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綴じたい記憶 

掲載日:2020/06/08

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 こーちゃんは、自分のアルバム見たことあるかい?

 自分の記憶がない時代の自分を見る。なんとも不思議な感覚だよね。両親はじめ、周りにいる人の若い頃を確認できるのも、また感慨深いね。

 こーちゃんの文章もそうだろうけど、「いま」を残すことに対して、人は強い熱意を示すこと、あるよね。

 遺伝子によらない、種の保存ってやつ? たとえ、つがいがいなかったとしてもできる、存在の記録。自分がいなくなった後も残る、記憶の断片。

 かつてのビデオテープのように、時間がたてば頭の中の思い出は擦りきれていってしまう。それをどうにか残そうと、いろいろな工夫をこらしてきたんだろうね。昔からさ。

 

 だが記録っていうのは、ときに恐ろしいものだ。一度刻まれたら最後、誰かが手をくわえない限り逃げ出すことなく、その場にとどまり続けてしまう。今後、誰の目にさらされ、誰の手に取られるかも、分からないままにだ。

 僕も記録に関して、少し奇妙な体験をしたことがあるんだけど、どう? 聞いてみないかい?

 

 

 僕には少し歳の離れた妹がいる。小学校の高学年にあがったとき、妹はちょうど幼稚園に入るかどうかという年齢だった。

 妹はこの頃から、すでに絵日記をつけていた。当時、同じ部屋で寝起きしていたから、部屋に入ると本を広げていることがあってさ。「なに描いてんの〜」とのぞきこもうとしたこともある。

 普段はおっとりしている妹も、このときばかりは機敏な動作。僕がのぞく前に、さっとアルマジロのように丸まって、書いている本に覆いかぶさり、しっかりガード。でもその端から、青空を書いたと思しき、水色がのぞいている。


「にっきをかいてる」


 妹は確かにそういったけど、人の前では作業を進めたくないようだった。

 そりゃあ、日記のたぐいを人に見られたくはない。僕はいたずらに食い下がることなく引こうとすると、妹は自分から「ひこうきをかいた」と告げてきた。

 飛行機。ひょいとベランダに面する窓から、僕は空を見上げてみる。家々の屋根の間を縫い、広がっている空の中央を飛行機雲が横切っていたんだ。

 予想以上に大きく、地上から見ても、幅10センチはゆうにあると思えたよ。



 次の日。部屋でのんびりしていると、空から大きいエンジン音が響く。

 なんだ? と空をのぞいたら、かなり低空飛行をする飛行機の姿が見えた。近くで見ると、やはり巨体。周りの家々が押しつぶされるか、屋根やアンテナがもぎとられるんじゃないかと感じたくらいだ。

 さあっと通り過ぎた後には、飛行機雲ができている。それは昨日、部屋から見たものとほぼ同じものに思えたんだ。

 妹もあの空を見たのかなあ、と僕はこのとき、のんきに構えていたんだ。



 それから数時間後。

 家の外から急ブレーキの音が響いたかと思うと、ドンと重い物同士がぶつかった。続いて人がざわめく気配が、じわじわと広がってきた。

 事故だ。僕はまたベランダから外へ出て、音の出どころへ顔を向ける。遅れて、妹もベランダへ出てきて、僕にならった。

 これも家々の間からのぞく、県道の一部。そこに横転したバイクと、まき散らされた無数のガラスの破片が見えたんだ。遠目にも、白かったり黄色かったりとカラフルで、あきらかに車体の各所にあるガラスが割れていた。

 ほどなく、パトカーのサイレン音。どうやら迅速に連絡をした人がいるらしい。

 高まっていく音の中、ひょいと脇を見ると妹はすでに、部屋の中へ引っ込んでいた。あの日記の本を開き、お絵かきを始めている。

 悟られないよう遠目からそっと眺めた。いま見た事故の様子のことを描いているらしい。



 その日からだ、僕の周りで妙なことが起こり出したのは。

 あの低空飛行をする飛行機。毎日のように、同じコースを通り過ぎていった。晴れた日には、しっかりとぶっとい飛行機雲を残しながらだ。

 それから数時間後。あの県道でまた事故が起こる。音からして、昨日のものとそっくり。ベランダから確認する、飛び散ったガラスの数々。さほど間を置かず、広がっていくざわめきとパトカーの音。それぞれが、昨日起こったことの再現だった。

 二日連続でも、かなり珍しい事態のはず。それが次の日も、また次の日も起こるだなんて、誰に分かるだろう?


