親切な人たちに出会いました
「あのー、もう大丈夫ですよー」
声を掛けられたため、恐る恐る顔を上げる。先ほど弓を射っていた少女が目の前にいた。思ったよりも近くにいたため、女性に耐性の無い瀧本の心臓が跳ねる。
剣士はオオカミから毛皮を剥いでおり、魔法使いらしき青年がオオカミの近くで何かを拾っていた。
「何かぼーっとしてます?頭打ちました?」
瀧本はハッとして、目の前の少女に視線を戻す。至近距離で目があった。再び大きく心臓が跳ね、耳が急速に熱くなるのを感じた。
「だっ…大丈夫…です」
思わず声が上ずってしまった。
「リグレットー。大丈夫そうー」
少女はオオカミの解体を終えた剣士の方を振り返って声を掛けた。リグレットと呼ばれた女剣士は、額の汗を拭った後瀧本のほうに歩いてきた。アイテムを拾い終えたらしい魔法使いも後に続く。
「やあ。さっきは驚かせただろう?」
剣士は爽やかな笑顔を浮かべて左手を差し出してきた。瀧本は思わず握り返す。握手のように数回ゆすられた後、思い切り引き上げられ、よろめきながらも立ち上がった。
「Cランクパーティー彗星のリーダーのリグレットだ。見ての通り剣士をやっている」
「魔導士のトリト・ボーグと申します」
「弓術師のアイーダですよー」
3人順番に自己紹介をされた。リグレットはハキハキと、トリトは穏やか、アイーダは間延びした喋り方だ。
「瀧本友紀です」
「タキモト…変わった名前だな。見たことない装いだし、異国から来たのか?」
リグレットの目が素早く下から上に移動した。脇に控える二人からも舐めるような視線を向けられているため、居心地が悪い。
「マンホール…ええと穴から落ちて、気が付いたらここにいました。…ここはどこなんでしょう?」
リグレットは大きく目を見開き、口角を吊り上げた。
「ほう…、君は❝転移者❞なのか」
「転移…。やはり、僕がいた世界とは別の世界なのですね…」
瀧本は落胆の色を隠せない。こういうものは、元の世界には帰れないと相場が決まっている。
「そうだな。最初は戸惑うと思うが、ゆっくり慣れてくれれば良い。どうかな?私たちはこれから拠点の街に帰るのだが、一緒に来ないか?この森は多少とはいえ魔獣も出るし、一人でいるよりかは安全だと思うのだが」
非常にありがたい申し出だったため、二つ返事でお願いすることにした。
◇ ◇ ◇
彼らが拠点にしている街までは近くの村から出ている乗り合い馬車に乗って1時間ほどかかるそうだ。道中、3人―主にリグレットからこの世界について教えてもらった。
瀧本が辿り着いたここはアウラリーディア王国というらしい。大陸は2つあり、いくつかの国に分かれているそうだ。ここ、アウラリーディア王国は東西に長く広がる大陸の東側に位置しており、大きな湖を隔てて新生ルージア皇国と接している。湖の南側には中立国である魔法工業都市ヘーパイストスがある。
アウラリーディア皇国と新生ルージア皇国は長い歴史の中で幾度となく戦争を繰り返している。魔法工業都市ヘイパーストスは、旧ルージア皇国から独立した都市国家だそうだ。魔法研究が盛んで、トリトは留学経験があるらしい。冒険者の育成が最も盛んなのはアウラリーディア王国なのだそうだ。
200年前の魔王誕生の際の勇者がこの国の出身だったのが由来である。魔王は定期的に現れるのではなく、普通の魔獣が進化を繰り返し、強力な魔力を手に入れた結果誕生するとされているため、冒険者が駆除をすることで魔王誕生の抑止を行っているとのことだ。
先程3人が倒したオオカミの魔獣はシルバーウルフという、Cランク相当なのだそうだ。魔獣には力の源となる核があり、それを破壊することで倒すことができる。魔獣を倒すと珍しいアイテムをドロップするらしい。壊れた核や毛皮、角などはそれなりの金額になるため金策に役立つそうだ。
転移者については、これまでも何人か記録があるのだそうだ。優れたスキルがあったり、他の人より長命であったり、突出した能力があるのが特徴らしい。会話は元の世界の言語で問題なく出来るが、読み書きは苦労する者が多いため、周りの者がサポートを行うらしい。能力値の測定は冒険者ギルドでできるため、街に着いたら行ってみようとリグレットが提案した。特に異議はないため瀧本も頷く。
