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リンチを伴わない修行ですか。なら最初から…

風邪ひいてました。皆様もご自愛ください。

 師匠が同じ転移者で、同じ日本人であった。その事実を知った瀧本は、何度も殺されては生き返された怒りが親近感に塗り替えられていく。


 師匠は忌々しそうに舌打ちをしてフードを被り直した。何も聞くなという空気が滲み出ていた。


「————魔力操作の方法を教えておく」


 講義モードに切り替わったので、瀧本も姿勢を正す。


「魔力は血液のように全身を循環している」


 師匠は座禅を組むように座った。瀧本も見様見真似で師匠と向かい合って座る。


「目を閉じろ。————血液の流れを意識しろ。心臓の拍動、頭の先、手の先、足の先に至るまでの流れを感じてみろ」


 言われた通りに目を閉じ、心を落ち着けて自分の鼓動に集中する。緊張しているためか、ドクドクと忙しなく脈打っている。心臓から出て、頭の先に向かう。顔面が紅潮するのに似た感覚があった。次に、手の先への流れを意識する。胸の辺りから、両肩、二の腕、前腕、掌と順に温かいものが流れていった。同じように腹と足にも意識を向けていく。


 頭と四肢が熱を持ったように熱くなったところで、師匠が口を開いた。


「今度は心臓に戻る流れを意識しろ」


 何となく勝手が掴めてきたので、最初よりもスムーズにできた。身体の末端に集中していた熱が均等に全身に行き渡っているように感じる。


「これが体内の魔力を完全に支配した状態だ。澱が無くなり、魔力の無駄が全くない」


「はい」


 声を出すと意識が揺らいだ。


「最初にしては上出来だ。————では、体内の魔力を外に出す練習だ。魔力で自分の身体を包んでみろ。息を吐いたり指先から出したりするイメージだな」


 言うのは易し行うのは難し。外に出すために指先に意識を向けると、魔力が偏ってしまって上手くできない。息を吐く方を試してみるが、布のような塊にならずに霧散してしまう。


「少しずつ出す方法ではダメか。————心臓から一気に放出するイメージではどうだ」


 心臓の脈動を意識する。身体がだんだん火照ったように熱くなっていく。鼓動が鳴ったタイミングで————広がれ!


 経験したことのない感覚に無意識に武者震いしてしまった。身体が心地よい温もりに包まれてふわふわ浮いているような、雲に乗っている夢を見ているような感じだった。


「目を開けてみろ」


 瞼を上げると、視界がチカチカしてすぐに目を閉じてしまった。恐る恐る薄目を開けて目を慣れさせてから目を開いていく。


「うわあ」


 薄黄色の光に包まれていた。目の前の師匠は青白い光に覆われているため、人によって色が異なるのかもしれない。


「この感覚を覚えておけ。今の状態で魔法を使うことで魔力消費量が抑えられる。常に維持できるようにしろ」


「…目立ちすぎませんか、これ?」


 今の瀧本は完全な発光人間だ。人に見られてしまえば騒ぎになるのは間違いない。


「凡人には見えるものではないが、…ほう、見えるのか…」


 師匠は意外そうに何事か呟いていた。


「目を閉じろ。————何が見える」


 変なことを言うものだ。何も見えるわけがないと思っていた時期が瀧本にもありました。


「…え?」


 青白い光の球が見えた。


「光が…見えます。師匠の周りに見えたのと同じ色です」


「ほう。では、深呼吸を2回して、何も見ない(・・・・・)つもりで目を開けろ」


 相変わらず矛盾の塊みたいな事を言う。


 深呼吸しながら心を落ち着かせる。そして何の期待も抱かずに目を開けた。


「あ…光が…」


 自分が纏っていた光も、師匠を覆っていた光も無かった。


「お前が無意識に行っていたのは《魔力探知》だ。魔力を見ようと思えば見ることができる。ヒトでもそれ以外の生命体でも」


「人でも…魔獣でも?」


 要するに未知の場所の探索や行方不明者の捜索に役立つということか。どのような魔獣が近くにいるのかが分かれば、回避するか迎撃するか事前に選択できる。ソロでもパーティーを組んでいても必要度は高くなるだろう。


「《探知》スキルには他にも種類がある。複合的に使えるようになれば様々な場面で役に立つ」


「僕でも使えるようになるでしょうか?」


 魔法を使う者として、ようやくスタートラインに立ったばかりだ。一朝一夕で師匠のようになれるわけがないことも分かっている。


「知らん」


 ぶった切られた。


「今日はこれで終わりだ。——課題を出す。常に《魔力操作》をしておけ。寝ている間もな。夜に刺客を放つ。てめぇの魔力に触れれば消える。全て防げ」


 師匠は徐に何もない空間から何冊もの本を取り出した。


「今日説明した内容も書いてある。閲覧権限は与えたが、更新権限はない。てめぇはてめぇのノートを作れ」


 一冊試しに捲ってみたが、左のページには小さい字がびっしりと書き込まれており、右のページには魔方陣が描かれていた。説明文はこの世界の言語であるため、多少読めるようになったとはいえ、それなりに時間がかかりそうだ。


 本を閉じて積み重ねていく。抱えて帰るのは難しそうだ。


「…《収納》できないのか」


「魔法を使ってできるのですか?」


 師匠は再び何もない所から木箱を取り出した。


「開けてみろ」


 言われるがまま蓋を上げるが、何の変哲もない普通の木箱だった。


「閉じろ。——仕舞いたいものをイメージしながら開けろ」


 ここにある本を全て仕舞う。そう念じながら蓋を持ち上げると、そこには文字通り何も無かった(・・・・・・)。木箱の底もなく、漆黒の闇が底なし沼の如く広がっていた。


「空間魔法の1つだ。そこに本を入れておけ。普通はてめぇ専用の空間に収納されるが、その本はあるべき場所に帰る。読みたい時にはどの本が欲しいかイメージすれば取り出せる」


