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第六章_第七節



 クラウスに何かあったのかもしれない。そのことを突きつけられ、フロレットは不安を揺さぶられた。

 さあ、早く行こう、というように、ふたたびアルノルトが前を向き手を引く。今度は、フロレットは立ち止まることはなかった。


 早く、早くという気持ちが高まっていく。光が強まることに、落ち着きがわずかに戻っていく。そして、入り口に差し掛かり一気に光が射し込んできたとき、フロレットは目を細めた。


 昼の光に安堵が広がったのも束の間であった。そこにはクラウスがいた。無事な姿を見れたことに、フロレットはひとまずの安心を得ることができた。だが、その脇を固めるように男が二人たたずんでいた。その手には銃を持っており、一人はクラウスの腰元を、もう一人はフロレットとアルノルトを狙うように銃口を向けていた。


 一体何が、と思うと同時に、フロレットは男達の顔を見て何か引っかかりを覚えた。どこかで見覚えのある顔だ。だが、一体どこで――。


 一人は小太りの男で、無精ひげが汚らしく口周りを飾っている。もう一人の背の高い細枝のような男は、目が落ちくぼんでいて肌も青白く、生気を感じることができない。二人に共通していることと言えば下卑た笑みくらいだ。



「おやおや、仲良く手をつないで逃避行かい? ぼっちゃん、お嬢ちゃん」



 男の声を聞いた瞬間、はっとフロレットは記憶がよみがえった。――この男たちは、フォルカーと一緒にいた男たちだ。フロレットを縛りつけ魔女だと吐きつけてきた男たち。だが、あれは夢――いいや、いつの出来事だっただろうか。本当にあったことなのか、もはやわからない。あのとき、炎に焼かれて――。



「……あなた方は、何者だ」



 アルノルトの言葉に、男たちは笑みを深めた。



「さあ、俺たちは一体なんだろうねえ。悪いが、お前さんに答える義務なんて俺らは持っていないんでね」



ねっとりと絡みつくような話し方が耳にこびりついて不愉快であった。



 ゆっくりと階段を上がってくる足音がする。どくん、とフロレットは自分の心臓が脈打ったのを感じた。一体、どちらが姿を見せるのだろうか。ヴォルフガングか、それともフォルカーか。どうかヴォルフガングであってほしいという願いと、それを否定する感情がせめぎ合う。どうか、どうか、と祈りを込めるように胸の前で手を握りしめた。



「よっこらせっと、はあ~疲れた。まったく何でこんな長たらしい階段を取りつけたんだか。まったく疲れてしょうがないよね」



 呑気な声を出しながら現れた男の姿を見て、フロレットはさっと血の気が引くのを覚えた。おそらく、アルノルトもだろう。動揺するように揺れる彼の背を視界の端でとらえてしまった。

 二人とは対照的に最初は笑みを浮かべていた男たち二人は、露わになったフォルカーの全身を見てぎょっとした顔をした。



「フォ、フォルカーさん、その血、だ、大丈夫ですかい」



 男たちの顔を見て目をしばたたかせていたフォルカーは、ゆっくりと自分の身体を見下ろした。そして「ああ」と感慨なさそうに呟くと、小さく頭を振った。彼の身体は、その前面が血で真っ赤に汚れていた。顔の端にうっすらと血しぶきもついている。



「返り血だから大丈夫さ。まあ、ちょっとは俺の血も混じっているのかもしれないけど。……一仕事終えて疲れたね、ほんと」



 ――返り血。その言葉にフロレットはさらに血の気が引いていく気がした。



「フォルカー殿、ヴォルフガング殿は……」



 のどから絞り出したようにか細い震えた声を出したアルノルトの顔を見て、フォルカーはうっすらと笑みを浮かべた。



「……そんなの、聞かなくたってもうわかっているんじゃないのかな。俺がここにいるってことは、そういうことだって思わないかい? ……それとも、確認するために地下へ行くかい」



 とどめを刺すように無情な言葉が淡々と男の口から語られる。フロレットは頭が真っ白になった。あのとき、引き返していれば、いいや、あそこに残って一緒に戦っていれば――。


 けれど、いくら考えたところですべて手遅れである。地上に現れたのはフォルカーただ一人。それが真実だ。変えることのできない事実だ。


 

「いやはや、クラウス先生どうもどうも。少しぶりですかね」



 フォルカーは悠々と一歩前に踏み出すと、うやうやしくお辞儀をした。



「実に趣味の良い地下牢をお持ちだったみたいですね、先生。こんなにおもしろい場所を秘密にしてるなんてね」


「……あそこにいた人たちをどうしましたか」



 感情を押し殺すように吐き出された言葉に、フォルカーはひょうひょうと首を傾げた。



「人? さあ、あそこに人なんていましたかねえ。人なんててんで見ていないものだからわかりませんねえ。まあ、それはともかく、随分と換気の行き届いていないかび臭いところだったので、俺が先生に代わって掃除してあげましたよ、あの地下牢の中身全部ね」



 その言葉を聞いた瞬間、クラウスの顔から表情が消えた。ぞっとするほど、冷たい目であった。男たちに銃をつきつけられていさえしなければ飛びかかっていたのではないだろうかと思えるほどの相貌でフォルカーをにらみつけている。

 殺意のこもった視線を向けられてなお、フォルカーは笑みを絶やさなかった。



「そんなに怖い顔しないでくださいよ、先生。勝手に掃除をして怒っちゃいましたか? でも、ちゃんと掃除をしない先生も先生ですよ。ちゃんと身の回りを綺麗に保っておかないとね」


「……君の目的は何なんですか。このような……」


「わかりませんか? それに対する答えは単純明快。人狼を根絶やしにすること、それだけですよ。……俺は先生にこそその質問を投げかけたいなあ。なんだって人間にとっての害悪をご丁寧にも地下牢に隠していたんですか?」


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