「難しい話はおいおいで良いですよー。覚えられないですしー」
話が止まらないリグレットをアイーダが制してくれた。むぅ…と小さく唸ったものの、リグレットも特に抗議することはなかった。
「大体この世界の事が分かりました。ありがとうございます。」
話のきりが良い所で、森を抜けた。整備された街道が続いており、ここから後20分ほどで拠点の街に着くそうだ。もうあとひと踏ん張りだ。気合を入れるために鞄を持ち直した。
◇ ◇ ◇
街は高いレンガ造りの壁に囲まれていた。頑丈そうな門の前には兵士がおり、出入国の管理を行っている。3人はそれぞれカードを見せていた。リグレットが口頭で瀧本の説明をし、兵士と数度やり取りをしていた。
「問題ないよ。さあ、行こうか」
促されるまま歩みを進めた。門をくぐると、昔テレビで見た世界一小さな街と紹介されていたデュルビュイに似たような景色が広がっていた。道路は石畳で整備されており、レンガ造りの建物が並んでいた。人通りは多く、商店からは威勢の良い声も聞こえてくる。中々栄えているようだ。
「冒険者ギルドは、奥に見える大きな建物だ」
リグレットが示す先には、白レンガに木枠の飾りが施された3階建ての洋館があった。入り口横にはブロンズ製と思われる、男性が勇ましく剣を掲げた勇者像が飾られている。
「ギルドに行ったら、先に素材を換金させてくれ。その後君の能力値測定と冒険者登録をしよう。役所への申請もあるから、来て早々申し訳ないが忙しくなるぞ」
「分かりました。必要な手続きが分からないので、リグレットさんにお任せします」
リグレットは口角を吊り上げて爽やかな笑顔を浮かべた。
「勿論だとも」
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドの中も人で溢れていた。食堂も兼ねているようで、屈強な冒険者たちが大声で話したり、豪快に笑いながら食事をしていた。受付カウンターの前にも行列ができている。リグレット達が並んだ列に瀧本も並ぶ。
カウンターでは、2人の職員が素材の鑑定や、クエストの受付をしている。鑑定は眼鏡を掛けた妙齢の女性が行っていた。テキパキと仕事をしているようだが、多くの素材が持ち込まれている関係で少し時間がかかっているようだ。
「お待たせ致しました」
15分ほど待っただろうか。受付の女性が事務的な声で案内した。トリトが毛皮や牙、魔石をカウンターの上に並べていく。女性が手早く鑑定をしていき、金額の提示を行った。トリトがリグレットに視線だけで確認し、リグレットが首肯したため、取引が成立した。
「マチルダ、転移者を連れてきた」
リグレットが受付の女性に声を掛けた。マルチダと呼ばれた女性は瀧本を一瞥すると、メモ用紙に何かをサラサラと書き付けた。ペン先を話すと、紙は小鳥の形になり、パタパタと羽ばたいて何処かへ行ってしまった。
「ギルマスからお話がありますので、3階へどうぞ」
「ありがとう」
感情の見えないマルチダに対して笑顔で礼を言うと、リグレットに招かれるまま階段を上がった。
◇ ◇ ◇
2階は簡易宿泊所、3階はギルドマスターの部屋と職員スペースになっているそうだ。説明しながらリグレットは、金色のドアプレートが掛かった部屋をノックした。秘書らしき女性が出てきて、中に通された。応接間のような作りになっており、ソファーを勧められたため、リグレットが先に座り、瀧本にも座るように促された。トリトとアイーダは自然な動作でソファーの後ろに回った。
「少々お待ちくださいませ」
秘書は奥のドアをノックし、側に控えた。やや間が空いて、ドアから壮年の男性が出てきて、向かい側のソファーにどかっと座った。やや白髪交じりの髪をオールバックに撫で付け、ボタンを3つほど外した開襟シャツからは見事な大胸筋が覗いていた。
「ギルドマスター、お世話になっております」
