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とりとまのはこ  作者: 水無月龍那
6/6

かのじょのはこ

今日の本を読み終えて

彼女は幸せそうに溜め息をついた

「ああ、良い夢だったわ」


もっとたくさん読みたいけれど

お茶のカップは空っぽで

うとうと眠気もやってきて

新しい本を探しに行くには

ちょっと遅い時間だった


「夢って、本当……たくさんあるのね」

彼女は読んだ4冊を

並べて眺めてにっこり笑う


そんな彼女はとてもとても

嬉しそうで

満足そうで

幸福そうだった




甘くて美味しいお茶とお菓子


暑くて悲しい0と1


ジャムと天気と読めない日記


真っ黒な手紙と夜



どれも自分にないもので

どれも知らない誰かの物で

それが楽しくて

おいしくて

怖くて

寂しくて

たまらなく愛おしくて


彼女は胸に沸いたそれを

大事にだいじに抱きしめた


そして自分の

記憶の箱に

そっと

そっと

しまい込む


「続きは、明日ね」

彼女は本をそっと撫でて

チェアに背中をゆっくり預ける





彼女はずっと

信じていることがある

願っていることがある


それが彼女が「おぼえてる」

一番古い 誰かの言葉


記憶をたくさん読んでいって

感情を知り

世界を見て

自分の箱がいっぱいになったなら

人間というものになれるという


人間を知らなかった

今でもよく分からない

でも

人間になりたかった

どうして人間になりたいのかなんて

もう憶えてないけれど

彼女はそういうものだから





「明日には人間になれるかしら」

少し考え

小さく首を横に振る

「いいえ、まだまだ。たりないわね」

だって本は増えていく

つまりそれは彼女の知らない

夢が

記憶が

世界が

感情が

まだまだあるという証


それはちょっぴり残念で

とっても楽しみなことだ


「ふふ。明日が……たのし、み――」


すうすうと聞こえる寝息

揺れるチェアと赤い髪

窓の外は真っ暗闇で

ほうほうと鳴くフクロウが

静かな森を見張ってる



そうして彼女は夢を見る





夢とは記憶の整理だという


どこかの誰かが

憶え

整理し

記したそれを


今日も彼女は読んでいる


夢に抱いて眠ってる


夢を自分のものにするため

記憶を箱にしまってく


「いつか……――に、なれる……かしら」


揺れるチェアから

むにゃむにゃと零れる寝言


いつか

人間になれるよう

自分の記憶を作れるよう


今日も明日もあさっても

記憶を記した本を読み

それを夢見て

記憶に変えて


そしていつか

彼女自身の記憶が夢に

眠る彼女の夢が本に

読んだ本が彼女の記憶に

それが夢に

そして本に

巡り巡る日が来たならば


彼女はきっと

人間というものになれると信じて



今日の読書は

これでおしまい

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