賞金首がいるみたいです
瀧本はトボトボと街を歩く。所属するものが無くなるというのは、これほどまでに心細いものなのか。パーティーを抜け、改めてパーティーメンバーに色々なことをサポートして貰っていたことに気付いた。
パーティー名義で借りていた宿も出なければならない。節約のためトリトと相部屋だった部屋に入る。一人きりになると、思い出したくもないのにリグレットに言われた事が頭をよぎってしまう。3人の前では流さなかった涙が堰を切ったように溢れてくる。ベットにうつ伏せになり、枕に顔を押し付けて声を上げて泣いた。
一頻り泣いた後、のろのろと荷物の整理を始めた。瀧本の荷物は、転移時に持っていた鞄に収まる程度しかない。持っていた教科書等が入ったままなので、それなりに重たい。リグレットに買い与えられた魔導書は、せめてもの償いのために置いていくことにした。次の付与術師には不要かもしれないが本は高級品だ。何らかの形では役に立つだろう。
鞄を漁って、教科書の間に隠すように入れていた袋を取り出す。瀧本のへそくりが入っている。金貨20枚ほど入っているのだが、1枚だけ抜き取り残りは袋ごと魔導書の上に置いた。
最後にそれほど広くない部屋を見渡して忘れ物がないことを確認する。これ以上感傷に浸っているとリグレット達が帰ってくるかもしれない。両手で頬を叩き、気を引き締める。全部終わったことだ。宿屋を出たらもうくよくよするのは止める。何だかんだあったせいで朝食も食べられていない。時刻的にはすでにブランチになるだろうが、新しい宿屋探しやら、仲間探しやら、これからは一人で全てこなさなければならないのだ。何はともあれ、先ずは腹を満たしに行こう。
◇ ◇ ◇
冒険者向けの店や宿屋が多く並ぶエリアに来た。どの店を覗いてもすごく賑わっている。空腹は感じているのだが、気分的には麺類などあっさりしたものが食べたい。この世界ではそのようなものは見たことが無い。
何となく、人込みを避けるように歩いていくと、俗に言う一般労働者エリアに辿り着いた。この時間は働きに出ている者が多く、人っ子一人歩いていない。
瀧本がいた日本と違い、この世界では庶民が大金を稼ぐのは難しい。一般市民は読み書き、計算、剣術の初等教育を受けた後は家業を手伝うか、才能が見いだされれば騎士学校への推薦が得られる。庶民の間では専業主婦という概念はなく、女性も積極的に働いている。富裕層や貴族は王都で高等教育を受けた後、政府機関に勤めるか家に戻るのが一般的らしい。冒険者は一攫千金を夢見た庶民や貴族の爵位を継ぐことが出来ない嫡子がなることが多い。
住宅街を抜け、再びメイン通りに戻る。腹ごしらえを終えて、稼ぎに出る者が多いため、食堂は賑わっているが空席が僅かにできている。暫く迷ったが、『ランプを持った猫』という名前に惹かれて、蓬色の漆喰壁の食堂に入った。
食堂の中は、テーブルが4つとカウンター3席とこじんまりしていた。テーブルは冒険者パーティーが食事しており、瀧本と同じ年ぐらいの女性が忙しなく料理を運んでいた。鞄がぶつからない様に注意しながら奥のカウンターに座る。
すぐさまウェイトレスが注文を取りに来た。初めての店のため、おすすめとエールにした。日中から飲酒しても羽目を外さない限り咎められることはない。狩りの前の景気づけの一杯は当たり前の事なのだ。アウラリーディア王国では、17歳から飲酒が認められているが、気分的に20歳になってから飲み始めた。
先に大ジョッキでエールが運ばれてきた。あくまでこれが一般的なサイズだ。氷冷庫で冷やされたエールは苦味がなく、代わりにほのかにハーブの風味がある。微炭酸なのはよく知るビールと変わらず、喉ごしが良く飲みやすい。
口の中が潤ったところでパンとデミグラスソースのシチューが運ばれてきた。シチューにはごろっと肉や野菜が入っており、香りだけでも美味しいのが分かる。
この国の料理には、日本の料理よりも多くのスパースが使われている。今食べている料理も瀧本が知っているデミグラスソースと違い、コクだけでなく鼻に抜ける爽やかな香りがある。パンは硬いため、シチューに浸しながら食べると丁度良い。
食事を楽しんでいると、後ろの冒険者の会話が耳に入ってきた。
「—————でもよう、ライザックの奴が見たって話だろう。でけぇ赤い鳥が人掴んで飛んでいたあって」
「そりゃあ、王都の南の森の話やろう。わざわざこんな田舎まで出張って来るかい?」
「ほんまに来てみい。大穴の賞金首やが。今いくらになっとるけ?」
「金貨一億枚!また上がったろう」