リグレットが立ち上がって挨拶をしたため、瀧本も慌てて立ち上がり会釈した。
「はっはっは。堅苦しい挨拶は抜きで良いぞ、リグレット。お前は俺の弟子の中でも飛び切り優秀だからな。それで…、そちらが例の転移者か」
ギルドマスターに鋭い視線を向けられる。緊張感が一気に増した。
「瀧本友紀です。よろしくお願いします」
「ふむ…タキモトか。言いにくいな。タキと呼ばせてもらおう。俺はギルドマスターのグリード・ラッジマンという」
がははと笑う。視線が自分から外れたため、ほっと一息ついた。
「何、心配することはないぞ!転移者は能力が高いと決まっている。我が弟子のリグレットに付いて鍛えてもらうが良いわ」
再び笑う。言葉を発するたびに笑わずにはいられないようだ。
「先生、是非ともタキの能力値測定をお願いしたいのですが」
リグレットも自然とタキと呼び始めた。弟子に先を促される形となったグリードは、破顔したまま何かを手で合図した。すぐに秘書がハンドボール大の水晶玉らしき物を持ってきて、瀧本の前に置いた。
「さあ、タキ。それに手を翳せ」
言われるがまま右手を翳す。淡く水晶玉が光り始めた。掌がほのかに暖かくなってくる。
「ふむ。《出力》」
グリードがそう唱えると、水晶玉の発光が収まり、代わりにA4サイズの羊皮紙がテーブルの上に現れた。
「よし。これがお前の能力値だ」
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Lv.1
体力 60
魔力 1515
属性 無
スキル 設計Lv.7
巧緻性Lv.4
戦略Lv.2
称号 転移者
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「これは…」
リグレットの表情が翳ったように見えた。
「ふむ…。魔力が高く、無属性持ち…。スキルも攻撃系ではないな。体力的に前衛もダメか。…支援魔法を極めるのが良いだろうな」
最初より控えめにグリードが笑う。リグレットは厳しい表情のままだ。
「何、支援魔法も極めれば立派に役に立つぞ。パーティーメンバーに強力な強化魔法をかけたり、敵の足止めも出来るようになる。伸びしろは無限大だな!」
向かい側から腕を伸ばし、力強く瀧本の肩を叩いた。正直言って大分痛い。
「細すぎるな!もっと肉を付けた方がいいぞ!」
「が…頑張ります」
秘書の女性が水晶玉を下げ、代わりに一枚の羊皮紙と羽ペンを差し出した。
「こちらに名前をお書きください。元の世界の文字で結構ですので。…はい。他はリグレット様のパーティーに所属するように手続きを行わせて頂きます。冒険者カードは明日には出来ますので、お忘れにならないようお願いいたします」
さっと紙を回収し、澱みなく説明を行う。
「…では、これからタキの手続きがありますので」
リグレットの声が若干ハリがないように感じ、瀧本はそっと様子を窺った。視線に気付いたのか、口角を上げて笑顔を向けられた。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドの次は戸籍を作るために役所に向かった。トリトに教えてもらいながら、ここでも瀧本は自分の名前だけを記入し、他はトリトと職員が仕上げてくれた。
「転移者の方にはこちらをお渡しする決まりとなっております。優待が受けられる場所もありますので、見える所に付けてください」
職員が差し出したのは、雷模様のピンバッチだ。ひとまず制服に付けることにした。
手続きを終え、役所を出ると空は夕暮れ色に染まっていた。今日はこのままリグレット達が泊っている宿屋に向かうことになった。
「疲れているだろうから、今日は休むと良い。必要なものは明日買いに行こう」
微笑みながらリグレットに言われ、瀧本は頷く。今日は一人部屋に泊まらせて貰えることになったため、荷物を置き、すぐにベッドに飛び込んだ。緊張が切れたからか、色々あった疲れを一気に感じたためすぐに眠ることが出来た。
瀧本が目覚めたのは翌日の朝であった。