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修行?いいえ、リンチです

 書いている途中で納得がいかず書き直しました。ひらすら瀧本が師匠にボコボコにされて、何回か死にます。

 師匠が展開した転移魔法で飛んだ先は、森の中の開けた場所だった。ついて早々、瀧本は師匠に指示されるがまま木の枝で直径10mほどの大きな円を描いていく。


「できました」


 木の枝を手放し、師匠に声を掛ける。師匠は瀧本を待つ間、転移先で待機していた紅い鳥の側にいた。


「よし。では円の中に入れ」


 瀧本は線を越えて一歩中へ入った。紅い鳥は瀧本の一挙一動を具に観察しているかのように、大きな目を向けている。


「紹介だけしておこう。使い魔のオートリだ。戦闘特化の種族ではないが、非常に利口で魔法も使える。こちらの言葉は理解できるが、『念話』のスキルが取得できていないと会話はできない」


「…瀧本友紀です」


 試しに名乗ってみると、視線は瀧本に合わせたまま軽く頭を下げられた。そういえば師匠に自己紹介していなかったように思うが、特に気にされていないようなので大丈夫なのだろう。


「お前、魔法を展開する時に必要なものは何か知っているか」


「…魔方陣や詠唱、あとは発動に必要な十分な魔力です」


 瀧本が答えた直後、何とも言えないような違和感があった。不思議に思い辺りを見回してみると、先程瀧本が描いた円が淡く発光し、薄い煙のようなものでできた壁が出現していることに気が付いた。


「——では、私が今発動した魔法はどう説明する」


 瀧本が振り返ると、かすかに魔力の気配を感じた。


「これは……」


「お前が描いた線上に《魔力障壁》《防音》《透過》《気配遮断》《時間操作》を混ぜたものを展開した」


 師匠の方を見ていたが、詠唱はおろか指先1つ動かしていなかった。


「魔法の発動に最も必要なものは“イメージ”だ」


「イメージ……ですか?」


 想像していなかった答えに、瀧本は面食らう。


「魔方陣、詠唱——これらは単に、魔法が発動した時のことを強く想像させる材料に過ぎない。重要なのは、自分がどのような魔法を、どのくらいの威力で発動するか、具体的に想像していることだ。《火球》を使うのに、《フォティア・スパイラ》か《ファイヤーボール》と唱えるかなど些事な問題だ。はっきりとしたイメージがあればどちらでも良い。また、長々と詠唱することは、相手に攻撃する余地を与えるだけでなく、発動する魔法を勘付かれてしまう。実践で詠唱する奴はクソだ」


「そんな…ことで、魔法が使えるのですか?僕は無属性しか持っていません。僕がどんなに強くイメージしても、《火球》の発動ができるはずがないです」


 瀧本が反論すると、師匠の口元が歪んだ。フードで隠れているが、不機嫌そうな顔をしているのだろう。


「それは前時代的な考え方だ。“ 生まれ持った属性の魔法しか使用できない”、というのは誤りだ。正確には、“ 生まれ持った属性の魔法は特別な修練なく使うことが出来る”ということだ。しかし、属性が無い魔法の習得はすぐには難しい上に、属性を持つ者に比べて魔力消費量が多くなる。これは、魔力の質に属性が関係しているためだと言われている。今のお前が《火球》を使えるかと言われれば答えは“No”だ」


 瀧本の喉がゴクリと音を立てた。


「…お前はさっき、魔法の発動のためには十分な魔力が必要だと言った。同じ魔法を複数人に発動させた場合、それぞれの魔力消費量は違う。これは周知の事実だ。だが、それが何故か説明できるか」

「使い慣れた魔法であれば、少ない魔力で発動できるからではないのですか?」


 師匠は1つ頷いた。


「それもあるが、それが全てではない。では、魔力はどこに宿っているか分かるか」


「魔力は精神との結びつきが強いと本に書いてありました」


 師匠の口元がさらに歪んだ。


「それも前時代の常識だな。魔力は、血液のように全身を循環している。その流れは、精神を集中して強く意識することが無ければ感知できない。ヒトのもつ最大魔力全てが循環しているのではなく、一部は澱のように固まってしまっている。意識的に魔力を流してやることで、澱を溶かし、体内に秘めたる全ての魔力を活かすことが出来る」


