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ソラニン。

作者: 一ノ瀬 栞


ルルルルル。

最近、ウチの固定電話が騒がしい。


「はい、高橋です。」


「・・・・・・。」


返答は無い。

私は電話の主にそれ以上声をかけることなく受話器を置いた。


「誰から?」


「ん?分からない。たぶん、間違い電話。」


「そっか。」


そう言ってのほほんと淹れたての温かい珈琲に口を付ける貴方の横顔をぼんやり眺める。


「寝癖、ついてるよ。」


言いながら近付いて跳ねた髪を撫でてみる。その柔らかな感触がざわついた私の心を落ち着かせてくれる。


「ありがとう。直してくるよ。」


スッと席を立った隙に飲みかけの珈琲にくちづけた。

振り返りそれを見た貴方は柔らかく笑って言う。


「それ、僕のだよ。」


「知ってる。」


「茉莉は可愛いな。」


「ありがとう。」


そんなやり取りのあと貴方は寝癖を直しに洗面所へ消えた。

戻って来ると寝癖は消え失せふわりとしたいつもの髪に戻っていた。


「もう茉莉も出掛ける用意終わってるんでしょう?行こうよ」


背後から腕を回してきて、まるで猫みたいにしなやかに甘える貴方。


「うん。」


そう答えると嬉々として玄関に向かっていった。

まるで子供みたいだ。

後を追いスニーカーに足を入れる。

玄関を出ると暖かな日差しがふたりを包んだ。

不意に貴方が私の腕を取り、手を握る。


「捕まえた。」


「・・・・・・。」


黙っていたら


「逃がさないよ。」


とイタズラっぽく貴方は笑った。


「逃げないよ。」


私も笑って繋いだ手に力を入れる。それに答えるように貴方の大きな手がぎゅっと締まる。その瞬間幸せだなって心から思えた。

ふたり並んで歩き近所の大きな公園に着いた。立ち並ぶ桜並木は満開で風にさらわれた花びらがはらはらと舞い落ちてくる。


「春の雪。」


「本当だね、綺麗だ。」


舞い落ちる花びらの中を人に紛れてふたり歩く。

何も言わなくても気楽で心地よい。


「ねぇ、茉莉。あれ食べようよ。」


貴方が指差した先を見るとチョコバナナの出店があった。


「いいね、食べよう。」


「やった!!行ってくる。」


はしゃいだ貴方は走っていってチョコバナナを2本携え帰ってきた。


「はい。」


「ありがとう。いただきます。」


「いただきます。」


チョコとバナナの甘い味が口に広がる。

視線を感じて見上げたら貴方と目があった。

フフっと声無く笑い合う。

食べ終えて広い公園の中をぐるりと手を繋いで散歩した。

結構な長い距離。さすがにちょっとお腹も空いたな。

そう思い、私は貴方に尋ねた。


「お昼、どうしようか?」


「久々に茉莉の手料理が食べたいな。」


「そうだね、連日忙しくて外食ばっかり続いてたもんね、帰って美味しいもの作ろうか?」


「やったぁ。久々の茉莉ご飯。今日は美味しく一緒に食べよう。いつもごめんね。」


「いいんだよ。一生懸命働いてくれるから私もこうして専業主婦で居られる訳だし、こちらこそありがとう。」


来た道をふたりで戻り家に帰りつく。


「手、洗っておいで。」


「うん。」


私は貴方を洗面所に行かせ、こっそり固定電話のディスプレイを覗き見る。非通知の不在着信が2回。サッと操作し消し去ると、私はキッチンのシンクで手を洗った。


ごそごそと冷蔵庫を掻き分け食材を探る。

まるまるとしたじゃがいもをしげしげと眺める。

よし、育ってるな。

その手前には艶々とした鳥モモ肉。


あの人の好きなチキンソテーにしよう。

付け合わせはサラダ。

それにお味噌汁。


パパっと準備をして食卓に並べる。


「出来たよ。」


手を洗いに行ってから姿を表さない貴方に声を掛けた。

ごめん、ごめんと戻ってきた貴方はごそごそとポケットに携帯を仕舞い込みテーブルにつく。


「うわぁ。チキンソテーかぁ。美味しそう。それにじゃがいもとキャベツの味噌汁だね、これ僕の大好きなヤツだ。いただきます!」


「うん、美味しいよ。チキンソテーも最高だし、じゃがいもとキャベツの味噌汁も凄い旨い!!」


「亮介、好きだもんねこのお味噌汁。」


言いながら口に含んで、我ながらいい味だと思う。

久々のふたりの食卓は明るく楽しく盛り上がる。


「ごちそうさま。スッゴい美味しかったよ。茉莉、ありがとう」


「いいえ。私も楽しかった。今までありがとう」


「えっ?何、今までって?」


「私たち死ぬかもね。」


「はっ、何で訳分かんないこと言うの?!」


慌てふためく貴方に静かに告げる。


「ソラニン。」


「ソラニン?」


「ジャガイモの毒。育てたの。」


「また、訳分かんないこと言って。茉莉は面白いな。」


貴方は本当に可笑しそうに笑う。

私もにっこりと笑って言った。


「私、亮介の浮気の秘密知ってるの。もうずっと前から。最近は亮介のお休みの日に無言電話が来るよ。」


グルグルと向かいに座る貴方のお腹が鳴った。

私の目に映る貴方の顔が少し歪んで映る。



END。



主婦は簡単にご主人を殺せちゃうそうです。

なぜなら胃袋を支配しているから。

安心して食べれちゃうような関係なら要注意ですね。火遊びもほどほどに(笑)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ジャガイモの毒って苦味やエグ味が強いはずで中毒はしても 死ぬほどの量はなかなか食べないと思いますよ。 だから奥さんも旦那さんも多分死なないでしょうね。 あー・・だからって実際に死ぬか…
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