僕が小説を書けない理由 〜皆が「そりゃ書けないわな…」と納得してくれる言い訳を考えてみた〜
小説を書けない。書く気になれない。
そんな時に皆が「ま、そりゃ書けないわな……」と納得してくれるような壮大な言い訳を考えてみた。
小説を書きたい。書かなければならない。
だが、そう思いながらも書けない時があるのだ。
僕は今、南米コロンビアにいる。
何故そんなところにいるのか?
もちろん、旅行などではない。
麻薬王セルヒオ・コステロの牛耳っている巨大カルテル……それを摘発すべく派遣された、傭兵部隊の活動に帯同することになってしまったのだ。
摘発──とは言葉だけのもので、実際には戦闘行為を伴う危険な任務だ。
その証拠に、僕を含めた全員が防弾ベストを身に着け、銃火器を携行していた。
噂では常に百人以上の武装兵が警戒にあたっているというドン・コステロのアジト。
そこへ向かう装甲車の中は、南米特有の湿気と熱気が相まって、まるでサウナのように蒸し暑かった。
小さな窓しかない、狭い密閉された車内に3対3で向かいあって座る兵士たちの額やあごの先からは、ぽたぽたと汗が流れ落ちている。
そんな環境に文句を言う者は一人もおらず、各々が音楽を聴いたり、家族へメールしたり、入念に銃器の手入れをしていたりと思い思いに移動の最中のわずかな平穏を過ごしていた。
そこに悲壮感や緊張感といったものが希薄なのは、さすがに世界中の戦場を渡り歩いてきた傭兵たちならではの、一流の余裕とでも言うべきか。
しかし、僕はというと。
気持ちが昂り、なかなか落ち着かない。
せわしなく貧乏ゆすりをしながら、支給されたライフルの安全装置をカチカチといじくったり、肩にかけたスリングを伸ばしたり縮めたりと全く無為なことに時間を費やしていた。
「ヘイ、ミヤジ」
話しかけてきたのは、僕の正面に座っている、部隊のリーダーであるブランドンだ。
「緊張してるか?」
メンバーの中で最も従軍歴の長い彼は、面倒見が良く、リーダーシップに溢れた好漢で、戦闘行為そのものに不慣れな日本人である僕に対しても、他の兵士へそうするのと同じように、気さくに声をかけてくれる。
国籍も人種もバラバラな傭兵部隊の中であっても、ほぼ全員に慕われていた。
もちろん、僕だって例外ではない。
彼を失望させたくないと思い、僕は、まさか!と大げさなジェスチャーを交えて軽快に否定する。
誰が緊張してるって?奴らの血の海でダンスするのが待ち遠しいよ
と、威勢良く強がって見せた。
しかし、百戦錬磨のブランドンにとっては、僕の強がりが虚勢であることはお見通しだったようだ。
チ、チ、チ、と舌を鳴らし、僕を諫めた。
「ノーノー、やめろ、自分を誤魔化すなよミヤジ。どんなに強がっても戦場にはリアルしかない。楽観も悲観も価値が無い。つまり、全てを受け入れた上で、呑み込むんだ」
なるほど。
含蓄に満ちた一言。
僕はその言葉に対して、頷いて同意を示した。
そして、
そうさブランドン、白状する。すごくビビってるよ。
と、正直に打ち明ける。
すると、その答えとしてブランドンの大きな手が僕の肩をパンと強く叩いた。
痛い。
でも、彼の持つ、歴戦の気合とでもいうか、そういったものを直接注入されたような気がして、僕の緊張は少しだけほぐれた。
本当に頼りがいのある男だ。
僕は、ブランドンにミッション成功の秘訣を尋ねてみた。
彼の答えは簡潔で明快だった。
「まずは目標を設定することだな。生きて帰ったら何をするか?お前は何をしたい?」
率直な問いに対して、僕も正直に、小説を書きたい、と答えた。
どんなジャンルだと問われたので、忸怩たる思いを抱きながらも、アホなライトノベルだと答え、構想中のストーリーとキャラ設定もかいつまんで話した。
異世界、無双、転生、スローライフ。
そして、絶対に必要なのは、かわいい女の子たち。
なんだそんなもの、と笑われるかと思ったが、ブランドンは最初から最後までいたって熱心に耳を傾けてくれた。
「いいね」
最後まで黙って聞き終えると、彼はそう言って頷く。
「バカバカしいがいいもんだ。物語の中だけでも夢と希望を信じたいぜ」
夢と希望。
彼が口にするその言葉は、余人が語るそれよりも数倍の重みがあるように感じた。
常に戦場にいる彼らは、どれほど過酷な現実を見てきたのか。
誰もが醜いものからは目を背けてしまうが、世界は綺麗ごとだけではないのだ。
戦いに赴くために愛する女を捨てる。
生き残るために友情を育んだ仲間を見捨てる。
友好の名のもとに金の絡んだ汚い交渉はいくらでもする。
腹が減ったら地面を掘って虫を探し、喉が渇けば雑菌の塊である汚泥を啜るのが戦場の現実だ。
破邪の剣も神殺しのスキルもハーレムも、すべてはヤワな夢物語。
小指の先ほどの小さな鉛の弾に、容易に命を奪われる世界に僕らは今、生きているのだ。
では、そんな彼らの希望とは?
