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異世界転移しちゃったんですか!?

「先輩、ではお先に失礼します。明日もよろしくお願いします」


「ああ。僕は設計書の見直しだけするから、先に帰ってくれ」


 後輩は軽く会釈して部室から出て行った。ドアが閉まる音を聞いてから、瀧本友紀瀧本友紀(たきもとともき)は椅子に座ったまま思い切り伸びをした。細かい設計書を具に確認していたため、目の疲れと肩凝りがひどい。眼精疲労に効くという目薬を点して、もう一度設計書と向き直った。


 瀧本は高等専門学校の機械工学科の4年生だ。機械システム工学研究会の副部長を務めており、2週間後に控えるロボコンの準備に追われていた。窓の外は、夕暮れを過ぎ紫紺が濃くなっている。他の部員は帰宅しており、共に設計を担当している後輩も大まかな修正が終わった時点で帰らせた。


 今日の試運転では、アームの動作の滑らかさがいま一つであったため、調整に追われた。設計書上では完璧と思われても、実際に稼働させてみると動作不良を起こすことがあるため、確認と修正の作業が大会ギリギリまで続く。一見地味に思えるが、自らの手で思い通りに動くロボットを作るのは純粋に楽しく、思い通りにいかずにチームで試行錯誤するのは、この機械システム工学研究会の醍醐味であると感じている。


 清書が終わり、欠伸と共に軽く肩回りのストレッチをして、時計を見ると、21時になろうとしていた。ロボコン前には遅くまで居残ることもあるが、あまりに遅くなると顧問から小言をくらうこともあるため、早々に帰らねばならない。


 帰宅準備を終え、部室の中央に置かれたロボットを見やる。大会に向けて設計したロボットは、毎日向き合ってきたため愛着がある。家族やペットに向ける愛情とは異なるが、子供が出来た時にはこのような感情を抱くのだろうか。部員の投票によって『キャサリン』と名付けられた物言わぬロボットを撫でてから、瀧本は部室を後にした。


◇ ◇ ◇


 秋の夜風は冷たい。学校の最寄り駅までは徒歩10分程度であるため、瀧本は思考整理のためにゆっくり歩くようにしている。今回のロボコンが終われば、部活を引退する。一抹の寂しさは感じるものの、最後の大会で結果を残したいと強く願う。


 不意に溜息が零れた。悩みはロボコンだけではない。ロボコンが終われば、進路についても考えなければならない。将来、ダ・ヴィンチのような外科手術用のロボットの設計・開発に携わりたいと思っており、もっと学びを深めたいのだが、進学先はまだ決め切れていない。


 肩からずり落ちそうになった鞄を抱えなおす。これまで部室に持ち込んでいた図書のうち、後輩たちに不要なものは少しずつ持ち帰るようにしているため、決して軽いとは言えない。


「……っ!」


 踏み出した右足が地面を捉えられず、身体のバランスを崩した。


(マンホールの蓋が外れて…!)


 助けを求める声を上げられぬまま、瀧本は穴の中に落ちていった。衝撃に備えて身を強張らせるが、底に到達する気配がない。浮遊感と胃の不快感で吐き気がする。



《ふふふふ……おもちゃはっけーん》



 不意に耳元で声が聞こえたような気がしたが、空耳だろう。いつまで続くか分からない自由落下の中、瀧本はロボコンには出られないだろうという絶望感を抱いたまま意識を失った。


◇ ◇ ◇


 それほど強くない衝撃と共に背中に地面を感じて目を覚ました。おそるおそる上半身を起こすと、見慣れない景色が広がっていた。瀧本の右側には古い井戸があり、周囲は草木が生い茂っている。マンホールに落ちた時に持っていた荷物も転がっていた。木々の間には倒壊しかけた家屋がちらほら見える。


(まるで、森に呑まれているようだな…)


