第3話 愛の絆と親子の絆
マスキングと呼ばれたゴリラは手の平で胸を叩くドラミングを始めたのだった。
立ち上がったゴリラは2mも無いくらいだが、150kgは軽く越えているだろう。
こんなゴリラに殴られたら頭から上から無くなるにちがいない。
だったら殴れようにすればいい。
「瞬間接着!」
俺はゴリラの手と胸を接着すると、ゴリラは何が起こったか分からず、なんとか手を離そうと四苦八苦していた。
セロも何が起こったのか分からず、必死でゴリラの手を無理矢理引っ張ろうとする。
無駄な努力と分からせるために、俺はゴリラたちに忠告した。
「無理矢理剥がせば皮膚が剥がれますよ」
「これは、お前がやったのか?」
「そうですよ。何だったら、あなたとそのゴリラをくっつけてあげましょうか?」
「嘘だ! そんな事が出来るはずがない」
「ああ、そうですか。瞬間接着!」
「や、止めてくれ!」
セロは叫んだが、俺はそれを無視してゴリラとセロを接着すると、セロは今度は自分の手を離そうと必死になる。
そんな二人を見ながら俺はふと考えた。
セロはコル様という許嫁がいると言うのに、のりちゃんに手を出そうとしている。のりちゃんが納得しているならば問題ないのだが、無理矢理にのりちゃんを手に入れようとしている。恐らく、これからも他の女性に手を出そうとするだろう。
だったら、このゴリラとセロをくっつけてやれば良いのではないか?
「セロ様」
「なんだ。外してくれるのか?」
「このゴリラって、オスですか? メスですか?」
「それが何か関係あるのか?」
「教えてくれたら、その手を離して上げても良いですよ」
「……メスだ。メスゴリラのマスキングと言うんだ。さあ、この手を離してくれ」
「分かりました。その手を離しますね」
俺はゴリラの手もセロの手も接着を解除すると、そのままセロに話しかけた。
「セロ様は女癖が悪いですよね。それを直すために、そこのメスゴリラと結婚してもらいます」
「お、お前は何を言っているんだ! や、止めてくれ! お願いだ!」
セロは俺が何かを不思議な力を使っているのだけは理解して、泣きながら俺に懇願してきた。
しかし、もう泣いてすがってももう遅い。俺はメスゴリラのマスキングとセロの愛の絆を接着したのだった。
「瞬間接着!」
そんな事が出来るのか、俺は半信半疑で二人の様子を見ていた。
セロとマスキングはお互いを見つめ合っていた。二人の間には俺が見ても分かるピンクのハートが飛び交っていた。
「マスキング、こんな俺にいつも付いて来てくれてありがとう」
「ウフォ、ウホ」
「よく見たら、お前は世界一可愛いな」
「ウホ♡」
ゴリラのマスキングはセロを優しく抱き上げると、茶屋を出て行ってしまった。
「瞬間接着って何でもくっつける事が出来るんだな」
俺は二人を見て、自分の能力に驚いたのだった。
「さっきのはセロ様じゃないか、のりよ、今からでも遅くないセロ様の嫁になったらどうだ」
ずっと奥にいて、これまでのセロとのやりとりを知らないのりちゃんの親父さんが奥から出てきた。
「おとっつぁん、何回言ったら分かるのよ。あたしは、ここから出て行ったりしないわよ。おとっつぁんは、あたしがここから出て行ったあと、若い女と結婚するつもりかも知れないけど、そうは行かないわよ」
「何を馬鹿な事を言ってるんだ! 俺はお前の事を思って……」
「嘘よ! あたしの事を思っているなら、あんな馬鹿貴族の元に行かせるはずないもの! おとっつぁんの馬鹿!」
「何を! 何も知らない小娘のくせに」
「確かにあたしは何も知らないかも知れないけど、あたしの幸せはあたしが一番よく知っているわよ」
「何を、生意気に!」
のりちゃんも親父さんも感情的になり、言い争いがエスカレートしていった。
親父さんはのりちゃんの事を思ってのこと、のりちゃんは親父さんを含めて両親の思い出があるこの茶屋の事を大事にしているのは第三者である俺にも伝わる。そして、その親子の絆はこの団子に込められて、美味さに繋がっているんだろう。
何が言いたいかって? 団子が美味い!
俺はセロが立ち去った後、無事に残った団子を、親子げんかを聞きながら頬張っていた。
みたらしとあんこの間に、温かいお茶を飲みながら考えた。
親父さんの言うとおり、のりちゃんがこの茶屋からいなくなると、おそらく親父さんの気持ちが沈んで団子の味は落ちるだろう。
そうであれば、のりちゃんが言うとおりのりちゃんは、この茶屋に残るべきだ。親父さんと仲直りした上で。
セロはあの通り、ゴリラのマスキングに夢中で、もうのりちゃんに変なちょっかいは出さないだろう。
ならば、話は簡単だ。
「瞬間接着!」
さきほど、セロとマスキングの愛の絆をくっつけたようにのりちゃん親子の絆をくっつければいいだけだ。
「どうして、分かってくれない。俺はのりの幸せな姿が見たいんだ」
「だったら、毎日見てるでしょう。あたしは、おとっつぁんと二人で、おかあちゃんが残したこの茶屋で働けるのが、一番幸せなの」
「本気なのか?」
「本気よ!」
「じゃあ、勝手にしろ!」
そう言って、奥に引っ込んだ親父さんが嬉しそうに涙を流しているのを俺は見逃さなかった。
それを、俺はのりちゃんに話すと、のりちゃんは慌てて、奥へと走って行ったのだった。