かのじょのはこ
今日の本を読み終えて
彼女は幸せそうに溜め息をついた
「ああ、良い夢だったわ」
もっとたくさん読みたいけれど
お茶のカップは空っぽで
うとうと眠気もやってきて
新しい本を探しに行くには
ちょっと遅い時間だった
「夢って、本当……たくさんあるのね」
彼女は読んだ4冊を
並べて眺めてにっこり笑う
そんな彼女はとてもとても
嬉しそうで
満足そうで
幸福そうだった
春
甘くて美味しいお茶とお菓子
夏
暑くて悲しい0と1
秋
ジャムと天気と読めない日記
冬
真っ黒な手紙と夜
どれも自分にないもので
どれも知らない誰かの物で
それが楽しくて
おいしくて
怖くて
寂しくて
たまらなく愛おしくて
彼女は胸に沸いたそれを
大事にだいじに抱きしめた
そして自分の
記憶の箱に
そっと
そっと
しまい込む
「続きは、明日ね」
彼女は本をそっと撫でて
チェアに背中をゆっくり預ける
♪
彼女はずっと
信じていることがある
願っていることがある
それが彼女が「おぼえてる」
一番古い 誰かの言葉
記憶をたくさん読んでいって
感情を知り
世界を見て
自分の箱がいっぱいになったなら
人間というものになれるという
人間を知らなかった
今でもよく分からない
でも
人間になりたかった
どうして人間になりたいのかなんて
もう憶えてないけれど
彼女はそういうものだから
♪
「明日には人間になれるかしら」
少し考え
小さく首を横に振る
「いいえ、まだまだ。たりないわね」
だって本は増えていく
つまりそれは彼女の知らない
夢が
記憶が
世界が
感情が
まだまだあるという証
それはちょっぴり残念で
とっても楽しみなことだ
「ふふ。明日が……たのし、み――」
すうすうと聞こえる寝息
揺れるチェアと赤い髪
窓の外は真っ暗闇で
ほうほうと鳴くフクロウが
静かな森を見張ってる
そうして彼女は夢を見る
♪
夢とは記憶の整理だという
どこかの誰かが
憶え
整理し
記したそれを
今日も彼女は読んでいる
夢に抱いて眠ってる
夢を自分のものにするため
記憶を箱にしまってく
「いつか……――に、なれる……かしら」
揺れるチェアから
むにゃむにゃと零れる寝言
いつか
人間になれるよう
自分の記憶を作れるよう
今日も明日もあさっても
記憶を記した本を読み
それを夢見て
記憶に変えて
そしていつか
彼女自身の記憶が夢に
眠る彼女の夢が本に
読んだ本が彼女の記憶に
それが夢に
そして本に
巡り巡る日が来たならば
彼女はきっと
人間というものになれると信じて
今日の読書は
これでおしまい