 陳腐な感想だと思いつつ、立ち上がって服に着いた土を払う。周囲に人の気配はない。無駄足になるだろうとは思いつつ、瀧本は集落跡に向かった。


「…誰かいませんかー?」


 おずおずと声を出してみるが、応えるものはない。集落の近くまで来ると、住人がいない現実がまざまざと突き付けられる。それでも、僅かな可能性にかけて人を探す。


 身近な家屋に近付き、ガラスのはまっていない窓から中を覗く。屋内にも草が生い茂っていた。使えそうな道具や、この場所の手掛かりになりそうな書物が無いか目を凝らしてみるが、見つかりそうにはない。数軒覗いても同じような状況であったため、諦めて元いた古井戸に戻った。


 鳥の囀りは聞こえるものの、未だに生き物にすら出会えない。いや、現段階では熊などの猛獣に出てこられたら困るのだが。鞄の中に飲みかけのペットボトルはあるが心もとない。古井戸の中を覗くが水面は見えない。スマホのライトで照らしてみても結果は同じ。転がっていた小石を投げ入れてみるが、耳を澄ませてみても反響音はない。枯れ井戸だ。


 溜息を一つつき、井戸に背中を預けて座り込んだ。助けを求めるため森の中に入るのは得策ではない。遭難するのは目に見えている。空を見上げる。陽はまだ高いようだが、夜に備えて火は起こさねばなるまい。


 サバイバルの知識はないためスマホで検索しようとしたが圏外であった。時計は23時18分を指している。腕時計も同じだ。時刻合わせを行っても無意味だろう。


(成す術なし……か)


 だらりと身体の力を抜いた。諦めよう。どうせ死ぬなら一思いに止めを刺してくれる獣を希望する。絶対に熊は嫌だ。あいつらは生きたまま獲物を喰らうから。


◇ ◇ ◇


 どれ程時間がたっただろうか。小鳥の群れが一斉に飛び立ち、瀧本の頭上を通過していった。直後に、森の中から獣の唸り声と人の叫び声、戦っているであろう音が聞こえてきた。まだそれなりに離れていそうではあるが、ここに留まっていると危ないかもしれない。


 しかし、人の気配に瀧本は歓喜の感情を抑えきれない。野垂れ死ぬ未来から脱却できるチャンスだ。戦闘音が収まったタイミングで森の中に駆け込もうと身構える。


 ウガアアアアアアアアッッ


 一際大きく獣の咆哮が聞こえたため、ぎょっとして井戸の陰から森の方を窺うと、何かが駆けて来る足音と血の匂いを感じた。


 戦闘に巻き込まれるのは本望ではないため、この場を離れようと荷物に手を伸ばした時、数メートル離れた藪が揺れて、横腹から血を流したオオカミが飛び出してきた。


 驚きのあまり、瀧本の動きが止まる。視線はオオカミに向けられ――。



 目が…合ってしまった。



 獣と視線を合わせると、襲われるのではなかったか。しかも、相手は手負いのオオカミだ。死亡フラグです。ありがとうございます。


 オオカミが飛び掛かってくるような姿勢をとり、瀧本が生への執着を手放そうとした時だった。


火球(フォティア・スパイラ)!」


「アイーダ!弓!」


「らじゃー」


 瀧本後方2メートルほど離れた所から、人が3人飛び出してきた。


 魔法でオオカミを怯ませ、弓が左目を射抜く。剣を持った人が止めを刺そうと走ってくる。


「伏せろっ!」


 中間距離にいる瀧本に気付いた剣士は驚きのあまり目を見開いて叫び、瀧本は慌てて顔を地面に着けた。剣士は瀧本の上を飛び越え、その勢いのままオオカミの首を切り落とした。


 地面と向き合いながら、瀧本はちらりと見えた3人組の服装と言動、行動を反芻する。好んでプレイしていたRPGのキャラクターと似通っていた。嫌な汗が背中を伝う。いつまでも底に辿り着かないマンホールに落ちたこと、目の前に現れた獣、RPGのような格好の3人組、そこからはじき出した結論は——。



(まさか…異世界転移⁉)


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