僕はブランドンに逆に尋ねた。
生き延びて、あなたはどうする?
「そりゃもちろん、無事に家に帰るのさ。」
ブランドンはそう言って袖をまくり上げ、手首のタトゥーを見せてくれた。
SARA
そして、その隣には
MIC
とある。
「妻と息子」
そう言ってほほ笑む顔は、とても傭兵とは思えない。
きっと戦場を離れた際には、よき夫であり、よき父なのだろう。
「サラとの出会いは──」
ブランドンが、奥さんとの馴れ初めを自慢げに語り始めようとした時である。
「RPG!」
運転席に座っていたジョーが叫ぶのとほぼ同時に、すさまじい衝撃が装甲車を襲った。
奇妙な浮遊感の中で、世界が二回転、三回転する。
車内の人間も物も、当然僕も、天井にぶつかり、床に頭を打ち、転げ、倒れる。
何が起こったのか?
ようやく動きが止まったところで、今度は激しい銃声が地鳴りのように巻き起こり、装甲車の隔壁にギンギンと銃弾がぶつかる音が狭い車内に鳴り響いた。
そして、理解できた。
攻撃を受けたのだ。
ジョーが叫んでいたRPGというのはロールプレイングゲームのことではなく、ロケットランチャーのことだ。
その直撃を受け、装甲車が何回転もしたのだ。
理解はできても、いまだに意識が朦朧として寝そべっている僕に、ブランドンが這いより、声をかけてきた。
銃声に負けないよう、彼は耳もとで大声を張り上げる。
「無事か!?」
僕はなんとか手を挙げ、それに答える。
大丈夫、生きている。
手も足も体にちゃんとついている。
首も変な方向に曲がってはいなかった。
「よし!意識がしっかり戻ったら銃を構えろ!手荒い歓迎に答えてやらんとな!」
ブランドンはこんな状況でも笑っていた。
いや、彼だけではない。
先ほどまで天井だった床の上で寝そべっているのは僕だけで、ベアもTJもギルロイもアレハンドロも、全員が銃器と弾倉を確認し、戦闘態勢を整えていた。
誰一人として怪我をした様子の者はおらず、臆する気配さえない。
「ベアとギルロイが援護する!車外に飛び出すぞ!TJについて行け!お前たちがポイントマンだ!」
僕は慌てて跳ね起き、TJの背後に着く。
TJは僕の肩を叩き、僕はそれに応えて親指を立てて見せた。
二人で、装甲車のドアを少しだけ開く。
アレハンドロが僕たちの傍に移動し、手榴弾のピンを抜いた。
「グレネイド!」
叫んで2つ、素早く車外に放り投げる。
その爆発と同時にTJが装甲車の扉を蹴り開いた。
「いくぞ!」
「いきましょう!」
僕は銃の安全装置を解除して、TJに続いて勢いよく車から飛び出した。
恐怖はどこかへ行っていた。
そういうわけで、今日は小説を書けそうにない。