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魔法の自主トレをしてみました

 問題なくクエストを受領できた瀧本は、『ランプを持った猫』で夕食をとり、ウェイトレスに絡まれないうちに部屋に引っ込んだ。


 ドアの開閉を繰り返しながら、ほとんど中身が減ることのなかったずた袋を仕舞い、師匠に借りた本を一冊取り出した。——魔法の基礎の本と言って出てきたものだ。


 早速ベッドに寝っ転がって本を広げる。几帳面そうな小さい字が並んでいる。魔法という概念の説明から始まる師匠お手製のノートは、魔法への理解を深める手助けになった。行動しながら理解するよりも、先に理論を身に着けてから実践したい瀧本にとっては非常にありがたい。


 通学用鞄からルーズリーフとボールペンを取り出し、教科書を代替わりにしてメモを取りながら読み進めていく。机が無いのは不便だ。宿泊料が安いため文句は言えないのだが。


 魔法属性は火、水、氷、雷、地、風、光、闇、聖に分類されるが、それらの境界は曖昧な部分もあり、術式が似通っているものもあるという。属性は誕生時には宿っているものであるが遺伝等の関連は不明、一説によると属性と性格の関連を指摘されることもあるが、仮説レベルの話である。何だが星座占いや血液型占いを思い出した。


 もう少しで序章を読み終わるタイミングで、ランタンの明かりが暗くなった。中の蝋燭が燃え尽きようとしているようだ。下に降りて新しい蝋燭を貰いに行くのも面倒だし、窓を開けさえすれば虫は入ってくるだろうが月明りだけでも読み書きはできる。むしろ雷属性があるなら電気が普及しそうなものだと思うが、それを今追及する意味はない。


 ふと、瀧本は自分が発光人間になれることを思い出した。ベッドの上で胡坐を組み、精神を集中させる。魔力の流れが良くなったためか、はたまた慣れてきたためか、すぐに温かい光に包まれた。光はぴったりと瀧本の身体にくっついおり、あたかも瀧本の肌が発光しているかのように錯覚させる。このままでは眩しくて本を読むどころではない。


 ————身体から離れてくれないか。


 そう念じてみると、から5cmほど瀧本から浮き上がるように離れた。瀧本の輪郭線を忠実に再現したまま一回り大きくなった形だ。もっと大きく話せば室内灯代わりにできるのではないだろうか。その閃きを実現させるため、さらに瀧本は想像力を膨らませて念を送る。


 ————もっと身体から離れて、天井に張り付くんだ。


 シーリングライトのような半球状の光を思い浮かべる。リビングで勉強する時のような、光が部屋全体を照らし、手元の本に光が当たっても眩しさを感じない程度が理想だ。


 瀧本を覆っていた光は液体のように揺れながら球体になり、毬のように跳ねると、天井に張り付いた。再び球体になって天井をコロコロと転がる様は見ていて楽しかったが、居場所を定めたのか直径40cmほどの半球状に延びて動かなくなった。黄色に近い灯が天井から降り注ぐ。リラックスムードならば問題ないが、今はその時ではない。


 ————白く光ってもらいたいのだけれど。


 リモコンで切り替えをする時のようにはいかないが、2拍ほど間をおいて白色に変わった。LED電球とまではいかないが、白色電球並みの明るさだ。カバーが無いため、直視すると結構眩しい。


 瀧本を覆っていた光は多少薄くなっているが消えてはいない。


 ————天井の灯を残して自分の周りの光だけ見えないようにできないかな?


 目を閉じて普通に勉強している自分を思い浮かべる。目を開けると、望んだ通りになっていた。魔法が使えるようになったわけではないが、少しだけ調子に乗りたくなって声を出して笑った。


 これほど楽しい気分になったのは久々だ。この世界に来る前も愛想笑いは日常的にしていたが、子どもの頃のように無邪気に笑うことは無かった。万能感を感じるにはまだまだ早すぎるのであろうが、思い通りに魔法を操ることが面白いと初めて感じた。


 さらなる知を求めて本のページを捲る。魔法概論の次は魔力操作についてだった。師匠に聞いた通りの内容が書かれていたが、応用編の所で手が止まる。《探知》について書かれていた。昼間無意識に《魔力探知》を使っていたことを思い出した。


 《探知》は《魔力探知》、《五感探知》、《温度探知》に分けられる。それぞれの項目を斜め読みした結果、《五感探知》を試してみることにした。一度天井に張り付けた魔力を戻し、今度は壁や床を越えて部屋の外まで広げていく。