 奇妙なことはまだ続いた。

 まず僕は、昨日と同じ時間にしか目を覚まさなくなっていた。

 夜に寝て起きる段になると、時間はいつも目覚ましが鳴る5分前。秒針を見るに、どうやら一分一秒のずれもない。

 朝ごはんは、ここ毎日、ごはんと鮭の切り身。なめこの入ったみそ汁に、塩味きいた卵焼きと来ている。うちの食卓はバラエティに富んでいると、僕なりに思っていたはずなのだけど。

 学校の時間は、最初違っているように思えた。時間割に沿って授業が展開されるものの、一週間が経つとまた同じ内容の授業が始まる。昨日までとってあったノートからは文字が消え、覚えていた知識も頭の中にかすみがかかったように、掘り出せなくなっていたんだ。

 家に帰ると、さらに拘束がひどくなる。僕は決まった時間にトイレへ行き、お風呂へ入り、ご飯を食べて床へ入る。

 自由に動けるのはわずかな時間だけ。その時間が迫ると、どんなことをしていようと体と意識がそちらへ向いてしまうんだ。

 

 ――学校では一週間。家では一日を繰り返している?

 

 そう感じ出す僕は、とうとうひとつへまをやらかしてしまう。

 自由に動ける時間に、僕は親の部屋の本棚から本を取り出そうとして、中の本たちを崩してしまったんだ。どさどさと音を立てて降り注ぐそれは、僕の頭や胸をしたたかに打ち、足の小指を潰しにかかったんだ。

 思わずうずくまって痛がる僕だったが、不意に背後に気配を感じて振りかえる。そこには妹が立っていた。

 

 

 そのときの目を、僕はいまでもよく覚えている。僕を助けるでもいたわるでもなく、ただじっとまばたきなく、眺めている。ガラス球をはめられたように、まなざしがあまりに冷たい。

 ぞくりと背筋が粟立つ間に、妹はさっと背を向け部屋から去っていく。それは僕たちが寝ている部屋の方向。

 その姿に、勘が走ったよ。このまま妹を放っておいたらいけない。そんな勘がさ。

 痛む指先をさすりつつ、僕は半分びっこを引くように、あいつの後を追う。ドアを開けたとき、僕に背を向けてかがみ、何かを熱心に書きつける妹の姿がそこにあった。

 鉛筆たちが、紙面を走る音が止まない。両手を駆使して描いているらしく、片手を放り出してもやはり音は止まらなかった。

 色鉛筆も握っているし、そこまで急いで何を描いているのか。僕が近づいても、今度は妹は隠そうとしない。よほど作業に熱中しているらしかった。

 ようやく見ることができた日記のページには、先ほどの、本が散らばる中でうずくまる僕の後ろ姿が描かれようとしていたんだ。

 

 

 翌日。あえて覚悟を決めて様子を見た僕は、やはり同じ時間、同じように本棚へ導かれ、同じように本たちの強襲を受けた。今度は、妹はこの場にいなかったが、疑惑は確信へ変わったね。

 あの事故のときも、妹は日記を描いていた。それ以来、今日にいたるまで一日たりとも、事故が起こらなかったことはない。そのほか、家での食事やトイレも、何もかも同じタイミングで訪れ続けている。

 

 ――あの日記帳を処分しないと。このままあれを野放しにしていたら、僕はがんじがらめにされる……!

 

 そう直感し、僕は妹がトイレに籠った時間で、部屋の中から手早く日記帳を探し当てる。妹は無警戒なのが幸いし、机に無造作に並べられた本の中から、件の一冊を手にすることができた。

 開いてみると案の定、うずくまる僕の前に、朝ごはんの献立を描いた絵、お風呂やトイレを描いた絵。そしてあの事故や、飛行機雲の絵などが次々と目に飛び込んできた。

 トイレから水を流す音が聞こえる。一刻も猶予はなく、僕は最後のうずくまる僕の絵に手をかけて、思い切り引き裂いたんだ――。

 

 

 気がつくと、僕は布団の中で目を覚ましていた。

 時計を確認して、驚く。いつも目覚めていた時間より、一分遅れ。しかも日付は妹が飛行機雲を見たと話した日の、翌日になっている。

 あの半月あまりの時間が、まるまる夢だった。にわかには信じがたい僕の横で、妹は静かな寝息を立てている。

 僕はあいつの絵日記を確かめた。夢の中で見たままの場所にあったそれを開くと、最後のページは飛行機雲だ。それ以前のページは夢の中で見ていなかったけど、家の中でのもろもろのことが描いてある。

 ただその絵の、どれにもこれにも。必ず、僕らしき人の姿が入り込んでいた。どんな場違いな場所でも、年不相応な技量で描かれた僕は、いつも笑顔のまま正面を向いて立っていたんだ。

 あの決まりきった日々。ひょっとしたら、僕は絵日記という決まった記録の中に、ずっと留め置かれかけていたのかもしれない。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 書き足される行動に縛られ、自由に動ける時間がどんどん奪われていくというのは、空恐ろしさを感じました。でもそこがとても面白いと思いました! それに気づけて本当に良かったですね。 大変な目に遭…
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