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3/13

役立たずはクビらしいです

一年後――


「出たぞ!大角熊(アビホーンベア)だ!」


「タキ!強化と弱体!」


 Cランクパーティー彗星(コミティス)は討伐クエストに挑んでいた。相手は、額に緑色の大きな角を生やした熊だ。立位になると体長は3mを超える。素早く動くことはないが、鋭い牙や爪を使った攻撃だけでなく風魔法を使ってくる厄介な魔獣だ。


「その身に力を与えよ《攻撃力向上エピセスィ・プロードス》、その身を守る盾を与えよ《防御力向上(アミナ・プロードス)》、秘められし力を引き出し給え《敏捷性向上エフキニシア・プロードス》、その身に幸運を授け給え《命中率向上クフィーマ・プロードス》」


 瀧本は短杖に魔力を集中させてメンバーそれぞれに強化魔法を掛けていく。


 アイーダが放った矢は、正確に左眼を射抜いた。苦しそうな咆哮をあげ、熊が立ち上がる。


「《炎柱(フォティア・キーオン)》」


 トリトが杖を掲げて中級火魔法を発動させた。仁王立ちしている熊を覆い尽くす火柱が上がった。熊が苦悶の表情が深くなる。緑色の角が淡く発光し始めた。


「魔法を使うぞ!タキ、早く弱体を早くかけろ!」


 リグレットが指示を飛ばしながら、熊の右腕を切り落とす。鮮血を撒き散らしながら、熊は残った左腕で剣士を引き裂こうとするが、リグレットはいとも簡単にひらりと躱した。


「害成す者の力を奪い給え《攻撃力低下(エピセスィ・プトーシ)》、害成す者の盾を砕き給え《防御力低下(アミナ・プトーシ)》、害成す者の自由を奪い給え《束縛(ペリオリズモス)》」



 ガアアアアアアアアアアッッッ



 一際大きな方向と共に、熊からつむじ風が3本放たれた。それは熊を守るようにくるくると円を描きながらも徐々に瀧本達の方へ近づいてくる。それほど大きくはないつむじ風とはいえ、巻き込まれればダメージは受ける。


「トリト!アイーダ!隙を見て攻撃できないか⁉」


「今、火魔法を使えば延焼してしまう。私達も危ないですよ!」


 リグレットの指示に、トリトが冷静に返す。


「狙ってますけどー、風が強くて当たりませんねー」


 放たれた矢は熊に届く前に大きく軌道を変えてしまう。命中率向上の強化魔法は掛けられているものの、この状況では効果は期待できない。アイーダの間延びした口調はそのままだが、声音には焦りが含まれている。


「何か打つ手はないのか!」


 リグレットは険しい顔で舌打ちをした。


 ——考えろ。考えろ。


 瀧本は必死に知恵を巡らせる。大角熊は厄介な相手ではあるが、倒せない相手ではない。この状況を打開する方法があるはずだ。一つ案が浮かんだのだが、瀧本は逡巡する。ハイリスクハイリターンな一手となり、尚且つ大角熊にはダメージが与えられない。しかし、時間稼ぎなら出来るかもしれない。


「リグレットさん!魔力障壁を出そうと思います!」


 瀧本の言葉にリグレットは眉をひそめた。


「それを使うと魔力量が大きく減るのだろう。その後どうするつもりだ?」


 瀧本は出来る限りの強化魔法と弱体魔法をかけている。瀧本は持っている魔力量は多いものの魔法の精度には欠ける。つまり、1回の魔法に必要な魔力量が多い上に、魔法の持続時間が短いため頻回に掛け直す必要があった。そのため魔力消費が多い魔法を使うことに難色を示す理由も納得できる。現に、そろそろリグレット達に掛けた強化魔法の効果が切れる頃だ。


「つむじ風1つなら確実に潰せるはずです。その後、出来る限り強化と弱体を掛けますが…」


 全て補えるほどの余力は無い。悔しさのあまり唇を噛む。


「…もういい。それでやろう」


 リグレットの眉間には皺が刻まれたままだが、同意は得られた。瀧本は詠唱を始める。

「我は力を求める者なり 我が力を以って正義を守らんとする 邪を打ち消す力を我に与え給え《魔力障壁(マギア・トイコ)》」


 あまり使ったことが無い魔法であるため、詠唱は省略せずに唱える必要がある。見えない壁は熊の正面に居座るつむじ風に向かって飛んでいき、衝突した途端に、つむじ風もろとも消失した。


