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短編

うっかりさんと確信犯さん

作者: 水色うさぎ

幼馴染な二人の、よくある話です。

Side うっかりさん




 アイツの仕事が一段落ついたっていうから食事に誘った。

 食べたいと喚いていた朝から並ばないと買えない店のロールケーキで釣った俺と、ほいほい釣られたアイツのどっちが駄目かっていえば、そりゃもう俺一択なわけだけど。



「じゃあ明日も仕事だからそろそろ帰るね」


 食べて喋って、それなのに去ることを告げるときに名残とか後ろ髪引かれたとか、そんな様子は欠片もない。ちょっと泣いていいだろうか。

 下心のある男の家にあがっといて、何もなしで帰るってひどくない?

 ……なーんて。そんなこと、言えるはずもなく。

 だって、幼馴染だし。今までそんな素振りなかったのに、下心があるなんて思うはずもない。告白すら出来ていない男に、下心云々なんて言う資格はないのだ。

 あと仕事ね。うん、大事だよな。働かなきゃ食っていけない。

 俺が養ってやるよと言えたら格好いいのだけど、残念ながら俺のほうが稼ぎが少ないのが事実。あー、情けない。


「ナベの部屋、結構キレイにしてるのね。また呼んでよ」

 ああ、もう。さらっとこんな事言うし。

 次をほのめかす言葉が、背中を押した。

 今更社交辞令を言う間柄じゃない。だから、呼んだら来てくれるのは確かだ。


 ここが分岐点だと思った。


 このままずるずるとオトモダチを……親しいけれど、間にあるのは友情だけの仲を続けるか。(それこそ、互いの家に遊びにいって、なんの間違いも起きないような間柄か。)

 あるいは、恋愛の要素をねじこむか。


 分岐点ならこれまでもあった。山ほどあった。その全部で、恋愛要素をねじこんだら今の関係が壊れるかもって恐怖でしり込みし続けた。


 この期に及んで、今までと違うルートを選ぶのは家という超プライベートな空間で交流を続けるのが無理! ってなったからだ。何が無理って、己の理性が。


「……真奈さあ」

「んー?」

 ジャケットをはおりながらの生返事に

「俺と結婚してくれない?」

 一世一代の告白を……………………………………………………間違えた。


 結婚ってなんだ。いや、結婚は結婚だけど!

 いずれ結婚したいけど!

 でも今言うことじゃないよな。順番すっとばしすぎだ。

 まずは、お付き合いからだろう!? 何口走ってるんだよ俺!


「……」

「……」


 パニック状態の俺と、真顔の真奈はしばし見つめあう。

 何か……何か言わなくてはと思うほどに言葉は出てこない。


「あ、いや、その……なんだ」

「いいよ」

「いいよってそりゃそうだよな。いや、もうほんとすま……ん?」


 はははと笑ってごまかそうとして、固まった。


 いいよ?