 綺麗な球体ではなく、歪な形をしながらもじわじわと沈み込むように消えていく。見えなくなったが、失敗した訳ではない。光の輪は静かに隣の部屋や食堂に伸びていく。


 少しでも気が逸れれば、あっけなく失敗してしまうような気がした。集中するあまり瀧本の額には大粒の汗が浮かんでいる。


 そうこうしているうちに20分ぐらい経っただろうか。何となく建物の内部を完全に覆えたような感覚があった。2回大きく深呼吸をして、瞼を閉じたまま見ようと目を凝らす。


「————っ!」


 大量の情報が無秩序に配置されていた。大口を開けて笑いながら、分厚いステーキに齧りついている熊のような大男、空室、剣の手入れをしている冒険者、フライパンを振りながら料理を作っている店主、談笑しながらエールを飲み交わす若者たち————。


「————か…はっ」


 位置関係を無視した、下手なコラージュのように断片的に切り取られた映像を見ていると、乗り物酔いした時のように猛烈な吐き気が込み上げてきた。たまらず《探知》を止め、何も見まいと言うように瞼を固く閉じ、ベッドにうつ伏せに倒れる。生唾を飲み込む音が嫌に大きく聞こえた。荒ぶる獣のように大きく肩を上下させながら空気を貪るように呼吸をしていたが、不快感が消えていくにつれ平静を取り戻してきた。


 落ち着いたところで他人のことを無断で覗き見してしまったという罪悪感が一気に押し寄せてきた。言い訳にしかならないことは分かっているが、断片的だったとは言え、あそこまで詳細に見えてしまうものだとは思っていなかったのだ。


 後悔とも懺悔ともつかない気持ちが混じった溜息を吐く。対象者一人一人に謝罪したところで不審に思われるだけだ。そもそも宿屋で実験するべき内容ではなかったのだ。少し考えれば分かることなのに、思い上がっていた自分がすごく恥ずかしい。


 魔法の練習は絶対に屋外で行うことを心に誓う。照明代わりの魔力の塊を天井に張り付け直し、師匠のノートをひたすら読み込むことにした。


◇ ◇ ◇


 瀧本が《五感探知》を行った事を反省していた頃、街を守る門番達は閉門に向けての準備を行っていた。急ぎ足で帰ってきた冒険者の列を捌き、夜間見張りを行う者への申し送りをする。申し送りとは言っても、今日のメインイベントは既にこの街に住むものならば全員が知っていることなのだけれど。


 定刻となり重たい鉄門を閉じ始めた時、森に続く街道を1人の冒険者が歩いているのに見張りが気付いた。閉門時の確認の際にはいなかったはずなのだが、闇の中から忽然と現れたその冒険者に不信感を抱く者はいなかった。


「やあ、どうも。ぎりぎり間に合ったようだね。助かったよ」


 気安げに話しかけてきた冒険者は、門番の返事を待たずに流れるような動作で冒険者カードを差し出す。反射的に受け取ったそれを確認する門番を冒険者はにこやかにみつめていたが、身のこなしには隙が無かった。


「Cランクの冒険者、テオドラ・メルクーリさんですね」


 カードを返しながら、門番は素早く冒険者の身なりを確認した。ゆるいウェーブのかかった金髪は日に焼けてくすんでおり、雑に一つ括りにされている。羽織っている外套は継ぎ接ぎや穴が目立つ。全体的に重装備ではなく、籠手を装備していることから拳闘士なのだろう。


「この街に来た目的は何ですか?」


「修行の旅をしていてね。路銀も少なくなってきたから、ちょいと稼がしてもらおうと思っているよ」


 慣れた様子で淀みなく答えた内容におかしな点は何もない。


「いやあ、森の中で白猛牛(エーロイオ)に遭遇してね。良かったらお近付きの印に」


 そう囁きながらテオドラはさっと葉に包まれた大きな肉を差し出す。白猛牛は巨大で非常に獰猛な牛の魔獣だ。大きな角が武器で突進攻撃一辺倒であるため、分厚い肉の鎧さえ攻略できれば討伐は難しくない。肉は非常に美味で市場に回れば高値で取引される。


 あからさまな袖の下だが、家で待っている子供たちの顔には勝てずに受け取ってしまう。


「では、ご機嫌よう」


 表情筋が弛緩しきった門番に見送られながら、テオドラは颯爽と門を潜った。


◇ ◇ ◇


 ブーツの靴底に仕込まれた鉄板が石畳とぶつかるたびに甲高い音をたてる。以前この街に来た時には見られなかった喧噪を堪能することもなく、足早に冒険者ギルドへ向かう。口元は笑みを浮かべたまま、目は獲物を捕らえようとする獣のような光を湛えている。