 本の目録も渡された。それはポシェットに仕舞い、箱の中に本を入れていく。全て入れ終えた後は蓋を閉め、再び無心で開けてみると、最初にみた木箱の底があった。


「あと、これもやる」


 師匠が投げて寄こしてきたずた袋を受け取ると、軽い金属音と共にずしりとした重さを感じた。


「え…と、受け取れないです」


「諸々の必要経費だ。当分収入など無きに等しいのだから持っておけ」


 何日分の生活費用なのだろうか。これだけあれば、難なく装備一式揃えられるだろう。


「間違っても武器を買うなよ。ここではボロしか手に入らないぞ」


 瀧本の思考を読んだかのように、師匠の言葉が飛んできた。


「必要な武器は明日にでもくれてやる。取り敢えず、値は張るが画材と画用紙を買ってこい。あと、ギルドで採取依頼があればそれも受けてこい」


 あまりにも大金であったため、これも木箱を開けて《収納》した。仕舞い終わると木箱は師匠によって消え去った。


 瀧本は師匠のように何もない空間から取り出そうとしたが、手は空を掻くばかりだ。


「箱を開ける、ドアを開ける、引き戸を開けるというイメージをするか、慣れるまでは実物を触りながらやるといい」


 画材一式がどれほど値が張るは分からないが、値段を調べてから必要な金額だけを出して行くことにしよう。


 全て終わったというように、師匠が展開した《魔法障壁》を解除した。ここに来てから大分時間は経っていると思うのだが、日は全く傾いていない。


「この輪の外を《時間停止》していた」


 いろいろと世界の法則を無視しているような…。規格外な人だとつくづく思っていると、街の近くまで転移すると師匠に声を掛けられた。


 気が緩んだところで、師匠の事を聞いた時から気になっていたことを思い出した。気になってしまうと止められず、矢継ぎ早に質問をしてしまう。


「師匠はっ、何県の人なんですかっ?平成?令和?何年にこっちに来たんですか?寂しいとか戻りたいとか、なかったんですか⁉」


「てめぇと慣れ合うつもりはねぇよ。———二度とそういうことは聞くな。殺したくなる」


 ぶっきらぼうに言っているが、瀧本には師匠が抱えている孤独の片鱗が見えたような気がした。


「転移者についてどこまで知っている」


 てっきり怒らせてしまったものと思っていたため、変わらないトーンで問いかけてきた事に瀧本は驚きを隠せなかった。


「違う世界から突然来た人のことで、この世界の人よりも優れた能力を持っていると聞きました」


 言いながら、胸がズキリと痛んだ。転移者というだけで勝手に期待され、勝手に失望された事は、忘れたいのに頭の片隅から離れてくれない出来事の1つだった。


「そうだな」


 師匠は何かを思案するように、顎に手を当てて少し上を向いた。


「転移者が落ちてくる頻度にはバラツキがある。5年しか空いていない時もあれば、100年以上いなかった事もある」


「では、今も僕たち以外の転移者がいるかもしれないんですか⁉」


「…さあな」


 食い気味に尋ねる瀧本に対して、師匠は含みのある笑いを返した。


「記録上では…という言い方になってしまうが、把握されている限りではいないとされている」


「記録…戸籍ということですか?」


 瀧本もこちらに来た際には諸々の手続きを行った。


「アウラリーディア王国憲法第3章第1条を知っているか」


 瀧本は首を横に振った。


「200年前に制定された条文だ。————転移者の保護、情報管理、各国との連携について書かれている。この前の戦争後には、この大陸の国の全ての憲法に追加された項目だ」


「保護と情報管理ですか…。囲われているようで何か嫌ですね…」


 師匠は口元を歪めた。


「お前が言ったように、転移者はこの世界の住人よりも能力が秀でている。何もなしで市井に放り出してしまえば、差別されたり使い捨ての駒にされたりすることもあるからな。把握されている限りでは、転移者の1/3は自ら命を絶っている」


「自殺…」


 心臓がすうっと冷たくなる感覚がした。


「————望んでこちらの世界に来た者などいない。皆が順応できるわけではないよ」


 仄暗さを感じさせる声音で呟かれた言葉は、するりと瀧本の心の中に入ってきた。


 師匠は1つ溜息をついた。


「詳しいことは話すことができないが、この世界の他にも幾つもの世界線が存在している。我々がいた地球がある世界線と同様に生命体が存在するものも複数ある。そして世界線は今もなお増え続けている」


「では、地球以外の世界から来た転移者もいるんですか?」


 師匠は小さく頷いた。


「記録を見る限りでは、転移者の元の世界も落ちた先も様々だった。持ち合わせていたスキルもな」


「スキル…ですか?」


 瀧本は、設計、巧緻性、戦略というスキルを冒険者カード作成時点で持っていた。


「これはあくまで仮説ではあるのだが…、元の世界での職業と転移中に抱いた願いが関連していると思っている」


「転移中の…願い…」


 瀧本はロボコンに出られないことへの絶望感があった。また、設計図を描いたり、実際に制作も行っていたりしたのでそれなりに手先は器用な方だと思う。それなら、あれらのスキルを持っているのは妥当なところなのだろうが、どうせなら❝勇者になる❞とか、❝大金持ちになりたい❞とか思っておけば良かった。


「師匠は…何を願っていたのですか?」


 答えてくれないだろうという瀧本の思いとは裏腹に、師匠は事も無げに言い放った。


「私は————世界を呪う力が欲しかった」


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