第2話
神々が集う領域、どの空とも繋がらない雲海の上に、白亜の大都市が浮かぶ。
神界と称されるだけあり、その全貌は地上の如何なる場所・時代に栄華を極めた文明都市よりも燦爛たる威容を誇っていた。
その中心に聳える大神殿は、最高神アルエギの住まう場所である。
外観に対して明らかに広大な内部を進むと、無数の石板で構成された巨大な渦があった。
しかし、その異様な光景も束の間、宙を舞う石板が巻き上げられるようにして神殿の天上へと吸い込まれていく。
渦の中心に隠されていた1柱の神が、腰かけていた玉座から立ち上がる。
「ほっほっほ。アポも取らずに来るとは、同じ最高階位の神とはいえ不敬が過ぎるんじゃないかの」
「気にすんなって。俺達の仲だろ」
覚えたての言葉を口走る異世界かぶれの老神を、妖しく光る虹色の瞳が射貫いた。
祖父と孫に見紛う見た目の差に反して、取り巻く空気は穏やかではない。
「お前さ、うちからくすねた物があるよな?……また」
「うーん?何の話かとんと検討がつかぬわい」
「今白状するなら嫁さんには言わないでやる」
「………借りてた漫画のことかのう?」
「さて、次の主神は誰になるか楽しみだ」
挑発をあっさりと流すニジメの姿に、豊かな髭の合間からふぅと吐き出す。
その視点の広さから、庇護するべき生命を軽視しやすいというのは、世界樹を管理する超常存在には珍しくない話である。
しかし、このニジメと呼ばれる異世界からのモノにあっては、その事例は当てはまらない。
生命がいずれ自身の手を離れて世界を切り開いていくことを期待するニジメと、惰性で以て何の感慨も抱かずに管理するアルエギ神。
見守る世界は異なれど、やがて世界樹を超えて衝突することは避けられぬ宿命でもあった。
観念した最高神は、1枚の石板を呼び寄せニジメに放り投げる。
「ほい、お望みの転生体に関する報告書じゃ。大切にせい」
「…これで回収用の魂を転生させるのに合意したとみなすからな」
「約束通り、妻には言うでないぞ?今度こそ完全に殺されるでな」
「流石にしないだろ…多分」
目的の物を手に入れたニジメの目は、既に敵意の光を失っていた。
変わり身の早い来訪者に、ふといつもの悪戯心を起こしたアルエギが仰々しく尋ねる。
「……のう、何故ワシがこの様な真似をしたか、知りたいとは思わぬか?」
「いつもの気紛れだろ」
「それはそうじゃけどさ…」
「じゃ後で化身送るからよろしく。邪魔したら言いつけるからな!」
最高神による問いをあっさりと流したニジメは、最後に聞き捨てならない言葉を残して神殿を後にした。
「お主の化身とかインフレ不可避なんじゃが…」