眷属に
「その……よければ、僕をあなたの眷属にしていただけませんでしょうか……?」
「っ!?」
そう告げた瞬間、メルトレーザ様は驚きの表情を見せた。
ヴァンパイアは人間の血を吸うことで、眷属にすることができると書物で読んだことがある。
なら、僕が眷属になることで、彼女の信頼を得られるのではないか……そう考えての提案だ。
それに……僕だけが彼女から一方的に与えてもらうのは、とても苦しかったから……。
すると。
「っ! 一体何を考えているのですか! ヴァンパイアの眷属になるということは、人間をやめるということなんですよ! それを、そんな軽々しく言うなんて!」
メルトレーザ様は怒り、悲しみ、罪悪感、そして期待と、色んな感情がない交ぜになったかのような表情を浮かべ、詰め寄った。
多分、優しい彼女のことだから、僕がそんな提案をしたことが到底許容できないんだろう。
「僕は本気です。それに、決して単純な思いでそう提案したわけではありません」
「いいえ! 何も考えていらっしゃらないからそんなことが言えるんです! 怪物になることが……人間でないことがどれだけつらいことか、あなたには分からないのです……っ!」
僕の胸倉をつかみ、震える声で訴える彼女。
その真紅の瞳に、わずかに涙を湛えながら。
彼女はこれまで、たくさんつらい思いをしてきたんだろう。
だからこそ、最初にヴァンパイアであることを晒して、自分が傷つかないようにと、僕を遠ざけようとした。
そして今度は、僕が願いを聞き入れてもらったことへの……信頼してもらうための対価としての提案を、僕のためにこんなに必死に拒もうとしている。
ああ……彼女は、本当に優しい女性だ。
「僕は……人間をやめても、一向に構いません」
「っ! で、ですが……!」
「これまで送ってきた六回の人生で、僕は人間の醜さしか知りません。そんな人間なんかに縋るよりも、僕は……あなたのような、優しい怪物になりたい」
そう言って、僕は彼女に微笑んでみせた。
「ふ……ふふ……いいでしょう。だったら、私と同じヴァンパイアに……怪物になって、後悔すればいいんです!」
引かない様子の僕に見かねて、メルトレーザ様はその可愛らしい口から牙を剝き出しにした。
そのまま、僕の首筋に牙の先を当てる。
「……今ならまだ、引き返せます。止めるなら今のうちですよ?」
これが最後通告だとばかりに、威圧的にそう言い放つ彼女。
でも、その声も、身体も、震えていて……。
「僕は……これで正真正銘、あなたと一緒になるのですね」
「……あなたは、本当に……馬鹿です……っ!」
「はい……知っています……」
涙声の彼女に頷き、僕は目を閉じる。
でも……いつまでも痛みを感じることはなく、ただ温かい雫が首筋を伝った。
◇
「…………………………」
「…………………………」
しばらくして、彼女は僕の身体から離れ、僕のことを睨んでいる……んだけど。
これは、怒っているという理解でいいのかな……?
「メ、メルトレーザ様……?」
「……あなたは、ずるいです」
ええと……ずるいってどういうことだろう……。
「お爺様が連れてこられた今までの方達は、最初は私のことを褒めそやしましたが、牙を見せてヴァンパイアであることを告げると、泣き叫びながらその扉から逃げ出していったんです」
「…………………………」
「なのに、あなたは逃げ出すどころか、私の眷属になりたいなどと言い出して……」
そう言うと、彼女は口を尖らせた。
そんな仕草は、先程までのヴァンパイア特有の蠱惑的な雰囲気とは打って変わり、あどけない少女のような印象を受けた。
「……一応お伺いしますが、混血のヴァンパイアには眷属を生み出す力がないということを、知っていたりはしませんよね……?」
「え!? そ、そうなんですか!?」
彼女の言葉に、僕は思わず驚きの声を上げた。
い、いや、ヴァンパイアなら誰もが人間を眷属にできるものだと思っていたのに……。
でも、そんな僕の反応を見た彼女は。
――ギュ。
「ほ、本当に、あなたはもう……っ!」
僕の胸に飛び込んで、その綺麗な顔をうずめた。
その小さな肩を、震わせながら。
「……でも、これで僕の言葉を信じてくれますか?」
「……言葉って、どの言葉ですか?」
僕の服で顔を拭うと、彼女は見上げながらおずおずと尋ねた。
「もちろん、『あなたと一緒になれることを心から嬉しく思っている』ということと、『あなたは僕が出逢ってきた人の中で、一番綺麗な女性』だということです」
「あう……も、もう……」
そう告げた瞬間、メルトレーザ様は透き通るほど白い肌を朱色に染め、また胸に顔をうずめてしまった。
はは……本当に、噂なんて一切当てにならないものだな……。
「……こ、これから」
「はい……」
「これから、私達は一緒になるのですから、その……もっとヒューゴ様のことをお教えください……」
どうやら彼女は、僕のことを受け入れてくれる気になってくれたようだ。
僕の打算的な考えも含めて……。
「……はい。ただし、メルトレーザ様のことも色々と教えてくださいね?」
「……本当に、ずるい」
そう言って、彼女はまた口を尖らせた。
でも……その真紅の瞳は、ただ澄み切っていた。
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