第一章_第七節
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冷たさに、身体を震わせた。ゆっくりとまぶたを開けると、暗闇が広がっていた。
「……あれ、私……」
フロレットは、台の上に置いてあるランプの明かりを頼りに、あたりを見まわした。ぴちゃり、と液体に触れ、びくりと手を引っ込めた。慌ててみると、そこにはただの水らしきものがこぼれていた。壁際には、器が転がっている。
ああ、こぼしてしまったのだ、拭かないと……とぼんやり思っていると、ぽたりと前髪から雫がこぼれてきた。どうやら、こぼれた水の上に倒れ込んで気を失ってしまっていたようであった。なんて、間抜けなのだろうと思った。ひどく滑稽だ。
何か拭くものはないだろうかと立ち上がったとき、何やら遠くで騒がしい音が聞こえた。小さくなっている雨音を抜けて、喧噪が聞こえてくる。
嫌な予感がした。ひどく、胸がざわざわとする。ランプを片手に、急いで音のする方へと向かった。大広間を抜け、階段の上へと足を進める。ある一室の前で、人が集まっていた。ひどく、嫌な空気を感じる。
「何が……」
レアの後ろ姿に声をかけると、彼女ははっと驚いたように振り返り、次いで安堵した様子を見せた。
「ああ、無事だったのね。戻ってこないから心配していたのよっ……」
レアの姿越しに、開かれた扉が見えた。そして、風にのって、錆びついたような臭いが伝わってきた。湿気を含んで、むわっと鼻の奥まで臭いがまとわりついてくる。
「この臭い……」
「あっ……だめよ! そっちにいったら……っ」
引き留めようとするレアを振り切り、フロレットは足を進めた。嫌な予感の答え合わせをしたいとでもいうのだろうか。見ない方が良いと心の奥底ではわかっているのに、湧き立つ好奇心を抑えることができなかった。
「あ……」
扉の奥に広がる光景を見て、息を飲んだ。血……血……血……赤……赤い……。
見なければよかったと、いまさら思っても遅い。ぼろきれのように、何かが床に倒れ伏していた。人であった。真っ赤に染まった布越しに見えた顔は――アルノルトだ。元々青白かった顔が、さらに白く染まっていた。
「いけません、離れて」
呆然としたように立ちすくむフロレットの姿に気がついたのか、アルノルトの傍らにひざをついていたクラウスが険しい顔で声を張った。
「あ……あ、あ、あ、あ……」
何もかもが、夢だと思った。夢を見ているのだろうか。また、頭がぐらぐらとした。耳鳴りがする。気持ちが悪い。暗転する世界の中で、また、狼の唸り声が聞こえた気がした。仲間を呼び求めるような、切ない遠吠えがどこかから。