 師匠の説明は、今まで読んだどの本にも書かれていないことであった。瀧本は、何とか自分の魔力を感じ取ろうとしてみたが、全く手応えが無かった。


「ここまでは、ヘイパーストスの学院の新入生最初に学ぶ内容だ。魔力の流れを感知し、自在に魔力操作する方法は後で言う。次は実践だ。お前に無属性魔法を見せてやる。——何回か殺すだろうが、生き返らせてやるから安心しろ」


 不穏な台詞を吐く師匠に内心ビビりながら、5mほどの間隔をとって向かい合う。


「お前、自分に強化魔法をかけたことがあるか」


「無いです」


「では、今やってみろ」


 使い慣れた魔法ではあるが、自分自身に魔法をかけるのは初めてだ。躊躇いつつも、自分の胸の上に手をあてて詠唱をする。


「無詠唱でしろ」


 つい先程、詠唱は無意味だと聞いたばかりであった。いつもの癖で詠唱をしていたことに赤面する。


 ————強く、イメージするんだ。


 力強くて、打たれ強くて、すばしっこい。————何となく、格闘技の選手のような人物像を思い浮かべた。すると、胸に当てていた掌がほんのり温かくなったような気がした。それは徐々に広がっていき、体がぽかぽかしてきた。


「…《筋力上昇》《敏捷性向上》をかけたのか」


 師匠の言葉を聞いて、一応成功していることが分かり胸を撫で下ろした。


「《防御力向上》も念じてみたのですが…」


「イメージが具体的にできていないんだろう」


 師匠は指の関節をポキリと鳴らした。


「てめぇが今かけた強化魔法を私がかけるとこうなる。————まばたきすんなよ」


 《加速》


 息を吸いきる間もなく、目と鼻の先に師匠の顔があった。


 《筋力上昇》


 呆気にとられていると左手で乱暴に頭を掴まれる。


「てめぇの頭蓋骨を砕くのなんざ造作もない」


 ミシリと嫌な音が頭全体に響いたのを最後に、瀧本の意識は闇に引きずり込まれた。


◇ ◇ ◇


 「起きろ」


 師匠の冷たい声が聞こえて瀧本の身体がビクリと震えた。


「あ……」


 瀧本はうつ伏せに倒れていた。身体が鉛のように重たい。起き上がるために手をつこうとした瞬間に違和感があった。


「う…あ……あ…」


 走馬灯のように、つい先程起こった出来事が思い起こされていく。言いようもない不快感が込み上げてきて、たまらず瀧本はその場で嘔吐した。


「“死”はどうだった」


 師匠は眉毛1つ動かしていないのだろう。抑揚の少ない声音に苛立ちを覚える。


「…最悪な気分です」


 フードから除く口が三日月型に歪んだ。


「いいね。私が体験できないことだ。羨ましいとすら思う」


 露ほどにも思っていなさそうな口ぶりだ。嫌味にしか聞こえない。


「死は正しく恐れなければならない。恐怖に飲み込まれるなよ」


 返事はせず、その代わりに瀧本は立ち上がって師匠を睨みつけた。


「私が今かけた魔法は《|加速《弾丸のようなスピードで》》と《筋力上昇(オークの頭を砕く力を)》だ。具体的なイメージがどういうものを指すのか理解できただろう」


 自分の失敗で死ねば、否が応でも身に染みる。わざわざ殺すことはなかったんじゃないかと抗議すれば、問答無用でもう一度死ぬことになるのだろう。再び込み上げてきた胃液と共に言葉を嚥下する。


