準備
「おーい、その籠運んどいてくれ」
大きな角材を担いだ男が一人の子供に声をかけた。
「はーい」
間延びした高い声
肩についた髪を風に揺らしながら岩場でいそいそとフナムシを捕まえていた少女はそれらを帰すと、男に頼まれた籠を運ぼうと駆け寄った。
自身の腰程の高さがある籠を覗き込むと、まあるい果実が美味しそうでしょう?とでも言いたげにいくつも真っ赤に輝いていた。
そのひとつをお駄賃代わりに一つ頂き、早速口に頬張る。
皮は少し渋いが、身は熟れてて甘いのでこれはこれで美味い。
「あ、いっけないんだー」
「俺達だって食べるの我慢して運んでるのにー」
非難めいた声をかけられ振り向くと、自分より幼い子供たちがぷぅっと頬を膨らませて羨ましそうに自分を見ている。
その足元には他の所から運んで来たであろう黄色い果実の入った籠が置いてある。
つまみ食いを見つかり、しまったなぁと思い眉を八の字にしてさあどうしようかと考える。
さして真剣に悩んではいないが、あからさまに困った困ったと考え込むフリをしていると、子供たち中の一人、いわゆるガキ大将がむふーっと鼻息を鳴らして取り引きを持ちかけてきた。
「俺達にも食わせてくれたら黙っておいてやらんでもない」
なるほど、誰か大人に報告するより自分が持っている果実の方が魅力的らしい。
「他の子と大人達には内緒だぞ」
人差し指を口に付けて悪戯に笑うと、子供たちも内緒、内緒、と同じようにポーズをとりながら笑う。
よしよしと、満足気に微笑み果実を持っていない方の手でガキ大将の頭を撫でると、きゃっきゃっと僕も私もと頭を差し出してくる。
ぽんぽんと、全員の頭を一通り撫でると、懐から出した小刀で器用に人数分に切り分け、子供たちの口の中に放り込んでいく。
「これで皆共犯者だ、私達だけの秘密だ」
秘密、秘密と笑いながらもぐもぐと甘い果実を食べる子供たちにまた頬が緩む。
いかんいかん、気を引き締めなくては。
なんて言ったって今日から八日間はとても大切な日なのだから
「さぁ、皆で籠を運ぼうか」
「はーい」
可愛らしい返事だなぁと、思いながら果実が入っている背負い紐が付いた籠を背負い、もう一つある取っ手の付いていない籠を抱え、歩き出す。
その後ろを二人一組で取っ手の着いた籠を持ちながら子供たちが着いてくる。
「ねーねー、暁姉ちゃん」
後ろを歩いている子供の一人に暁と呼ばれた少女は、んーと気の抜けた返事を返した。
「何で暁姉ちゃん浜辺にいたの?」
暇だったからフナムシを捕まえていた、とは言えず適当にさー、何故でしょーと流す。
「どーせサボってたんだろー」
いきなり核心を突いてくるガキ大将は意外と頭がいいのかも知れない。
「違うよ、きっと祭りで飾るサンゴを探していたんだよ」
「そっか!姉様の為に綺麗なサンゴを探してたんだね」
無邪気な子供たちの笑顔が痛いなーと、そっと子供たちから目を背ける。
ちょうどその先に大きな建物が見える。
海の上に浮かぶように建てられた宮、特に名はないが皆が『龍宮』と呼ぶそれは祭事の為に飾られ、いつもより煌びやかだ。
八年に一度、八日間に渡り催される祭事『八百祭』
今日はその初日である。
暁は海面を照らす真上に昇った太陽を、眩しそうに眺めた。