「ヒューは……ヒューはどうなったんですか!?」
「まだ予断は許しませんが、処置が早かったことと毒を少量しか飲み込んでいなかったことが不幸中の幸いでした。少なくとも、一命は取り留めました」
「あ……ああ……ああああああ……!」
ヒューの命が救われたことに、私は安堵のあまりヒューに抱きついて号泣した。
良かった……ヒュー……ヒュー……!
「メ、メルトレーザ……」
第一皇子が、心配するような声で私の名を呼ぶ。
他にも、第一皇妃殿下やリディア令嬢がこちらへ近づこうとしていた。
だから。
「近づくな」
私は三人を明確に拒絶する。
だって、ヒューをこんな目に遭わせたのは、他ならぬこの人達なのだから。
「ヒュー……私達の家に、帰りましょう……」
「「「「「っ!?」」」」」
人目もはばからず、私はヒューを抱きかかえる。
何故この私がそんな腕力があるのか理解できない者達は、その様子を見て息を飲んでいる。
でも、そんなこと知ったことではない。
ヴァンパイアだということが知られても構わない。
そんなことよりも、私はヒューに危害を加えようとした者がいるこの場所に、一秒たりともいたくはなかった。
そうして、私は意識のないヒューと共に、馬車に乗って大公家の屋敷へと帰った。
◇
「ヒュー……ヒュー……」
目を瞑り、静かに眠るヒューの髪を、優しく撫でる。
あれから屋敷に帰ってすぐ、改めて大公家お抱えの治癒師に治療を施してもらった。
といっても、答えは皇宮の治癒師の言葉と同じ。一命は取り留めたものの、予断を許さない状況には変わらない。
ただ……この二、三日を乗り越えられれば、ヒューは快方に向かうとも言っていた。
すると。
「婿殿! 婿殿は無事かッッッ!」
おそらく、ヒューのことを知ったのでしょう。
お爺様が大声で叫びながら屋敷に戻ってきた。
「婿殿……っ!?」
「お爺様……静かにしてください」
勢い良く扉を開けて入ってきたお爺様を睨みつけ、私はたしなめる。
今はヒューが助かるかどうかの瀬戸際。たとえお爺様でも、それを邪魔するというのなら……!
「す、すまん……それで、婿殿の容態は……?」
「治癒師が言うには、一命は取り留めたもののこの二、三日が峠とのことです。ただ、それさえ過ぎれば、あとは快方に向かうとも……」
「そ、そうか……」
私の説明を聞き、お爺様が僅かに安堵の表情を浮かべる。
でもそれは一瞬のことで、すぐに険しい表情に戻った。
「……メルよ。この私が、婿殿に毒を盛った者を見つけ出し、必ず報いを受けさせてやろうぞ。たとえ、皇族であろうともな」
恐ろしく低い声で告げるお爺様。
私は、ここまでお怒りになったお爺様を見たことがない。
でも。
「お爺様……犯人を見つけた際には、必ず私に教えてください。この私が、その者が死なせてほしいと泣き叫んで懇願するほど、苦しみを与えて差し上げます」
ええ……そうですとも……。
私は、絶対に犯人を許さない。
この私が持てる力、その全てを使ってでも、地獄に叩き落とす。
そのために。
「それでお爺様。当然、ダイアナ皇妃殿下とクリフォード殿下は取り調べをされたのですよね?」
「うむ……その二人に加え、その他の令嬢や使用人に至るまで、全てな。じゃが……」
そう言うと、お爺様が悔しそうに顔をしかめる。
つまり、未だに直接の犯人が捕まっていないのでしょう……。
「今もオリバーが血眼になって王都を駆けずり回っておる。それこそ、蟻一匹逃さぬようにの」
「……今はただ、パートランド卿に期待するしかありませんね……」
私であれば、誰が嘘を吐いているか見分けられますが、今も死の淵から生還しようと頑張っているヒューを置いて、ここを離れるなんてできない。
本当に、口惜しい……。
「ヒュー……お願い、私の元に戻って来て……っ」
私はヒューの手を強く握りしめながら、ただ愛する人が良くなるよう祈り続けた。
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