「僕は《蘇生》されたんですか」


 死者を蘇らせる魔法は高位の神官しか扱えず、生命の理を乱すことから実質禁術扱いとなっているはずだ。


「発想の転換だ。《|時間操作《記憶を保ったまま肉体は1分前に戻れ》》を掛けただけだ。————無限に繰り返せば拷問にも使える便利なものだ」


 気味の悪い笑顔と共に放たれた最後の言葉は聞かなかったことにした。


 師匠に対する苦手意識が芽生え始めた瀧本の心の中などお構いなしに、師匠は何処からともなく1本の大剣を取り出すと、瀧本に差し出した。


「持ってみろ」


「————おもっ…!」


 師匠が片手で持っていたため油断していた。両手で持つのが精一杯だった。


「切りかかってこい」


 剣を振り上げるだけの余裕はない。そろそろと師匠に近付き、斜めに斬り上げる。反動で足元がよろめいた。剣に振り回されている感は否めない。がら空きになった鳩尾に師匠の蹴りが容赦なく入る。


「ぶべっ…!」


 情けない悲鳴を上げ、地面を転がった。胃の内容物が逆流してきて、口腔内に酸っぱいモノが広がり、堪えることができずに茶碗1杯分ほどの胃液を吐瀉した。


「立て」


 大剣を支えにしてよろよろと立ち上がる。すでに息が上がっている。


「構えろ」


 何とか気力を振り絞って、中段の構えをとった。


「次は生命体ではなく、物質に付与するタイプの魔法だ。一度付与してしまえば維持に魔力は必要ない。ただし対象に完全に定着させられていない場合は、効果の持続に制限がかかる。では、——《武器重量軽減(重さが1/10になれ)》《斬撃強度増加(鉄が斬れるようになれ)》《剣技支援(私の剣技をお前に託す)》」


 途端に瀧本が持っている大剣が軽くなった。両手で支えるのがやっとであったが、今では竹刀のように軽々振り回すことができそうだ。


「一応強化魔法もけてやる————《筋力強化》《|精神安定《死の直前でもパニクらない》》《加速(弾丸)》《回避率上昇ネズミのようにちょこまかと》《|魔法攻撃耐性《魔法を受けても一度では死なない》》《全状態異常無効》」


 一気に魔法を掛けられたのだが、瀧本自身には特に変化が感じられない。困惑した表情で師匠を見る。


「効果が知りたければ切りかかってくることだ」


「…行きますっ!」


 地面を蹴ると、一気に加速がかかりすぐに間合いが詰まる。50m走のタイムが7.7秒の瀧本にとっては体験したことのないスピードだった。驚きはしたが、自然と心が凪いでおり動揺することは無い。

剣を振り上げ、そのまま斬り下ろすが、ひらりと躱された。僅かな知識をもとに剣をそれっぽく振り回しているため、完全に見切られてしまっている。


「剣に任せろ。お前の意思を挟むな。————《毒霧》《麻痺》《昏睡》」


 紫色の霧が瀧本に覆いかぶさるように迫ってくる。それと同時に、パチッパチッと静電気が起きたような音が聞こえた。


「今、魔法が弾かれたのを感じたか」


「弾けるような音が聞こえました」


 師匠は小さく頷いた。


「それが《全状態異常無効》の効果だ。《毒霧》を浴びても身体は侵されることは無く、弱体魔法は弾かれる。だが——」


 かすかに地鳴りのような音と振動が足元から伝わってきた。


「《|生命操作《てめぇらの生殺与奪は私が決める》》」


 瀧本の足元から、数えきれないほどの木の根が勢いよく飛び出してきた。咄嗟に後ろに飛んで回避しようとするが、瀧本を捉えんとする根は留まることなく執拗に追いかけてくる。剣で薙ぎ払うも、次々と迫ってくるため切りが無い。


「うわあああっっっ」


 自身の前方のみにしか注意を払えていなかった結果、足元を狙っていた木の根に対応できず、バランスを崩したところを拘束されてしまった。


「このような場合は『状態異常』に含まれないため効果がない。《全状態異常無効》は汎用性の高い魔法であるため、相手の知性が高い場合は当然の如くその対策もしているものと思え」