 冒険者ギルドの扉を開けると、蝶番が不快な悲鳴を上げた。特に構うこともなく、一直線にカウンターに向かう。


「素材の買取をお願いしたいのだけれども」


 眼鏡を掛けた無表情の受付——マルチダの前に素早く白猛牛の角、皮、肉を並べていく。


「採れたてほやほやだよ」


 おどけた様に言って見せたものの、マルチダの表情は変わらず事務的に鑑定を行っている。対するテオドラも気にした様子もなく、口元だけの笑みを浮かべている。


「鑑定終わりました。角、皮共に良好な状態ですので金貨1枚、肉はヒレやモモ等の部分を提供して頂ければより高値がつきますが、いかがでしょうか」


「残念。すでに私のお腹の中だ」


 ぽんぽんと腹を叩いて見せる。


「では、銀貨30枚になります」


「そ。銀貨10枚だけ頂戴。後は口座にお願い」


 ギルドカードを差し出し、硬貨を受け取る。


「あ、お姉さん。良い感じの討伐依頼無い?」


「Cランクでしたら、トロール討伐の依頼があります。もしもBランクの依頼もこなされるようでしたら、重鋼鰐(スコースダイル)の討伐依頼があります」


 テオドラは悩まし気に人差し指を頬に当てる。


「どっちも魅力的だね。両方受けたいところだけど…」


 流し目も添えてみるが、マルチダ相手には効果がない。尤も、小動物程度ならば視線で射殺せそうなほど眼光鋭いため、性的な魅力を感じる者は皆無に等しいだろうが。


「あら、残念。————じゃあ、Bランクの方を受けよう」


 少しも残念そうではない口調でテオドラが言うと、マルチダが片手を挙げた。クエスト掲示板に貼られた1枚の依頼紙が風に煽られたように大きくはためき勢いよく飛び出した。それは吸い込まれるようにマルチダの手に納まる。


「お姉さん、カッコイイ☆」


 ピュウっと口笛を吹いて見せても仏頂面が動くことは無い。構うことなく差し出された依頼表に目をやるが、読み込む気はさらさらない。


「要するに、全滅させりゃあいいんでしょ?」


 マルチダの片眉がぴくりと動いた。


「南西にある農村の水源にもなっている湖に居ついてしまった群れです。バカリャパーチの養殖の方にも被害が出ているようですね」


「じゃ、全滅させてしまっていいわけね」


 テオドラは上機嫌に嘯く。目の錯覚ではなく、口の端から涎が垂れている。


「ち・な・み・に、トロールは何匹の群れなの?」


 手で口元を拭いながら、明日の天気の話をするような口調で尋ねる。


「20人ほどと聞いています」


 あくまで淡々と答えるマルチダに、テオドラは目を細める。


「あ、そう」


 ねっとりと絡みつくような笑みを浮かべ、片手をひらひらさせながら、カウンターから離れていった。


◇ ◇ ◇


「おばちゃん、これを焼いて下さいな」


 ギルドの食堂に移動したテオドラは、白猛牛のヒレ肉を差し出す。目元もしっかりと緩めて人畜無害そうな笑みを作る。


「誰がおばちゃんだい。お姉さんと呼びな、お嬢ちゃん」


「おっと、これは失礼。焼き方はブルー(ほぼ生)でよろしく。ついでに葡萄酒もね」


 ジョークにはジョークを。おまけにチップははずむ。人間関係を円滑にするためのちょっとしたコツだ。


 肉はすぐに焼き上がった。胡椒とニンニクの香ばしい匂いが食欲をそそる。おまけに黒パンまで添えられていた。葡萄酒のアテには最高の組み合わせだ。思わず口元が緩む。


 トレーを持って、空いている席を探す。賑やかな集団の斜め後ろに座る。さり気なく魔力を纏い、存在感をアピールしておく。


 葡萄酒で口を潤し、肉を食べる。調理された肉を食べるのは久しぶりだった。おそらく美味しいのだろう。不自然にならない程度の速さを意識しながら食事をすすめる。


「隣、いいか?」


 後ろで騒いでいた集団の一人が声を掛けてきた。ガタイの良い大男だ。大ジョッキが小さく見える。


「見ない顔だが、どこから来たんだ?」


「修行の旅の途中でね。西の方の田舎の出だけど、気ままにフラフラしている感じ」


「ソロ…なんだよな?」


「周りには薄情者しかいなかったもんで」


 男は苦笑しながらエールを飲んだ。


「やり手のように見えるが、ランクは?」


「Cランクさ。護衛任務なんざしたくないんでね」


 男は得心がいったように、そうかと呟いた。Bランクになれば大手の商会から指名依頼が入ることがある。楽な仕事で実入りは良いのだが、目的のある旅をしている身では旨味は少ない。