それを聞いて、冒険者たちが色めき立った。聞き耳を立てていた瀧本も鳥肌が立っている。金貨一億枚など一生かかかっても使い切れるだろうか。
興奮している男たちを別の冒険者パーティーが嘲笑する。
「てめぇらなんかに倒せまいよ。こんの田舎もんがあ!」
「やられる前にしっぽ巻いて逃げとくんだな!」
豪快な笑い声が狭い店内に響く。アルコールの影響で気が大きくなっているのだろう。すぐに各々の得物に手をかけ、一触即発の空気となった。
「ほら、あんた達!手ぇ出すなら外でしておくれよ!店壊されたらタダじゃおかないよ!」
手を叩く小気味良い音と共に、ウェイトレスが仲裁に入る。良く響くいい声をしていた。食事を終えていた者たちがテーブルに金を置いて店を出た。
「五月蠅くてごめんなさいねぇ」
ウェイトレスが笑顔で声を掛けてきた。瀧本は軽く頭を下げて応える。冒険者相手の商売なので、この程度は日常茶飯事だろう。
「有名な賞金首がいるんですか?」
女子と会話できる貴重なチャンスだ。折角なので話しかけてみる。
「ああ~。よく知らないんだけど、国賊とか言って国王様直々に懸賞金を掛けているらしくってねぇ。何でもすごく強いらしくって、皆やられちゃうんですって。ギルドに手配書が貼ってあるらしいわよ」
嫌な顔をせず答えてくれた。今までギルドは何回も訪れているにも関わらず、賞金首の存在に気付かなかった。
ついでに、近くに手頃な宿がないか聞いてみる。丁度良い事に2階で宿屋も営んでいるらしく、空き部屋もあった。銀貨1枚で2泊できるらしい。情報料と食事代込みで銀貨3枚をウェイトレスに握らせた。一瞬目を見開いたが、にこりと微笑むと、厨房の方へ消えていった。
瀧本は残りのシチューを食べ終えると、エールを一気に流し込んだ。戻ってきたウェイトレスから鍵を受け取り、奥の階段から部屋に向かった。ベッドがあるだけのこじんまりとした部屋だ。トイレは共同、風呂はなく裏の井戸水を使って身体を拭くことになる。基本的には寝に帰るだけの場所だ。食事も美味しいし文句はない。
一通り案内してくれたウェイトレスが、瀧本のローブに目をやった。
「あら、お客さん。転生者なの?初めて見たわあ。ようこそ。小さい所だけどゆっくりして下さいね」
丁寧にお辞儀して階段を降りて行った。瀧本も荷物を置いてすぐに外へ出る。朝の一件があったため気まずいことこの上ないが、冒険者ギルドに向かう。
◇ ◇ ◇
要塞都市ヴァシフルリオ——200年前の魔王誕生の際、防衛拠点の1つとして築かれた。堅牢な防壁は1度も破られたことはないという。それが今となっては、田舎の冒険者溜まりと評されている。泰平とはかくも残酷なものだ。
門番のテベリス・プリクスィは、隠すこともなく大あくびをした。過去の栄光も虚しい田舎都市を訪れるのは、近くの森で経験値を得たい冒険者か商人か気楽な旅人ぐらいなものだ。騎士学校を卒業してからというもの、他国との戦争はおろか内紛も起きやしない。折角磨いた剣術も、訓練以外では振るうこともない。「騎士の活躍場所がないのは平和な証だ」と団長はいうが、ただ許可証をチェックするために騎士になったわけではないのだ。門を挟んで反対側では、イパーク・オースが真面目に働いている。誠実、実直という言葉が似合う男だ。テベリスに言わせれば糞だ。剣が強くない者に価値などない。
————冒険者でも暴れてくれないものか。
王都から伝令があった賞金首でも良い。こんなクソ田舎には来ないか。ああ、ただただ剣を振るいたい。再び大あくびが漏れた。
◇ ◇ ◇
瀧本がギルドに向かう道中、本屋があったのでふらりと立ち寄る。この国では紙と言えば羊皮紙だ。活版印刷の技術は存在しているようで、多く売れる傾向にある娯楽本では印刷物が多いが、魔導書や学術書は写本が主流である。どちらにしても高級品だ。
客は瀧本しかおらず、店番をしている老人は瀧本の動きを横目で窺っている。基本的に冒険者の客は信用されていないが、そういう目を向けられるのにはもう慣れた。背表紙の文字を目で追いながら魔導書を探す。一番奥の棚にそれらしい一角があったが、攻撃魔法に関するものばかりだ。付与術師は数も需要も少ないため、教本を探すのにも苦労する。多くは分厚い魔導書の中の数頁しか書かれていないため、何冊も買う羽目になりかねない。そうなれば金貨がいくらあっても足りない。
————金貨一億枚あればどうだろうか。
夢のような話だ。冒険者が寄ってたかっても無理なのだ。瀧本ごときに敵うはずがない。
結局何も買わずに古本屋を後にした。老人の視線は店を出るまで背中に付いてきていた。
◇ ◇ ◇
