表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

かすみ草の咲く丘で。

かすみ草と僕。

作者: Amaretto

 暗く寒い冬の街の中、坂を上る。地面に積もった雪には二人分の足跡が残る。僕は女の人と手を繋いで歩いていた。手袋越しに、よろしくと言われているようだった。その女の人はリリイさんという名前らしい。

 今日、母の葬式が行われ、僕は一人の身になった。そんな僕を引き取ったのがリリイさんだった。


 はあ、はあ、と息をするとそれは白く染まる。

 初めて上る長い坂。初めての街。初めての家。

 リリイさんは、赤い屋根の家の玄関の前で立ち止まる。ここが今日から、僕の家になるのか、と僕は思った。

 リリイさんが片手でドアを開ける。ギイーと鈍い音がする。

 家の中に入る前に肩や頭につもった雪をはらう。靴を脱ぎ、ゆっくりと中に入る。今日から自分の家になるのだから、お邪魔しますは言わなかった。


 家の中にはだれもおらず、明かりもついていないため、真っ暗であった。古い家であるから、少し不気味だ。リリイさんが小さな豆電球をつける。部屋が橙色に染まる。温かさを表す色。

 「今日から、ここは、あなたの家ね。よろしくね。」

 リリイさんはにこやかにほほ笑む。母親と同じくらいの年齢の女の人。今日から、僕の母親の代わりになる人。僕は、母親が亡くなるまで、リリイさんと話したこともなければ、会ったこともなかった。

 リリイさんは遠い親戚。僕の身近な親戚は誰も僕を引き取ろうとしなかった。僕の母親は親戚の中でよく思われていなかったのだろう。僕は母子家庭で育った。僕の母と父は、母方の両親の反対を押し切って、駆け落ちしたという。昔、母が僕に話してくれた。しかし、僕の父親は、母親が身ごもったことをしってすぐ、どこかに消えてしまった。だから、母には、頼れる家族もおらず、一人で僕を育てた。休むことなく働いていたからか、病気にかかり、死んでしまった。

 親戚のだれも、僕を引き取ろうとしなかったが、リリイさんは迷わずに僕を引き取る決意をしたという。


 リリイさんは、長い栗色の髪を結っており、ほんわかした雰囲気を漂わせる女の人だ。

 黒髪で、きつそうな顔をしている僕の母親とはタイプが違った。

 僕は、この人と上手くやれるだろうか。

「よろしくおねがいします。」

 僕は笑顔で言えているだろうか。


 リリイさんは夕ご飯の支度をするため、台所へと消えていった。

 僕は座ってリラックスすることなど、到底できず、辺りを落ち着きなく、キョロキョロと見渡す。

 壁に掛けられている絵。誰が書いたかわからないが、色使いがきれいだ。

 黒色のテーブルと、深い赤い色のソファー。そのうえに掛けられている、茶色のチェックのひざ掛け。

 棚の上に置いてあるものに目を移す。リリイさんと女の人が写った写真。花壇の前で二人で笑顔で写っている。今より少し昔の写真のように見える。この女の人はリリイさんの友達だろうか?

 写真の隣には、水色の花瓶に入ったかすみ草が飾ってあった。

「そのかすみ草、きれいでしょう?」

 いつのまにか、リリイさんがリビングに来ていた。手にはお盆を持ち、その上にはいくつかの皿が乗っている。

「それね、向こうの丘に咲いてあるのよ。とってもきれいな丘だから、春になったら行ってみるといいわ。」


 リリイさんは、膝をつき、テーブルの上に、料理を持った皿を並べる。

「さぁ、いただきましょう。」

 僕は手をあわせ、いただきます、と言った。

 僕は、スープから口にする。


 寒い冬の日。母の葬式の日。リリイさんと初めて会った日。

 具材の沢山入った温かいスープは、僕の心に沁みた。










 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