第六章_第八節
クラウスは怒りをこらえるかのように目を閉じ、震える息を吐き出した。
「……君には、君にはわからないでしょうね。妄想に憑りつかれた君には。彼らは……彼らは人間だ」
「またまた、なんでわからないかなあ。人間の皮を被った醜悪な化け物ですよ、人狼っていうのはね」
「違う。君は何もわかっていない。……彼らは、彼らは僕たちと同じ人間だ。救われるべき存在、僕が救わなければいけない人たちだった。それなのに君という人は……」
「おやおや、なんだか先生の方が妄想にとらわれているようじゃあないですか。まるで自分が天の御使いであるかのような発言だ」
「贖罪ですよ。僕の罪をあがなうためのね……そう、償いだった。だというのに、君という人は、なんて愚かな……」
「おい、あんたさっきからがたがたがたがたと、うるせえ野郎だな。女々しくうだうだと言いやがって」
クラウスに銃をつきつけていた男が、ぐいと銃口をクラウスの身体に押しつけた。それにともない、クラウスは押し黙った。けれど、その瞳はまだ言っても言い足りないというようにフォルカーをにらみつけている。
このまま、私たちは殺されてしまうのだろうか。フロレットはただ黙ってことの成り行きを見ていることしかできなかった。全員、全員殺されてしまう? クラウスさんも、アルノルトさんも、私も。
お願い、誰か――。そのとき、フロレットはふと何かの音をとらえた。
「ねえ、クラウス先生。この地下牢みたいに、ほかにも隠し部屋があるんじゃないんですか」
フォルカーの声にかき消されるも、たしかに聞こえてくる音があった。耳を澄ませなければ、ただの気のせいだと思えてしまうほど微かな音である。一体、何の音だろうか。何か、空気の音? いや、それだけではない? 何かが這うような音である。
「正直に言わないと、そうだな……アルノルトくんを撃ちますよ」
突如落とされた物騒な言葉に、フロレットの意識はフォルカーに向けられた。アルノルトも恐怖に震えたように身じろぎし、フォルカーを見つめている。
「どうしようかなあ。アルノルトくんは俺の見立てでいうと人狼なんだよね。だから、俺の中では撃っても問題ないからさ」
なんて恐ろしいことを平気で吐く人なのだろうと、フロレットはうち震えた。この人にとっては、自分が人間と認めたもの以外は殺してもどうということはないのか。アルノルトが撃たれた後は、自分も同じような目に合うのだろうか。
恐怖に震えながらも、フロレットの耳は研ぎ澄まされていた。いいや、危機的状況に追い込まれているからこそ、身体のすべての感覚が研ぎ澄まされているのだろうか。
ずり、ずり……と何かが這う音が聞こえる。先ほどよりも大きくなっている気がした。そして、何かの空気が漏れるような音。これは……獣の吐息?
フロレットは額を押さえた。まさか、また幻覚、幻聴に襲われているのだろうか。だが、目がくらむような感覚も、頭痛も、気持ち悪さも身体から引き起こっていない。ああ、もしかしたらこれも夢? 夢だったら、どれだけ良いだろうか。これこそ本当に夢であってほしい。目が覚めたら、全部夢。私の罪も――。
「まずは手? 足? 質問に答えないたびに順番に撃っていきますよ」
あはは、と無邪気な顔でフォルカーが笑い出したのと、その音が響いたのは同時であった。獣が出すような咆哮。次の瞬間、目の前で起こったことにフロレットは立ちすくんだ。