「っていうかさぁ。なんでこのタイミングなのよ。明日は朝から打ち合わせ入ってるってのに! 十分後の電車に乗らなきゃなのよ!?」

 地団太って、ほんとに踏むものなんだな。

 なんて、感想が現実逃避っていうか現実が理解できてないからってことは分かってる。


 ……俺、日本語が分からなくなってきた。


「一応確認するけれど。これなんかのフラグ? 転勤とか決まっちゃって今後会えなくなるよ的な?」

「いや? そんな話は聞いてない」

 俺の知らないところで決められている可能性はゼロではないが。まあ今やっている仕事的にあと半年は大丈夫だろう。

「じゃあいいんだけど。とりあえず、この話は、明日ね! じゃあ!」


 ぱたんと閉じられた玄関扉を茫然と眺めるしかできなかった。







Side 確信犯さん



「俺と結婚してくれない?」


 足早に駅へ向かいながら、康太の言葉を思い出す。

 あの、顔。

 明らかに「間違えたー!」って顔をしていたし、実際、間違えたんだろう。いくら康太でも、間すっとばしていきなり結婚なんて素で言わないはず。多分。


 訂正がされなかったのをいいことに「いいよ」と答えた私は確信犯だ。


 この機会、逃がしてなるものか。






 渡辺康太は、気づいたら家族同然ぐらいの距離で身近にいた男だ。

 家が隣同士で、うちの親が共働きの関係上、よく夕ご飯を一緒に食べさせてもらっていた。お礼に私が康太の勉強を見ていた。

 兄でもなければ弟でもなく、でもただのお隣さんというには距離が近い相手がいつから『異性』になったのか、正直なところよく分からない。


 最初は、康太の前では息がしやすいな、という、ある意味ぼんやりとした居心地のよさだった。

 家族仲は悪くないけれど、渡辺家と比べるとちょっぴり希薄で。手のかからないしっかりした娘が、私に求められた役割だった。そこから逸脱しなければ行動を制限されることもないし、おそらく同年代よりお小遣いの金額も多かった。両親も私も、距離のつめ方が不器用なのだろう。

 康太の勉強を見ていたからか成績は上位で、親に感謝で運動神経もよかった。

 ぼんやりしがちな康太を引っ張る場面も多かったからか、なんとなく、ちゃきちゃき行動する系の優等生ポジションにおさまっていた。

 それらが重荷だったわけじゃない。

 ただ、時々息が苦しかった。

 これでいいのかな? という、まあ、ある意味若い悩みがつきまとっていた。

 うん。若い。

 悩みの内訳がむちゃくちゃ若いなーって、今の私からすると生温かい笑いが出てくる。

 でも当時の自分には切実だった。


 そんな私の精神安定剤が康太だったのだ。

 康太は私に『いい子』を求めない。だらけた姿も、うっかりミスも、全部ひっくるめて小西真奈だと受け入れてくれた。

 康太の傍は居心地がいい。

 そこから始まった感情は、恋情なんて可愛い言葉より、依存とか執着のほうがしっくりくる自覚はある。


 そのわりに自分からは言い出せないへたれ? ああそうとも。こっちの自覚だってある。


 でも、まあ、そんな訳なので。

 向こうから言い出したらそりゃあ逃がすはずがない。








「あのさ、昨日の、やっぱり……」


 案の定というか。

 顔を合わせると康太は気まずそうな顔で切り出した。


「うん? 式はいつがいいかしらね。あと改めてご挨拶にもいかないとね。来週とかどう?」


 今更やっぱり無し、なんて言わせはしない。

 そんな決意でもって、わざとずれた言葉を返す。


 チェーンの居酒屋というあまり色気のないチョイスになったのは、金曜の夜に予約なしで行けるお店ということもあるけれど、ここなら基本が個室なので静かすぎず、話しやすいと思ったからだ。


「俺は予定ないから大丈夫……じゃなくて! 真奈は、いいのかよ」

「何が?」

「その、俺と……なんて。何か仕事で思いつめていたり、する? 悩みとか愚痴とか、聞くしかできないけどいつでも」

「ありがと。でも仕事は充実してるし、まあ軽い愚痴はいくつもあるけれど思いつめるような事じゃあないから大丈夫よ」

「……ね、年齢的に焦りがあったりとか……」

「同い年ですが何か」


 にっこり笑って足をぐりぐりと踏みつける。


「や、だって、女性のほうが年齢気にするって……マジごめんなさい」


 両手をあげての降参ポーズに足をどける。


「じゃあ、なんで」


 視線をそらして、ぼそぼそと問われる。


「あのねえ。仕事で大ポカやらかした直後でも、昇進決まった後でも、いつでも返事は同じよ。だって結構前から康太が好きだから」


 ぐだぐだとした会話を続けるつもりがないので、すぱっと告げる。

 康太はぽかんと、何を言われたのか分かりませんって顔をしてから、一気に真っ赤になった。


「ええぇぇ!?」

「声が大きい!」



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