 瀧本の額からは汗が止め処なく流れ落ちている。膝に力が入りにくく、いまにも崩れ落ちそうだ。意識はしっかりしているのに瞼が勝手に下りてくる。MPをかなり消費したようだ。だが、まだ大角熊との戦いは終わっていない。気を奮い立たせて、しっかり前を見つめる。


「———、———《攻撃力向上エピセスィ・プロードス》、———、———《命中率向上クフィーマ・プロードス》」


 息も絶え絶えになりながら魔法を掛ける。途切れ途切れの詠唱だが、何とか成功したようだ。あともう1回しか魔法を掛けられない。頭の中に靄がかかったように、思考が鈍くなっていく。


「《束縛(ペリオリズモス」)‼」


 全ての力を使い切り、瀧本は力なく膝を付く。


ガアアアアアァァァァッッッ‼


 大角熊は咆哮を上げ、つむじ風の1つが瀧本に迫る。しかし、瀧本には回避するだけの力は残っておらず、為されるがままに風に巻き上げられる。


 これで3本のつむじ風のうち2本がなくなり、熊の守りは脆弱になった。リグレットは剣を握る手に力を籠める。


「たあああああああっっ!」


 気合を入れ、突進する。剣を振りかぶり、思い切り熊の頭に剣を叩き込む。つむじ風が消失し宙を舞っていた瀧本も地面に落下した。意識が無いのかぐったりと横たわっている。それを一瞥したものの、リグレットは特に構うことなく、アイーダに指示を出す。


「《女神の加護アルテミス・ヴァラール》」


 アイーダが弓術師特有のスキルを使った。これは、1射のみではあるが、攻撃力と命中率を著しく向上させるものだ。風を切り裂く鋭い音を発しながら、矢が胸にある核めがけて一直線に飛んでいく。核が割れる際、ガラスが砕けるような音がしたような気がした。大角熊の瞳孔が急速に開き、生命の灯が消えた巨体が横倒しになり、土埃が舞った。


 リグレットは剣に付いた血を払い鞘に収めた。ポーションを飲んで体力を回復した後、短剣を取り出して大角熊の解体を始めた。トリトはアイテムを手早く回収し、アイーダは新たな魔獣が来ないか周囲を警戒している。それぞれがいつも通りの役割をこなしている。


 アイテムを回収し終わったトリトが瀧本に近付く。うつ伏せに倒れており、軽く蹴ってみても反応はない。仰向けにして、腰に着けているポシェットを漁る。落下による衝撃を受けているため、ポーションの瓶は割れたりヒビが入ったりしていた。中身が残っているものを取り出し、無理矢理飲ませる。少し咳き込んでいるが、吐き戻すことはなかった。魔力ポーションは残念ながら飲ませられるものはない。魔力切れを起こしているため意識は戻らないままだが、少し休めば回復するだろう。


 瀧本を置いてトリトはリグレットが解体した素材をアイテム袋に入れていく。トリトから瀧本の状態の報告を受けたリグレットは大きく溜息をついた。日はすでに傾きかけている。この森の中で夜を過ごすことは無いだろうが長居は避けたい。ここは瀧本を見つけた森ではなく、より強い魔獣の出現が報告されている場所なのだ。


「リグレットー、お腹空きましたー」


 アイーダの気の抜けた声を合図に小休憩をとることにした。非常用の干し肉を食べて手早く空腹を満たす。


「なあ、聞きたいことがあるのだが————」


 神妙な顔をしたリグレットがおもむろに2人に尋ねる。トリトは表情を崩すことなく、アイーダは興味なさそうに話を聞く。色好い返事が得られたリグレットは満足そうな笑みを浮かべた。


 帰り支度が整ったところで瀧本が呻き声を上げた。意識は戻ったようだが、自力で歩くのは難しいだろう。リグレットは無造作に担ぎ上げると、森の出口へと歩き始めた。


◇ ◇ ◇


 大角熊を倒した翌日、瀧本はいつも通りクエストを受けるために冒険者ギルドに来た。3人ともすでに来ており、テーブルに付いて昨日狩った大角熊のステーキを食べていた。冒険者は身体が資本で