「でもねー、昇格試験受けてもいいかなと思ってはいるんだ。故郷に帰ろうかと思っていてね。箔つけておきたいし。この街ではどういう試験なのか知ってる?」


 人好きのする笑みを浮かべてペラペラと喋ってみれば、男は少し考え込んだ。


「俺たちもCランクで、チャンスがあれば…とは考えているところだ。だが————」


 気まずそうに言い澱み、エールを飲んで一息ついた。


「昇格試験を受けた冒険者はいるが、Bランクになれた者はいない」


「へえ…?」


 続きを促してみても、男は小さく首を横に振るばかりだ。


「どのような依頼なのかは話が全く出回っていなくてな…。ただ、顔なじみの奴らが、昇格試験を受けると言ったきり姿を見せなくなっちまった。他にも将来有望だと言われた奴らがいなくなった」


 彼らの顔を思い出したのか、男は重い溜息を吐いた。


「でも案外、他の街で元気にやっているかもしれないよ?」


 気休めの言葉に、男は愛想笑いを浮かべた。テオドラにとっては所詮会ったこともない者達の事なのだ。


「コースータースー、こっそり口説いてんじゃねーよー」


 気まずい空気を消し去るように、コスタスに後ろから勢いよく肩に腕が回された。声を掛けてきた男の持っていたジョッキからエールが跳ね、テーブルを濡らした。


「やあ、どうも。すまないが、口説かれるほど美人じゃないんだ。残念だったね」


 努めて明るく言ってみると、屈託のない笑顔が返ってきた。


「初めましてだよね?Cランクパーティー最果ての光(トゥーレ・ポース)のリーダー、カロンだよ。よろしくね」


「テオドラ。修行中のCランクの拳闘士だ。」 


 握手を交わす。籠手を外すのを忘れていたが、冒険者同士なので問題ないだろう。


「コスタスには、昇格試験の相談にのってもらっていたんだ。折角の団欒の時間なのに、彼を独占してしまってすまないね」


 さりげなくカロンにも探りを入れてみる。


「あー…、マルチダちゃんのことだから、確実なところに声を掛けているハズだけどね…」


 若干笑顔に困惑が混ざった。敢えてそこには触れずにおくことにする。


「マルチダ?」


 カロンはギルド受付の方を親指で指した。


「受付のおっぱいの大きい眼鏡っ娘ちゃん」


「ああ、彼女か。若いけど、仕事ができる人って感じだよね」


 全く喋らなくなったコスタスの顔が赤くなっていた。まあ、そういうことなのだろう。


「マルチダ嬢は、ここのギルドに来て長いのかな?」


 カロンとコスタスが顔を見合わせた。テオドラは悠然と葡萄酒を口に含む。


「んーとね、1年ちょいぐらいだと思うよ?」


「そのぐらいだな…」


「ふうん。じゃあ、Bランクになった冒険者がいないのもこの1年ぐらいの話かい?」


 カロンは一瞬大きく目を見開いたものの、すぐに笑顔に戻った。


「そうだね。…まー、ここは辺境とはいえ平和な方だから、有望株はすぐいなくなっちゃうのもあると思うけどね」


「若いのは刺激がある方が良いだろうな」


「君たちだって十分若いだろうに…」


 随分年寄り臭い会話になってしまったことに苦笑いが漏れる。


「まあ、コツコツ依頼をこなしてマルチダ嬢に認められるように頑張ってみよう。楽しい話をありがとう」


 2人に笑顔で礼を言って、テオドラが立ち上がる。一応、知りたい情報は聞くことができたため長居は無用だ。


 冒険者ギルドを出て、賑やかな通りを歩く。するすると人通りが少なくなる方に向けて路地を抜けていく。


「————駒が要るな」


 テオドラの表情からは一切の感情が抜け落ちていた。


「都合よく、切っても障りが無い、駒が要る」


 角を曲がった直後、テオドラの姿は跡形もなく消えていた。


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