前触れは、確かにあった。始まりは小さな噂であった。曰く、巨大な鳥が飛んでいた——と。それは、小さな点でありながら、少しずつ少しずつ増えていく。一つ一つの点をプロットした者がいれば気付けたかもしれない。その点は、ゆっくりと、だが確実に要塞都市ヴァシフルリオに収束していた。
何度目かの大あくびのあと、テベリスがふと西の空を見上げると、何かが近づいてきていた。それは、ゴマ粒大であったが、みるみるうちにその姿が視認できるようになる。
——————紅い鳥だった。
「い…っ、イパーク!」
同僚を呼ぶ声が裏返る。冒険者の確認をしていた彼が顔を上げ、それに気付く。ただ事ではない門番の様子に、冒険者や商人も空を見て瞠目する。
すでに、子細まで捉えられるようになっている。鳥は両翼を広げると5mはくだらない。色こそ異なるが鷲のような見た目をしている。鋭い目は街を捉えているようだ。鳥の足元には、腕を組み仁王立ちのような恰好をした人間が掴まれていた。風など吹いていないかのように全く揺らぐことは無い。鳥は徐々に高度を下げる。門も高い壁も意味を成さない。呆然と見上げるテベリスや冒険者たちを尻目に防壁を越えて街へ入っていった。
一拍遅れて冒険者が怒号を上げ、街の中に駆け込んでいく。真面目なイパークが制止するものの耳を貸す者はいない。すぐに門の前で待っていた者たちは一人もいなくなってしまった。これがバレたら懲戒ものだが、街の中には彼らよりも危険なものがいるのだ。テベリスは熱い衝動を堪え切れない。震えているイパークを引っ叩き、門を閉める。剣は腰の重りではない。初めての実践になるだろう。街中の騒めきは大きくなっていく。テベリスは期待を胸に騒動の渦中に向かって駆け出していく。
◇ ◇ ◇
瀧本は冒険者ギルドの中にいた。いつも並ぶ列ではなく、依頼者用の受付に向かう。
瀧本がパーティーを追い出されたことはすでに知れ渡っているらしい。瀧本に気付いた冒険者に侮蔑の籠った目で見られたり、嘲笑を浴びせられたりしたが、気付かないフリでやり過ごした。反応したところで、彼らに敵うはずがないのだ。
簡素な羊皮紙を貰って、必要な事柄を書き込んでいく。それを職員が素早く確認する。問題ないようなので、羊皮紙を受け取り、クエストが張り出されている掲示板の隣、パーティー募集用の掲示板に張り出す。新人冒険者によるものやソロの冒険者が高難易度クエストに挑むためのメンバーを募集している。ざっと確認したが、付与術師の募集は出てない。がっくりと肩を落とす。
気を取り直してクエスト掲示板も確認するが、瀧本が一人で挑戦できそうなものは————あった。街のレストランから、木の実採取の依頼だ。森の中に入らなければならないため、戦闘になる可能性はある。魔獣の解体に使っていた短剣は借り物だったため、返してしまった。現状、戦う手段はない。お先真っ暗だ。再び肩を落としていると、背中に衝撃を感じよろめいた。瀧本が邪魔だったらしい冒険者がぶつかってきたようだ。にらみつける視線と嘲笑を受け、そそくさと冒険者集団の後ろに移動する。
目をこらして賞金首の張り紙を探すが見つからない。あまりにも有名な話すぎて掲示する必要がないのだろうか。どうせ自分に関係ない話だと諦め、安物の短剣でも買いに行こう。その方がよっぽど実用的だ。今度こそ踵を返して、掲示板から目を離した時————。
乱暴に冒険者ギルドのドアが開けられた。蝶番が壊れたのか、ドアが斜めになっている。マチルダさんが文句を言っているが、いかつい冒険者は無視して声を張り上げた。
「金貨一億枚の賞金首が来たぞ!すぐそこで交戦中だ!」
ギルドにいた腕に覚えのある者は目の色を変え、こぞって外へ飛び出していく。すぐに反応できなかった瀧本は突き飛ばされて尻もちをついた。それを見てマチルダさんが溜息をつき、修理代はあいつにつけてやるとぶつぶつ呟いている。
瀧本が立ち上がって服の汚れを叩いていると、ひらりと一枚の依頼書が落ちてきた。冒険者たちが走っていった風圧のせいだろうか。張り直しておくかと拾ってみて、読み進めていくうちにどんどん目が見開いていく。それは、瀧本が探していた賞金首の詳細であった。
『あらゆる魔法を使う国賊!変身術を使い、二度と同じ姿では現れない。巨大な赤鳥を使役している——』
あらゆる魔法を使うという言葉に、不謹慎ながらも惹かれてしまっていた。瀧本は最後まで読まずに、依頼書を放り投げて走り出した。
ふわりと床に落ちた依頼書には、賞金首の二つ名が書かれていた。今となっては滅多に口にされることは無いそれは————。
災厄の賢者
その意味を瀧本が知るのはしばし先の事である。