第四章_第三節
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獣の咆哮が聞こえ、フロレットははっと目を覚ました。フロレットが目にしたのは、無機質な石畳の天井と、そして堅い鉄格子であった。――ここは一体。
固いベッドから身を起こして格子の先を見たとき、フロレットは息を飲み込んだ。自分と同じように、鉄格子の中に入れられている人間が複数人いた。一人一人、個別の牢に入れられている。そして、うずくまりぴくりとも動かない者、鉄格子にしがみつきわめき散らす者、様々であった。
そして、その者たちの顕著な特徴として真っ先に目に入ったのは、血色の悪い肌と真っ白に染まった髪であった。生え際だけが白く染まっている者もいれば、髪の毛すべてが白く染まっている者もいる。まさか、まさかこの人たちは――。
かつ、こつ、と足音が遠くから聞こえ、フロレットは息を飲み込んだ。階段の先からランプを片手に現れた人物を目にし、安堵すると同時に恐怖を覚えた。
「ああ、フロレットさん、ようやく目を覚ましたんですね」
「クラウスさん、どうしてこんなことを……やっぱり、私が悪い子だから、人間じゃないから……」
すがるような気持ちで、否定してほしいという願いを込めて、フロレットはクラウスを見つめた。クラウスはフロレットの目前まで歩み寄ると、普段通りの優しい笑みを浮かべた。人を安心させるような、温かい笑みだ。――だが、次の瞬間にはその顔は奇妙な笑みに歪んだ。
「馬鹿ですね、君は、自分がまっとうな人間として扱われると思っていたのですか。自分がまっとうな人間としてこれからも生きていけると思っていたのですか。本当に愚かですね。人殺しの獣には檻の中の生活がお似合いですよ。死ぬまで、ここにいれば良い」
フロレットは、とっさに言葉の意味を汲むことができなかった。――クラウスはいま、何を言ったのだろう。
思考が追いつかぬままに、クラウスは言葉を吐きつけてきた。
「まったく、獣が一人前に人間らしい振る舞いをしないでほしいですね。本当に汚らわしい。……まあ、僕の実験の材料になるくらいには役に立ちますから、生かしてあげますよ」
「ま、待って……待ってクラウスさん……」
懇願するように呼びかけるも、クラウスはもう二度と振り返ることはなかった。フロレットは、力をなくして床にへたりこんだ。――私は、獣。人間じゃない。人間じゃない者は、もう――。
フロレットは、くふ、と笑みをこぼした。そして、次の瞬間には大声を上げて笑った。そして、クラウスの名前を狂ったように叫び続け、怨嗟の言葉を吐き続けた。そして、頭を鉄格子に叩きつけ、手で格子を殴り続けた。
クラウスは、やはりルツィフェルだったのだ。天使のような美しい顔を持った悪魔。人を誘惑する美貌と優しさを張りつけ、人を地の底に引きずり降ろす堕天使だ。私のルツィフェル。私の明けの明星。私の天使。私の悪魔。私の断罪者。私を罰する者。私を裏切った。私を、私を……私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を私を――!




