第三章_第四節
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クラウスとともに広間に戻ると、やはりそこにいる誰もが険悪な雰囲気を放っていた。こんなことになったのは、人狼のせいだ。人狼さえいなければ、こんなことにはならなかったのに。フロレットはそう思い、陰鬱な気持ちに苛まれた。どうして、こんなことになってしまったのだろう。どうして。私は、どうして――。
「ちょうど良いときに戻ってきたね」
にこやかに近づいてきたフォルカーに、思わずびくりと後ずさりした。そういえば、この展開は記憶にある。このあと、たしか――。
「なに、単純な答え合わせをしようって言っているんじゃないか。俺はわかっているよ。アルノルトくんに怪我を負わせた犯人が誰なのか。人狼は確実にこの中にいる。それが誰なのか、俺はわかっている」
ああ、そうだ。フォルカーが人狼の正体を名指しするのだ。アルノルトが人狼。人狼は、アルノルト。人狼の正体は――。
――ちがう、とフロレットは思った。ちがう、違う違う違う。人狼は。アルノルトに怪我を負わせた人狼は――。
「私です……」
自分の声が、嫌に大きく響いた気がした。雨音が嫌に耳につく。皆の意識が集まるのを感じた。ああ、言ってしまった。不安が心に虚空を生むと同時に、安堵も広がっていった。もう、罪を隠さなくて良い。早く懺悔して、この苦しみから逃れよう。私は、罪深いことをしてしまったのだから。
「え……」と呆けたような声をフォルカーが漏らす。その瞳には驚きが混ざっていた。当然だ。彼はアルノルトこそが人狼だと思っていたのだろうから。
「私が人狼です」
「フロレット……嘘でしょう」
フロレットは曖昧に微笑んだ。だが頬の筋肉が強ばり、口が奇妙に歪んだ。そういえば、ずっと笑うことを忘れていた。レアの驚きようは、フロレットの潔白を本気で信じてくれているということの証だろう。彼女の優しさと誠実さを裏切ったようで、胸が痛んだ。
「アルノルトさんを傷つけたかと聞かれると、はっきりと断言はできません。アルノルトさんが襲われたときの記憶がないんです、気を失っていて……。でも、ずっと私、おかしくて。記憶も曖昧になってて。へんな光景を見続けて。私……自分で気づかないうちに人を襲っていたのかもしれない」
「そんな……そんなの何かの間違いよ」
「……たしかに、アルノルトが襲われたあと、君の髪の毛は濡れていたね。外は雨が降っている。アルノルトに襲いかかった人狼が窓の外からやってきたというのなら……」
ルドルフの言葉に「……ええ」とフロレットは小さく相づちを打った。もしかしたらルドルフが執拗にフロレットの髪の濡れを気にしていたのは、彼はいち早くその可能性に気づいていたからではないだろうか。いまさらながらにその事実に気がついた。
「フロレット殿……」
アルノルトは困惑したようにフロレットを見ていた。その青白い顔を見つめ、ごめんなさい、と何度も心の中で懺悔した。生きていて、よかった。夢の中のように、殺すことがなくて、よかった。
アルノルトを襲ったとき、私はどんな姿になっていたのだろう。怖ろしい、獣の姿をしていたのだろうか。
「フロレット殿……ちが……」
何かを言いかけたアルノルトをさえぎるように、ヴォルフガングがその腕をつかんだ。何かを謀るように二人が目を合わせていたことに気がついた者はどれだけいただろうか。ヴォルフガングの眼光に押し負かされるように、アルノルトは力なくうつむいた。
「……けれど、あんたのばあさんが人狼に襲われてあんたも怪我を負ったっていうあんたの発言については、どう説明するんだ」
「この腕の傷は……私のおばあちゃんにつけられたものです。おばあちゃんを――」
フロレットは、声を詰まらせた。ああ、ごめんなさいごめんなさい。おばあちゃん、許して。のどが震える。だが、もうすべてを告白しよう。罪を隠し通して生きれるほど、この心は強くできてはいないでしょう。
「――おばあちゃんを殺したのは……私です。……私が人狼です。おばあちゃんを殺した人狼は、私なんです。ごめんなさい、嘘をついて。でも、私、わからなくて……どうしてこんな」
神様、どうか許してください。私が悪い子でも、あなたは許してくれますか?




