彼女の優しさ
「僕はウッドストック大公家の後継者で、メルトレーザ=オブ=ウッドストックの婚約者、“ヒューゴ=オブ=ウッドストック”だ」
そう告げた瞬間、ブルーノ子息が目を見開いて息を飲んだ。
「き、貴様……いや、その……君が、あの……」
わなわなと震える指で僕を指し示しながら、ブルーノ子息が呼称を言い直す。
「……正直申し上げて、僕への失礼な態度はともかく、皇国の皇子に対するその態度、到底看過できるものではありません。追って皇室及びウッドストック大公家より、デイル伯爵家へ正式に抗議させていただきます」
「あ、そ、それは……」
「それと、あなたや今お笑いになられた子息令嬢の方々の行いは、クリフォード殿下すらも辱める行為だということを覚えておいてください」
「っ!? そ、それはどうして……」
僕の言葉が理解できず、ブルーノ子息がおずおずと尋ねる。
「当たり前です。クリフォード殿下を支持するあなた方が、明確に皇室を侮辱したのです。それをみすみす許してしまった、クリフォード殿下にも責が及ぶ話でもありますので」
「あ……」
ここまで僕に言われてようやく気づくなんて……。
第一皇子……本当に、ちゃんと躾けておいてくださいよ……。
「……とにかく、ここは皆が集まる公共の場ですので、このような騒ぎを起こすような真似は厳に慎んでください。サイラス、お前もだぞ」
「う……わ、分かった……」
僕にすごまれ、サイラスは顔を引きつらせながら頷く。
ブルーノ子息も、気まずそうにしながら自分の席へと戻っていった。
「……ヒューゴ殿、すまなかった」
「別にいい。ただ、今は皇位継承の関係で微妙な状況だから、アーネスト殿下のことを考えるなら、あまり騒ぎは起こさないほうがいい」
「う、うむ……すまない……」
素直に頭を下げるサイラスに若干の気持ち悪さを感じつつ、僕はメルザとクロエ令嬢のいる席へと戻った。
「ヒュー、お疲れ様でした」
「いえ……ですが、この学院の状況は何とかしたほうがよさそうですね……」
労いの言葉をかけてくれたメルザにそう告げると、彼女が頷いた。
「……どこの国も似たようなもの、ですね……」
「クロエ殿?」
クロエ令嬢の呟きに、僕は思わず聞き返す。
「いえ……何でもありません……」
「そ、そうですか……」
クロエ令嬢が静かにかぶりを振ったので、僕はこれ以上追及しなかった。
でも……そうか……。
シモン王子やクロエ令嬢も、オルレアン王国では微妙な立ち位置にいるんだな……。
それから僕達は、黙々と昼食を済ませた。
◇
「ハア……やれやれ、子息令嬢にまで皇位継承の問題が尾を引いているとはの……」
その日の夕食時、僕は学院での経緯を話すと、大公殿下が顔をしかめながら肩を落とした。
「ですが大公殿下、誰が皇太子に選ばれるかは、むしろ子息令嬢のほうが注目しています。なにせ、僕達の世代こそが、次の皇帝陛下を支えることになるわけですから」
「む、確かにの……」
今の各貴族家の当主も、老いれば次の世代に家督を引き継ぐのだから、当然だ。
これから先の皇国を支えるのは、まさに僕達なのだからね……。
「まあ婿殿の話は分かった。この件は皇宮にも伝えておくと共に、私からもデイル卿に正式に抗議しておくこととしよう」
「よろしくお願いします」
「ところでお爺様、シモン王子とクロエ令嬢のことなのですが……」
昼の件の話が終わったタイミングを見計らい、メルザが大公殿下におずおずと話しかける。
「む? 二人がどうかしたのか?」
「はい……シモン王子は本日体調を崩されて学院を休まれたのですが、学院内での二人への扱いなどを考えますと、このまま寄宿舎住まいでは厳しいのではないかと……」
ああ……確かにメルザの言うとおり、皇国とオルレアン王国の関係から、学院でも完全に浮いてしまっている。
そうなれば、共同生活を旨とする寄宿舎では、余計に息苦しさを感じてしまうか……。
「学院では私達も気を配ることができますが、私達は寄宿舎住まいではない以上、どうすることもできません。今後のことを考えれば、あの二人にも私達と同様、特例を認めてあげてもよいのではないでしょうか……」
「ふむ……確かにの……」
メルザの提案を受け、大公殿下が顎鬚を触りながら思案する。
だけど……大公殿下、あまり乗り気ではなさそうだな……。
「大公殿下……何かあるのですか?」
「うむ……そもそもあの二人を寄宿舎住まいとしておるのは、監視の意味もあってのことなんじゃ」
「監視……ですか?」
「左様。仮にメルの提案どおりにしたとして、あまり監視を強くしていることがあの二人に露見してしまっては、それはそれで両国の関係が悪化しかねん。一方で寄宿舎であれば、子息令嬢を守る目的だと言えば監視を強くしてもおかしくはないからの」
なるほど……それなら、変に監視体制などを強めたとしても、他の子息令嬢も同じ扱いならばシモン王子達も何も言えない。
「それに、寄宿舎は四人で一部屋に住むことになるから、一人きりになるのは極めて難しい。であれば、変な行動を起こすこともできぬ。二人を寄宿舎住まいにしておるのはそのためじゃ」
「そうなんですね……でしたら、これ以上は私から申し上げることはありません」
「……メルザは、どうしてあの二人のことが気になったのですか?」
僕は不思議に思い、メルザに尋ねる。
「はい……つい、もしこれがヒューと私だったなら、体調を崩したヒューの看病をできないのはつらいと思いましたので、クロエ令嬢も同じ気持ちなのかと……」
ああ……メルザは、シモン王子と僕を重ねてしまったのか……。
本当に、あなたはどこまで優しいのですか……。
「はっは。それならば、私から学院長に言ってクロエ嬢がシモン王子の見舞いをできるようにしておこう」
「! お爺様、ありがとうございます!」
大公殿下の言葉を聞いたメルザが笑顔を見せ、そんな彼女を見て僕の心が温かくなった。
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