あるため、朝からがっつり食べる。瀧本はまだ、この世界の食生活に慣れることができていない。


 座るよう手で促され、リグレットの正面の席に座る。


「タキ、パーティーを抜けてくれないか」


 前触れもなくリグレットに告げられ、心臓の脈動が激しくなる。


「なん…で…?」


 リグレットは困ったような笑みを浮かべた。


「タキはこの世界に来て1年経っただろう?大分慣れたようだし、他のパーティーで経験を積んでも良いと思うぞ?」


 周りの2人に救いを求めるような視線を送ったが、揃って目を逸らされた。

「僕はそうは思えません。僕にとってはまだ1年しか経ってないです。このまま一緒に付いていかせてください」


 瀧本は椅子から立ち上がって頭を下げた。まだギルドが込み合う時間ではないが、こちらの様子に気付いた冒険者がヒソヒソと小声で話しているのが聞こえた。顔を伏せたままの瀧本の頭上から溜息が聞こえたため、ビクッと肩が震えた。


「みっともない真似はやめてくれないか」


 恐々顔を上げると、リグレットが冷ややかな目で瀧本を見ていた。


「言っておくが、これはパーティーの総意だ。君の抗議で覆すことはできない」


「僕は…これまで自分なりに頑張ってきました。それでも駄目だと言うのですか」


 泣きそうになるのを堪えながら、ぐっと拳を握りしめた。強化と弱体魔法しか使えないものの、パーティーに貢献してきたという自負はある。一方的にクビ宣告されても納得はできない。


グリード(ギルマス)から新人冒険者の紹介があってね。君と同じ付与術師なんだが、なんでも回復魔法も使えるらしい。学院を卒業したばかりでね、面倒を見るように頼まれた。高価なポーションの消費量を減らせるから、こちらとしてもありがたい限りだよ。————何本も無駄にしてくれた誰かさんと違ってね」


 アウラリーディア王国では、各種ポーションを精製できる錬金術師は少ない。ほぼほぼ魔法工業都市ヘイパーストスからの輸入に頼っているのだ。供給量に対し需要は底なしに多いためこの国では金貨3枚と高級品となっている。そのため回復術師だけでなく初級だけでも回復魔法が使える者は厚遇されるのだ。


「——皆まで言うのは流石に君相手でも気が引けていたのだが仕方ないね。こちらも遠慮なく言わせてもらおう」


 リグレットは出来の悪い生徒に言い聞かせる教師のような表情を浮かべた。


「役立たずは彗星(このパーティー)に要らないんだよ」


「……っ!」


 堰を切ったようにリグレットの言葉は止まらない。


「君は初級の付与魔法しか満足に使えず、中級魔法に手を出せばすぐに魔力が枯渇する。使える魔法の種類だって全然増えない上に、言いつけていた魔法の勉強もしない。——パーティーに貢献する意志が全くないとしか言いようがない。何度グリードの所に足を運んだことか…。慣れれば役立つようになると言われて我慢してきたけど、私達だって命懸けなんだ。足手纏いなんて邪魔なだけだ」


 魔法を専門的に学ぶためには魔法工業都市ヘイパーストスに留学するしかない。瀧本は年齢的に学校に通う時期は過ぎており、古本屋にあった魔導書で独学するしかなかった。当初は文字を読むことが出来ず、トリトに教えてもらいながら我武者羅に勉強した。魔法を使うのに慣れた頃にリグレットから渡された魔導書は、瀧本にとってはレベルが高く、頑張って習得しようとしているものの成果は出ていない。


「リグレットー、言い過ぎですよー。……全部本当ですけどねー」


 食事を終えたアイーダが茶々を入れてくる。何かと瀧本に話しかけてきてくれた彼女だが、最後の言葉を聞く限り嫌われていたようだ。


「わかり…ました。い…ままで…迷惑かけて…すみません」


 瀧本の顔色はこれ以上ない程蒼白だった。震える手で腰に着けたポシェットから支給されたポーションを取り出し、テーブルの上に並べた。


「それだけか?誠意を見せるべきだろう」


リグレットは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「お返し…します…お金…」


 これまでパーティーの稼ぎはクエスト毎に四等分していた。瀧本の手持ちは金貨7枚、銀貨4枚、銅貨8枚だ。金貨7枚をポーションの隣に置いた。


 リグレットの表情は変わらないが何か言われることは無かった。


「…お世話に…なりました」


 3人に深く頭を下げ、瀧本は力ない足取りでギルドを後にする。ドアが閉まるまで、好奇の視線と嘲笑に晒され続けていた。


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