 師匠が話している間も、木の根は容赦なく瀧本を締め上げる。息を十分に吸うことができない。小さい呼吸を繰り返すが、だんだん視界がぼやけてきた。


「————取り敢えず死んどけ」


 細めの木の根が首を絞める。何とか引き剥がそうともがくが、木の生命力の方が勝っている。苦しさのあまり痛みを忘れて喉物を掻き毟るが、特に意味をなしていない。ふいに力が抜け、白みがかった意識は暗転した。さっきは一瞬で終わったため、何かを感じる時間はなかったが、これが死なのだということを漠然と理解した。


◇ ◇ ◇


「いつまで寝ている」


 ハッと意識を取り戻す。何の不自由もなく息が吸えることで心が満たされる時が来るとはとは思ってもみなかった。


「知恵がある者と戦うこともある。如何に機転を利かせられるかが生死を分けることを肝に銘じろ」


「…はい」


 弟子初日にして、早くも心が折れかけている。強くならなければ、この世界では生きていくことは出来ない。今までは強い人たちに守られていたから命を失わずに済んでいる。強く、ならなければ。地面についた手をぎゅっと握りしめた。


「無属性魔法の中にも攻撃型の魔法は存在する。例えば——《過重力(3倍の重力がかかる)》」


 瀧本の意に反して、跪かされる。そのまま地面に縫い付けられるかのように這いつくばった。全身の骨に強烈な負荷が掛かっている。身体が崩壊するような苦痛が襲う。


「《反重力(重力が軽くなる)》」


 今度は逆に身体が宙に浮いた。


「《魔法消去(元に戻れ)》」


 為す術なく自由落下に従い、地面に叩きつけられる。


「苦しいか」


 倒れ伏す瀧本の元へ師匠がゆっくりと近付く。瀧本の目の前でしゃがむと、前髪を掴んで無理矢理顔を上げさせる。


「無属性の極大魔法だ。————《即死(DAETH)》」


 リモコンでテレビを消した時みたいに、プツンと視界がブラックアウトした。


◇ ◇ ◇


 どれだけ意識を失っていたのか分からないが、目を開けると青空が見えた。ぼうっとする頭で、綺麗だなぁと漠然と考えていると、記憶が戻ってきてばねに弾かれたように上体を起こした。


「どうだ?」


 何について尋ねられているのか分からず、瀧本は無言を返した。


「最後に、全ての魔法の基本となる《魔力操作》だ」


 師匠が呼吸を整えると、身体の周囲が青白い光に包まれる。


「これが体内の魔力をすべて循環させた状態だ。これを放出すれば—————」


 師匠から強いオーラが放たれた。師匠を中心に嫌な風が吹き、木々がしきりに騒めく。


 圧倒的な力の差を見せつけられ、本能が危険を知らせているが、身体を動かすことができない。総毛立ち、冷や汗が噴き出し、歯がカチカチと音を立てる。


 師匠のフードが捲れて、顔が露となった。黒髪がはためき、瀧本を見下ろす金眼は、怪しい光を放っている。


「てめぇは将来全ての生命の生殺与奪を握ることができる。————尤も、魔法を極める気があればの話だ」


 師匠は無機質な声で問いかける。


「お前、この世界でどのように生きたいんだ」


「僕は…」


 言葉を発しようとして、躊躇う。これが本心なのかという疑いが鎌首をもたげている。


「…僕は、一人で冒険者として生きていきたいです」


「——なるほど」


 師匠からオーラが消え、静寂が戻った。金色だった瞳は、ごくありふれた焦げ茶色になっていた。


「…師匠って、日本人なんですか?」


「そうだ」


 特筆すべき特徴はなく、凡庸な顔立ちだ。瀧本よりも年上であろう。不機嫌そうな表情を浮かべているが、瀧本はどこか懐かしさを覚えたのだった。


 師匠の口調が変わった理由は後程明らかになります。

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